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人生いかに楽しく遊ぶか。野田知佑『ユーコン川を筏で下る』

撮影/猪俣博史

撮影/猪俣博史

野田知佑氏は日本のカヌーイストのレジェンドである。会社員、教員経験を持ちながら、全ての身分から解放されて愛犬とともにカヌーで旅をしながら自由に生きている。不自由はありそうなのにちっともそれを感じない。

彼が描く紀行文に、私はいつも男のロマンをたっぷり感じ、自分が女であることを少し悔しく思うくらいだった。読むたびに冒険に対して空想や憧れをいだき、何度かカヌーにも挑戦した。学生時代に野田さんの本に出会わなければ、私はアウトドアの業界には行かなかったと思うし、この方がいなかったら日本でツーリングカヌーの文化が語られることもなければ、ここまで広がらなかったかもしれないとも思う。たとえば、写真家の石川直樹さんも、作家の服部文祥さんも彼の書を読みあさり、刺激を受けてきたと、あらゆるインタビューで答えている。

この本の筏(いかだ)の旅は、野田さんにひかれている人々とともに始まった。そもそも野田さんが、「筏でユーコンを下りたい!」と野望を抱いたのは、まだ彼が30代だったころ、雑誌の『NATIONAL GEOGRAPHIC』の「RAFTING DOWN THE YUKON」という特集で20代の4人の青年がユーコン川を筏で漕ぎ下った記事を見たことだった。

そして40年後、その夢はとうとう75才で叶うことになる。今まで何度となく自艇のカヌーでユーコンを下った野田さんだったが、今回ついに、仲間とともに筏で24日間700kmのルートをキャンプをしながらのんびりと下る旅に出たのだ(仲間はおのおのカヌー)。ここでも憎らしく、うらやましい男のロマンを達成したといえる。

「自然の持つ治癒力は、実際に体験しないと分からない」

本書は出発点のレイクラバージュ⇒フータリンクワ⇒カーマックス⇒旅のゴール地点のドーソンと、項目分けされている。その土地ごとにキャンプをし、道中やキャンプ地での出来事や語ったことがつづられている。

野田さんの文章の中には、人生の格言がたくさん詰まっている。離婚をして、人生をこつこつ働いて作り上げることをやめたという野田さん。それ以降、いかにして楽しく遊ぶかが人生のテーマになったという。遊ぶのは大自然の中でだ。「自然の持つ治癒力は、実際に体験しないと分からない」。人生に迷いはつきもので、それを楽しむことをすすめている。

また、環境問題に対して警鐘を鳴らす言葉もたくさん詰まっている。世界中の川をくだっても、やはり日本の川が一番いいと野田さんは言う。だからこそ、日本のいい川にダムや砂防ダム、無駄な橋が建設され、自然環境が壊されていくことに胸を痛めたり、腹をたてたりし、日本の川くだりがいやになることもあるという。そんなとき、海外の川に行き、心の底から解放感やこの上ない自由を味わうのである。

現地で人と出会い、語り合うなかでの野田さんの日本人へのメッセージは、私の心の中にじんわり入り込み、ぐっと胸を刺す。旅をして自然と対峙(たいじ)すると、こんなに世の中のことが客観視できるようになるのなら、実際に体で知覚したい!と、いつの間にか体がうずうずしてくる。きっと影響を受けた青年は、読み終えた頃にはどこかしらへ旅にでかけたくなるだろうし、その感覚に心を動かされ、旅を続ける人も多くいるだろう。ぜひ中高生の方々には、夏休みにでも読んでほしい1冊だ。

ちなみに、野田さんは75歳にして今後何をして遊ぼうか真剣に考えているらしい。自由に流れる野田さんをずっと応援したい。

(文・羽根志美)

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湘南蔦屋書店 アウトドアコンシェルジュ。
前職のアウトドアメーカーでの知識を生かして選書を行い、自らもとにかくアウトドアが大好きな2児の母。子どもから大人まで楽しめるアウトドアイベントも多く企画運営している。
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