このパンがすごい!

夫婦のセンスと技が生む幸福の食感/ティコパン

奥にバゲット、手前にノアレザンや、セーグルセレアル、ミルクフィセル

奥にバゲット、手前にノアレザンや、セーグルセレアル、ミルクフィセル

■ティコパン(東京都)

 うっかりすると素通りしてしまいそうな小さな店。あえて飾らないベーシックなパンに、技術とセンスが詰まっている。

 昨年12月オープンの新店。かつてはばりばりのフランス産小麦でパンを焼いていた中島佐知子シェフが、ティコパンでは国産小麦を使用することにした。私の大好きだった、あの甘くてじんじんするバゲットはどうなったのだろう。

 新たなバゲットは、国産小麦らしいやさしさの陰に巧みなバランスが潜んでいた。皮を噛(か)むとすぐ、軽やかでミルキーな甘さがあふれだしてくる。その輪郭を描き出すように種の風味がやってきたかと思うと、口の中に旨味(うまみ)の空気が溜まっている。クープの焦げは香ばしく。中身はみずみずしく、ややもちっとして、ごくわずかな酸味がさわやかにしている。

 この心弾ませる軽やかな甘さは北海道産キタノカオリのものだ(十勝産のはるきらり「ラ・リュンヌ」もブレンド)。

 「ずっと前にキタノカオリで試作したとき、粉の香りや甘さにすごく感動しました。これでバゲットを作ったらすごくおいしいだろうってずっと思っていました。パン酵母だけだと粉の旨味を出し切れないので、ホワイトサワー種(ライ麦から起こして小麦粉で継いだ自家培養種)も使っています」

上段はパンドミ、下段左はペイザン、右はペイザンフロマージュ

上段はパンドミ、下段左はペイザン、右はペイザンフロマージュ

 中島シェフと中島店主。ティコパンは2人の職人のコラボレーションである。夫である中島直樹さんは店長となり、新しい発想を次々と提供する。

 食パンは甘くあってほしいものだが、毎朝甘いものを食べるのは少しはばかられる。そんな矛盾をティコパンのパンドミは乗り越えていた。舌に重い砂糖の甘さより、透明感のある乳酸菌的な甘さが勝っている。耳には渋みに至るほどの濃密な熟成味。それはみずみずしい中身に滲(にじ)み、コクとなる。食感は幸福そのもの。舌を毛布でくるまれたようなやわらかさ。なのに、ぱふぱふ感や若干のコシがあって歯応えでも虜にする。とろけて丸くなる感じがやさしい印象を残す。

 このかつてないミルキーさと食感はアクロバットのように作られる。

 「湯種(普通はお湯を使うところを熱した牛乳で行う)、中種(フルフレーバー法。一般の中種より分量を多くして風味を豊かに)、ポーリッシュ(前日に水分の多い種を作って小麦の芯まで水を浸透させる)」とすらすら理論を述べる直樹さんに佐知子さんが答える。

 「(ひとつのパンの中で)その三つを本当にできるのかな? って思ったんですが、なんとかなりました(笑)。行程のタイミングを合わせるのがすごくむずかしくて」

ヌーチェス

ヌーチェス

 風車みたいな形のヌーチェス。フランスの伝統的なパンだと勝手に思い込んでいたら、直樹さんの発明品だった。自家製クレームダマンドを合わせたブリオッシュ。高さのちがいが、食感の妙を生む。でっぱったところはさっくりぷにゅっと。低いところはねっちり歯にくっつきながら、かりかりしてすぐ割れる。ブリオッシュ生地のあたたかな風味とアーモンドの甘さ、香ばしさ。食感も味わいも「二つ」が争いあい戯れあって、少しも飽きない無限の円ができあがる。

シトロン

シトロン

 シトロンにも惚(ほ)れた。なみなみとカスタードクリームをたたえた円盤。その湖底から沸き上がるドライレモンの酸味、柑橘(かんきつ)感、苦み。濃厚なカスタードの甘さと相まって、逆ベクトルの綱引きを繰り広げる。その狂おしさを、ブリオッシュのさっくり感、あたたかな風味の広がりが癒やしてくれる。

 ドライレモンのフレッシュさ、複雑さは秘密があった。厨房(ちゅうぼう)に備えた乾燥機で自家製される。糖度も水分量もワンタッチで操れるこの機械は小さなベーカリーの武器になるものだ。ドライレモンだけでなく、カレーパンの野菜、いちごスティック(絶品のイチゴミルククリーム)のイチゴの下ごしらえにも使用。あらゆる具材をたった2人で手づくりする志の高さは、こうして現実のものとなっている。

いちごスティック

いちごスティック

外観

外観

■ティコパン
東京都新宿区北新宿4-8-20 関口ビル 1F
03-5332-5331
月~金 8:00~売切次第終了/土・日・祝 10:00~売切次第終了(火曜、水曜休み)

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PROFILE

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)
http://panlabo.jugem.jp/

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