このパンがすごい!

先駆者の志を受け継ぐ「石臼挽き」/バゲットラビット

バゲットアルティザン、バゲットラビット

バゲットアルティザン、バゲットラビット

■バゲットラビット(愛知)

 次々とやってくる車、押し合いへし合いの店内。盛り上がる人気店の一角で大きな石臼は静かに回りつづける。この店では三重県産ニシノカオリを自家製粉してすぐ使うことで、味わい深いパンを提供しているのだ。

 シグネチャーとなっているのが店名と同じバゲット「バゲットラビット」。皮から発せられるコンソメのような香りが豊かな旨味(うまみ)を予感させた。その通り、極めて薄い皮はよく炒めたタマネギの甘さ。中身は、バゲットとしては想定外にみずみずしく、ぷにゅぷにゅの食感からじゅるりとろける。すると、ごはんを噛(か)まずに口の中で溶かしたときのような甘さ、でんぷんのフレーバーがふつふつたぎるのだった。

 もうひとつ、バゲットテロワール。こちらにも同様にコンソメの香り。だが、皮は焼き込まれて、さらにコーヒーのような濃厚な深みがある。食べてみると、並外れた甘さがあいまってココアのよう。そこにさわやかな酸味が押し寄せてバランスし、立体的な味わいになる。後味にはやはりでんぷんがふつふつたぎる感覚がある。

白い壁に掘抜かれた空間にバゲットは美術品のように飾られる

白い壁に掘抜かれた空間にバゲットは美術品のように飾られる

 バゲットラビットがより日常的で守備範囲の広いバゲットだとすれば、テロワールは3種類の発酵種を配合し、フレンチなどに対峙(たいじ)できる濃厚さがある。両者ともに石臼挽きニシノカオリを配合、48時間もの長時間発酵を行うことで、例外的な甘さ、旨味が引き出されている。さらに90%もの水分を入れて、極めて口溶けのいい生地を作る。

 「でろんでろんで芯が入らないので僕以外は成形ができないんですよ」
古井戸和憲シェフは1日200本ものバゲットをひとりで成形する。
 バゲット作りの名手。国産小麦のパイオニアである故・高橋幸夫さん(ブノワトン)にこう言わしめた。

 「おまえが店を出すときは『バゲットラビット』にしろよ」

 古井戸さんがバゲット作りが上手だったこと、動きが俊敏でうさぎに似ていることが理由だそうだ。近隣農家の小麦を石臼挽(ひ)きする巨大プラント「ミルパワージャパン」を建設した高橋さん。古井戸さんが店に石臼を置いて三重の小麦を挽くのは、師の熱すぎる生き方を継いでいるのだ。

ブール

ブール

 同じく石臼挽きニシノカオリを使用したブール。丸めただけのシンプルな食事パンが1日300個売れるのだから驚き。これはきっと国産小麦のパンを日本に広めていく強力なアイテムになるだろう。そのイメージは食べられる鞠(まり)。なんとぽわんぽわんやわらかく弾むことか。みずみずしい生地がどんどん溶けていく。そのために食べやすく、かつ地元の小麦の風味を存分に味わえるのだ。

 「名古屋の人はもっちりが好き」とスタッフからヒントを得て誕生したパン。水分を110%以上(粉の重さよりも多い)も含んでなお生地としてまとまるのは「氷をいっぱい入れて仕込んでいます。生地が締まるのでいっぱい水が入る」から。ミキシングの見極めも成形もむずかしいはずだが、職人の勘をスタッフが共有し、極限のパンを作りきる。

クロワッサン

クロワッサン

 パンにとって素材の風味がいかに大事か。そのことを私に改めて教えてくれたのが、バゲットラビットのクロワッサン。バターで揚げたかのように、ポテチばりにクリスピーな皮。中身はブール同様になよなよしてちゅるちゅる溶ける。それが皮の破片と混ざり合うものだから、かりかりちゅるちゅるの前代未聞。ふすま的な香ばしさとバターの風味がこよなく睦(むつ)みあう。

 そして、バターの風味もすごく押し込んでくる。バターや砂糖が入るから麦の風味は関係ない、では決してないのだ。このパンの後味にもあるでんぷんのふつふつとしたフレーバー。それがバターの快楽をネクストステージへ押し上げている。まさに石臼挽き国産小麦のたまもの。古井戸さんが師匠から継いだものは、果てしなく大きい。

メインの長い棚。石臼を眺めて

メインの長い棚。石臼を眺めて

外観。設計には、かって建築関係の仕事をしていた古井戸シェフも関わった

外観。設計には、かって建築関係の仕事をしていた古井戸シェフも関わった

■バゲットラビット
名古屋市名東区社口1丁目916
052-779-0006
9:00~19:00(火・水曜休み)

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PROFILE

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)
http://panlabo.jugem.jp/

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