東京ではたらく

ファッションモデルのマネジャー:本間博菜さん(32歳)

  

職業:モデルマネジャー
勤務地:モデルエージェント〈ナウファッション・エージェンシー〉
勤続:7年
勤務時間:10時~18時(フレックス)
休日:原則週休2日
この仕事の面白いところ:日々、新しい世界に触れられること
この仕事の大変なところ:大変と感じたことはありません
    ◇
 主にファッションモデルが所属している事務所でマネジャー業務をしています。マネジャーというのは、雑誌やテレビ、広告などで活躍するモデルたちの売り込み、スケジュールの管理や現場同行、身の回りのお世話など、業務は多岐にわたります。

 たまにテレビ番組などでタレントのマネジャーさんが登場するのを見たことがある方もいるかもしれませんが、お世話するのがタレントさんとモデルさんの違いというだけで、仕事内容はほぼ同じだと思います。

 出身は東京の国分寺市で、高校生時代はファッションや音楽が好きなごく普通の女の子でした。ファッションや音楽に携わる仕事がしたいなと漠然と思ってはいましたが、いざ具体的に進路のことを考えると「ファッションや服飾の専門学校に進学するのは、その分野を極めたいという人なんだ」、「今の自分はそこまで強い信念を持っていないな」という思いがあって、決心がつきませんでした。

 同級生のほとんどは大学に進学しましたが、当時は大学で学びたいことも明確に見つけられず、結局大学にはいかずに社会に出るという道を選びました。興味を持てる仕事をやりながら、コレだという確固たる目標を見つけられたらいいなと、そんなふうに考えていました。

 高校卒業後は、ファッションブランドが運営しているカフェで接客・調理・メニュー開発をしたり、レコード会社の関連企業で事務をしたりしていました。いろいろな業種を経験しましたが、いつもどこかファッションや音楽に近い場所にある仕事を選んできたのは、やっぱり自分が好きなことに少しでも近づきたいと思っていたのでしょうね。

 転機が訪れたのは25歳のとき。音楽関係の事務職の契約が満了して、新しい仕事を探さなくちゃいけないというタイミングだったのですが、20代も後半に差しかかると、徐々に「この先、自分は何をやっていくんだろう?」という漠然とした不安が湧いてきました。大学を出ていないということもあって、焦りは強くなる一方でした。

 そんな中、いろいろ考えた揚げ句にたどり着いたのが「自分が好きなことをとにかくやってみよう」という答え。それまでの経験上、自分は何事もやってみないとわからない性分だということはよくわかっていたので、じゃあとにかく挑戦してみよう、と。それでダメなら、また挑戦すればいいや。そんな気持ちで、幼い頃から変わらず好きだったファッションの世界に飛び込む決心をしたんです。

 ファッションの世界で働くといっても、デザイナーやスタイリスト、雑誌編集者、販売員などいろいろな職種があります。なかでもモデルのマネジャーという道を選んだのは、学生時代に熱心に読んでいたファッション誌の影響だと思います。授業をさぼっては原宿に行くような高校時代、当時爆発的に人気だった裏原系~ストリート系のファッションやカルチャーを目の当たりにしました。雑誌に登場する格好良いモデルたち。とても刺激的でワクワクさせてくれる存在でした。そんな人たちを見て自分も何か一緒につくる人になりたいと漠然と夢見ていたのだと思います。
 じゃあそのモデルさんたちを裏で支える人になろうと。当時好きだったモデルさんが所属していた今の事務所に応募して、運良く採用していただいたんです。

“何でもしなくちゃダメ”なら、全部を楽しめばいい

事務所にいるときは、スケジュール調整や各所への連絡などのデスクワーク。雑誌やテレビの撮影現場へ同行したり、打ち合わせに同席したりと、出ずっぱりのことも多いです。モデルが出演した雑誌や番組のチェックも欠かしません


事務所にいるときは、スケジュール調整や各所への連絡などのデスクワーク。雑誌やテレビの撮影現場へ同行したり、打ち合わせに同席したりと、出ずっぱりのことも多いです。モデルが出演した雑誌や番組のチェックも欠かしません

 入社して2年ほどは事務所の掃除や電話番など下積み生活。3年目からはモデルのスケジュール管理や出版社・テレビ局との出演交渉なども担当するようになったのですが、そこで本当の意味でのマネジャー職の難しさというか……、一筋縄ではいかない仕事だぞということがわかってきました。

 7年目になった今でも難しいと思うのは“調整すること”です。たとえばある仕事で、その内容ではモデル本人はあまりやりたくないな……と。でも会社としてはやる価値がある仕事だと判断した場合は、モデル側、クライアント側、双方の意向をくみつつ、両者が納得してその仕事に取り組めるよう調整します。

5年前、銀座の街角でスカウトした織田梨沙さん。資生堂の伝統ある広報誌の表紙にぴったりだと思い、自ら猛プッシュ。念願かなって表紙モデルをやらせていただいたときは、本当にうれしかった


5年前、銀座の街角でスカウトした織田梨沙さん。資生堂の伝統ある広報誌の表紙にぴったりだと思い、自ら猛プッシュ。念願かなって表紙モデルをやらせていただいたときは、本当にうれしかった

 大切なのは“説得”することではなくて、“納得”してもらうこと。相手は生身の人間ですから、「これやって」「あれやって」というわけにはいきません。どうしたら人の気持ちを動かせるのか。それがマネジャーの腕の見せどころであり、最も大切にしなくちゃいけない部分だと思っています。

 ですから、常日頃から担当モデルとの信頼関係は何より大事にしています。たとえモデルが一度難色を示した案件でも、「この人が大丈夫と言うなら、やってみよう」。そんなふうに思ってもらえる関係が理想です。

オフィスには、20代からマネジャーとして切磋琢磨(せっさたくま)してきた若き日の社長の写真が。新人の頃に言われて、今でも肝に銘じているのは、「嫌だなと思うことからやりなさい」ということ。いつも大切なことを教えてくえる、最も尊敬する先輩です


オフィスには、20代からマネジャーとして切磋琢磨(せっさたくま)してきた若き日の社長の写真が。新人の頃に言われて、今でも肝に銘じているのは、「嫌だなと思うことからやりなさい」ということ。いつも大切なことを教えてくえる、最も尊敬する先輩です

 うちの社長が昔から「モデルの半歩先をいきなさい」と、常に言っているのですが、それは決してモデルの上に立ちなさいということではないんです。私のような裏方が前に出て、モデルを引っ張っていかないといけない。それぞれの個性や才能を見いだして、輝かせていくのがマネジャーの仕事だということなんです。
 そのためには、どんな案件が来ても対応できる人じゃないといけません。私が担当している中には、写真や彫刻・絵画などの得意分野を持っているモデルもいるのですが、そういう人にはその分野にまつわる仕事が自然と多くなってきます。だから日頃からできるだけ専門書を読んだり、写真展や展覧会に足を運んだり、知識や情報を増やす努力は惜しみません。

 こんなふうに言うと、マネジャーってなんでもやらなきゃダメなんだなと思われるかもしれませんが、まさしくその通りで、いわば“なんでも屋さん”なんです。でも、“なんでも屋さん”だからこそ、“なんでもできる、やらせてもらえる”仕事と思っています。

 その分、自分が関わるなんて思ってもみなかった世界を見せてもらえるので、それはすごくいい経験になりますし、“なんでも屋さん”だったおかげ。なんでもやらなくちゃいけないけど、なんでもできるからこそ、楽しいんです。

◎仕事の必需品<br>各モデルのスケジュールや出演条件がびっしりと書き込まれた手帳は肌身離さず持ち歩いています。女優のお仕事をするモデルを担当するようになってからは「週に1回は舞台や映画を見に行く」と決めていて、記録として半券を挟んでいます


◎仕事の必需品
各モデルのスケジュールや出演条件がびっしりと書き込まれた手帳は肌身離さず持ち歩いています。女優のお仕事をするモデルを担当するようになってからは「週に1回は舞台や映画を見に行く」と決めていて、記録として半券を挟んでいます

 一番喜びを感じるのは、自分が「輝くものを持っている」と思った人が、モデルとして才能を開花させ、どんどん輝きを増していくときです。数年前にスカウトした女の子がいるのですが、最近は女優としての才能を開花させて、今まさに演技の世界へと羽ばたこうとしています。

 私たちはいわゆる縁の下の力持ち的存在ですが、そんな瞬間に立ち会っていると、ひとりのモデルを輝かせるには、必ずそういう裏方の力が必要なんだと実感としてわかってきます。だったら私がその仕事を全力でやろう。私にしかできない仕事をやろう。今はそんなふうに思っています。

 目標はパリコレに出られるような、日本を代表するモデルを自分の手で育てること。そのためには、もっともっと視野を広げて、知識や教養の面でも成長しなくてはと日々思っています。その過程で、次はどんな新しい世界を見られるのか、今からわくわくしているんです。

■ナウファッション・エージェンシー
http://www.nowfashion.co.jp/

PROFILE

  • 小林百合子

    編集者
    1980年兵庫県生まれ。出版社勤務を経て独立。山岳や自然、動物、旅などにまつわる雑誌、書籍の編集を多く手がける。女性クリエイター8人から成る山登りと本づくりユニット〈ホシガラス山岳会〉発起人。著書に『最高の山ごはん』(パイ・インターナショナル)、『いきもの人生相談室』(山と溪谷社)、野川かさねとの共著に『山と山小屋』(平凡社)など。

  • 野川かさね(写真)

    写真家
    1977年神奈川県生まれ。山や自然の写真を中心に作品を発表する。クリエイティブユニット〈kvina〉、自然・アウトドアをテーマにした出版・イベントユニット〈noyama〉の一員としても活動する。作品集に『Above Below』(Gottlund Verlag)『with THE MOUNTAIN』(wood/water records)、著書に『山と写真』(実業之日本社)など。

目黒区の花屋店主:高橋健治郎さん(48歳)

トップへ戻る

世田谷区の幼稚園教諭:帯刀(たてわき)彩子さん(42歳)

RECOMMENDおすすめの記事