花のない花屋

あの時、石巻にいた母へ

  

〈依頼人プロフィール〉
色川小吉さん(仮名) 40歳 男性
東京都在住
会社員

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思い起こせば、父が亡くなって今年で26年です。当時50歳になったばかりの父は9月に検診で胃に異常が見つかり、手術をしたものの体調がよくならず、わずか3カ月後に他界してしまいました。本人や私たち子どもには知らされていませんでしたが、本当の病名は胃がんでした。

当時、私は中学3年生、兄は大学受験生。2人ともちょうど受験勉強の真っ最中でした。父の死の2カ月後には受験が控えていましたが、なんとか無事に2人とも合格。兄は東京の大学へ、私は地元の高校に進学しました。

高校時代、私は甲子園を目指して野球に明け暮れていましたが、ずっと心の片隅に「ちゃんと勉強もしなきゃ」という気持ちが強かったのは、母と2人暮らしだったせいもあると思います。母は「優しい」という形容詞が陳腐に思えるほどのおおらかさで、私たち兄弟のことを思い、見守り、女手一つで育ててくれました。

私は大学進学で上京し、卒業後はそのまま東京で就職して結婚。母は60歳を前に公務員の仕事を退職し、趣味の読書を楽しみながら、のんびりと悠々自適にひとり暮らしていました。

東日本大震災が起きたのはちょうどそんな頃です。母が住んでいた実家は宮城県石巻市にあります。急いで母に連絡しましたが、電話はまったくつながりません。3日たっても居場所がわからず、もうだめかもしれない……とほとんど諦めかけていたとき、いとこが泣きながら電話をかけてきました。「おばさん、助かってたよ!」。

聞けば、家は津波で全壊したものの、2階に避難した母はなんとか助かり、親戚の家に身を寄せていたとのこと。翌週、すぐに妻と駆けつけ、住む場所がなくなってしまった母をそのまま連れて東京に戻りました。

あれから早6年……。今も母は私たちと、それから震災後に授かった2人の孫たちと一緒に、東京のマンションで暮らしています。幸い母と妻はとても仲がよく、妻は母が大好きだと言います。

「言葉では言い表せないくらい『お母さん』には感謝している。『お母さん』は、女手一つで男の子2人を育て上げ、しかも本当に優しい。心から尊敬している」

妻はよくそう言っています。「人生何があるかわからないから、お嫁さん達にはできれば仕事を続けて欲しい。そのためには私が家事や子育てをサポートするから」という母の言葉と実際の支援に、心から感謝しているのだそうです。私たちが子育てをしながら共働きを続けられるのも、母が一緒にいて、家事や育児を手伝ってくれているおかげです。

母は今年で73歳。そろそろこれまでの恩返しをしていかなくてはと思っています。母の日という機会を借りて、私たち夫婦から家族の絆を感じられるような花束を贈りたいです。

母は素朴で淑(しと)やかな東北人なので、華美でないナチュラルな花が似合います。妻が母に聞いたところ、バラやヒマワリなどではなく、コスモスやスイセンなどが好きなようです。また、石巻の日和山(ひよりやま)の麓(ふもと)で育ったので、「春になるとよく日和山に登ってお花見をした」と言っていました。日和山の桜や、故郷石巻の花、ツツジを思わせる花束を作っていただけないでしょうか。また、亡き父がランを育てていたので、小さめのランも入れてもらえると、母が父を思い出すかもしれません。

  

花束を作った東信さんのコメント

今回は、“日和山の桜”、“ツツジ”、“ラン”といった明確なキーワードがあったので、それらをすべて使って束ねてみました。

桜、ツツジ、ランというのはそれぞれ季節も違いますし、ふだん一緒にアレンジすることはあまりありませんが、やってみると意外とうまくまとまりました。日和山の風景を思い出せるように全体を少し小高い丘のようにして、まわりをピンクと白の複色のツツジで囲み、あちこちにピンクのシンビジュウムやエピデンドラム、フリージアを忍び込ませています。

華美でなくナチュラルにというご希望があったので、つる性の植物、ベルテッセンを加えて動きを出し、ナチュラルな雰囲気も出しています。

ご夫婦からお母さんへの感謝の思い、伝わりますように。

  

  

  

  

(写真・椎木俊介/ライター・宇佐美里圭)

>>これまでの「花のない花屋」まとめ読み

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「&w」では、読者のみなさまから「物語」を募集しています。
こんな人に、こんな花を贈りたい。こんな相手に、こんな思いを届けたい。
花を贈りたい人とのエピソードと、贈りたい理由をお寄せください。毎週ひとつの物語を選んで、東さんに花束をつくっていただき、花束は物語を贈りたい相手の方にプレゼントします。その物語は花束の写真と一緒に&wで紹介させていただきます。
詳しくは応募フォームをご覧のうえ、お申し込みください。

フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

あの時、石巻にいた母へ

1976年生まれ。
2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
作品集に「ピエール・エルメ サティーヌ」「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERSII 植物図鑑」(ともに青幻舎)など。

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PROFILE

椎木 俊介(写真)

ボタニカル・フォトグラファー

2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。


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