川島蓉子のひとむすび

<16>「駅から遠い店」で伝えたいこと~YAECA(前編)

白金にある「YAECA HOME STORE」


白金にある「YAECA HOME STORE」

もともとフランス人が住んでいた一軒家を改造して作った「ホームストア」


もともとフランス人が住んでいた一軒家を改造して作った「ホームストア」

温かみのある空間は、洋風でありながら良質な日本らしさが漂っています


温かみのある空間は、洋風でありながら良質な日本らしさが漂っています

2階は、服がゆったりと並んだ場が広がっています


2階は、服がゆったりと並んだ場が広がっています

シンプルなシャツ、コート、パンツ、ニットなど、ベーシックなアイテムを揃えています


シンプルなシャツ、コート、パンツ、ニットなど、ベーシックなアイテムを揃えています

 服を中心としたライフスタイルを提案している「YAECA(以下、ヤエカ)」は、大好きなブランドのひとつです。セレクトショップに入っていますが、それよりも直営店を訪ねるのが楽しい--恵比寿の「YAECA」と、中目黒の「YAECA APARTMENT STORE」と、白金の「YAECA HOME STORE」の三つ。駅前すぐという場所ではないので、しょっちゅうというわけに行かないのが残念です。

 中でも気に入っているのは、「YAECA HOME STORE(以下、ホームストア)」。最初に行った時は、地下鉄の白金台の駅から小道をたどり、住宅街の中を歩いていくこと10分余り。ようやく、それらしき建物に行き着くのですが、お店っぽい構えではないし、目立つ看板も出ていない。恐る恐る扉を開けてみるとお店が開け、「いらっしゃいませ」という店員さんの声にほっとしたのを覚えています。

 ここはもともと、フランス人が住んでいた一軒家。モダンでありながら古いものならではの温かみが漂っている、洋風でありながら良質な日本らしさがその背景にある――骨太の梁(はり)やしっくい壁のしっかりした造りから、そんな感覚が伝わってくる空間です。

 入ってすぐの大部屋には、売り物でもあるアンティーク家具が配されていて、隣の部屋はアート作品やアクセサリー類などがあるギャラリーのような空間。廊下を進んでいくと小さなキッチンがあり、お菓子やジャム類などが置かれたコーナーが。そして、小さな階段を上がった2階には、服がゆったりと並んだ場が広がっています。

 ここは、「ヤエカ」を手がける服部哲弘さんと井出恭子さんが、自分たちで作った服とともに、アクセサリーや器の数々、オブジェや家具、照明器具など、暮らしにまつわるさまざまなものを選んで置いているところ。この手の店にありがちな「一見さんお断り」的な空気がまったくないのに驚きます。それは、ひとつひとつのものが、取り澄ました展示というより、暮らしの中で使われることを前提に選ばれ、置いてあるから。そして、さりげなく声をかけてくれる店員さんが、ひとつひとつの商品のことをよく知っていて、丁寧に説明してくれるから。長いこと話してから、買わずに失礼することになっても、その態度が変わるところがまったくないのも、心地良い思い出につながります。

 他の二つのお店にも共通するのですが、「ヤエカ」を訪れると、時間の歩みが少しゆるやかに、空気の流れが少しすがすがしく、身体と心地が少し落ち着いてくるのです。その理由は生みの親とも言える服部さんと井出さんの、強い芯を備えた穏やかなたたずまいにあるのかもしれません。2人の様子とお店の雰囲気が、見事に一致しているのです。

 「ヤエカ」は、もともとスタイリストだった服部さんが、2002年、「服作りにトライしてみよう」とメンズウェアのブランドとして立ち上げたもの。「一過性ではなく、時代性を反映しながら、普遍性を持ったモノ作りができないか」と志して始めたのです。

 その頃の東京は、表参道に海外のラグジュアリーブランドが次々と旗艦店を構え、富裕層という言葉がたくさん使われていました。今でこそ、「日常を豊かにする暮らし」や「衣食住にわたるライフスタイルの大切さ」といった意識は広がっていますが、当時はそんな状況ではなかったのです。

 「自分たちのやろうとしていることは、時代と逆行するような動きだった」(服部さん)。2010年を過ぎた頃から、少しずつ手ごたえを感じるようになり「継続していく中で、徐々に知ってもらう大切さ」を体感してきたのです。

 「ヤエカ」の服は、一見すると、シンプルなシャツ、コート、パンツ、ニットといった、いわば定番的なベーシックなアイテム。奇をてらったところや、表層的な流行を追っているところがみじんもありません。それだけに、徹底して細部にこだわり、肌触りや着心地まで含めて研究しながら作っている服なのです。「ホームストア」は、考えはそのまま、服以外のアイテムをそろえているお店です。

 「わざわざ来てもらえることも大事なこと」と服部さん。駅に下り立って、周囲の景色を眺めながら歩く、店にたどり着いて時を過ごす、買い物を携えてウキウキ気分で帰途につく-- 一連の行為がひとつの記憶になり、豊かな気分にしてくれるのです。これは、大規模な商業施設にあるモールや、百貨店のインショップでは体験できないことではないでしょうか。便利か不便かと問われれば、間違いなく不便なのですが、心も身体も喜んでいるのがわかります。ネットが発達する中での、リアルなお買い物の意味って、こんなところにあるのかもと思いました。

 次回は「ヤエカ」の服作りの奥深さについてお伝えします。

■YAECA(ヤエカ)
東京都港区白金4-7-10
http://www.yaeca.com/

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PROFILE

川島蓉子

伊藤忠ファッションシステム株式会社取締役。ifs未来研究所所長。ジャーナリスト。
1961年新潟市生まれ。早稲田大学商学部卒業、文化服装学院マーチャンダイジング科修了。多摩美術大学非常勤講師。日経ビジネスオンラインや読売新聞で連載を持つ。著書に『TSUTAYAの謎』『社長、そのデザインでは売れません!』(日経BP社)、『ビームス戦略』(PHP研究所)、『伊勢丹な人々』(日本経済新聞社)、『すいません、ほぼ日の経営。』(日経BP社)、『未来のブランドのつくり方』(ポプラ社)などがある。1年365日、毎朝、午前3時起床で原稿を書く暮らしを20年来続けている。

<15>料理人も栄養士も生徒も企業も巻き込んで~「和食給食応援団」(後編)

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<17>気がつくと、何度も、何年も袖を通す服 ~YAECA(後編)

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