東京ではたらく

世田谷区の幼稚園教諭:帯刀(たてわき)彩子さん(42歳)

はたらく6-1

職業:幼稚園教諭
勤務地:世田谷区 私立幼稚園
勤続:17年(通算では19年)
勤務時間:8:30~16:30
休日:週休2日
この仕事の面白いところ:日々変化、成長する子どもの姿を見られること
この仕事の大変なところ:子どもの命を預かっているという責任を常に感じること
    ◇
 都内の私立幼稚園で3歳児のクラスを受け持っています。大学の教育学科を卒業後、今の幼稚園に就職、5年ほど働いたあと2年間離職しましたが、また同じ園に復職し、以来ずっと同じ園で働いています。

 幼稚園の先生になりたいと思ったのは、たぶん高校生の頃だったと思います。じつは私の母も幼稚園教諭で、夕食時の会話といったら、ほとんどが母が勤める幼稚園の出来事。

 「今日はこんなおもしろいことがあったんだよ」「◯◯ちゃんがこんなことを言ってね」など、子どもたちの話を毎日聞いているうちに、楽しそうだなと感じるようになりました。姉も妹も同じ職業に就いているので、母の影響はすごく大きかったと思います。

 もちろん大変な仕事だということもわかっていました。私が中学生くらいの頃、いったん離職していた母が復職することになったのですが、いかんせん朝早く、夜も遅い仕事です。

 家族に家事を分担してもらえないと、とうてい復職できないということで、私たちきょうだいも交代で夕食づくりなどをしていました。もちろん疲れた姿を見せることもありましたが、それでも同じ職に就きたいと思ったのは、毎日生き生きと仕事している母の姿を見てきたからでしょうね。

はたらく6-2


実際、幼稚園教諭の1日は長い。8時すぎには登園し、14時に子どもたちを見送り。その後は職員会議や教材作り、保護者への連絡ノート記入など。帯刀さんが帰宅するのは19時ごろになる

 就職氷河期のなか、運良く今の園に就職でき、5年間勤めました。キツイ仕事だというのは重々承知していましたが、実際は想像以上で(笑)。
 体力面はもちろん、子どもたちの命を預かっているんだという責任や、人間形成に非常に重要とされる幼児期に携わるというプレッシャー。保育のやり方に疑問を感じるところもありました。
 自分では大丈夫だと思っていたのですが、徐々に体にも不調が表れるようになって、いったん離職することに決めました。

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園で飼っているうさぎのココアちゃんの世話も先生たちの仕事。「入園してすぐは心細い思いをする子どももいるのですが、生き物がいると不思議と和むんですよ」

 20代も終わりにさしかかって、もっとほかの世界も見てみたい、自分の好きなことをやらずに20代を終わらせちゃいけない! みたいな気持ちもあったと思います。

 もともと山登りやスキーが大好きだったので、退職後は一念発起、白馬のスキー場で働くことに。その間に保育士の国家資格を取ったりして、1年ほど過ごしました。

 ところが、このまま5年くらい好きなことをやって過ごそうと思っていた矢先、元職場の先生から「先生が足りないから一時的に戻ってきてくれないか」という連絡が。

 正直、まだ戻りたくないと思っていたのですが、事情も痛いほどわかるし……。結局、先生の熱い説得に折れる形で一時的に復職することに決めたのでした。

“子どもの関心に寄り添う保育”で知った、教育の面白さ

子どもたちが帰った後は、教室の掃除を欠かさない。自身もふたりの子どもを育てるお母さん。「どんなに大変でも週末に仕事は持ち越さず、家族と過ごす時間を大切にします」


子どもたちが帰った後は、教室の掃除を欠かさない。自身もふたりの子どもを育てるお母さん。「どんなに大変でも週末に仕事は持ち越さず、家族と過ごす時間を大切にします」

 うちは世田谷と町田市に園があるのですが、その時は、新卒時に勤めた世田谷ではなく町田市鶴川のほうに配属されました。

 これは今でも幸運だと思っているのですが、その園では当時、新しい考え方の保育というのでしょうか。より子どもの気持ちや関心に寄り添った保育を実践しようと、先生方がものすごく頑張っていたんですね。

 それまでの保育というのは、やることが決まっていて、それに沿って子どもたちが行動する、させるのが一般的でした。

 たとえばみんなで鬼ごっこをする時間は、やりたくなさそうな子がいても、なんとかして参加させるといった感じです。あくまでも例ですが。

むかし懐かしいコマ。園で使うおもちゃなども、先生同士でアイデアを出し合って決めている。「コレは子どもにとってどうなんだ? 先生同士で議論して、常に考えながら保育を“作って”いける職場は楽しいし、やりがいがあります」


むかし懐かしいコマ。園で使うおもちゃなども、先生同士でアイデアを出し合って決めている。「コレは子どもにとってどうなんだ? 先生同士で議論して、常に考えながら保育を“作って”いける職場は楽しいし、やりがいがあります」

 でも子どもって、大人とは全然違う考え方をしているんですよね。たとえばリズムあそびの輪から外れて、座って見ている子がいるとします。

 でもよく見ていると、リズムあそびそのものがしたくないわけじゃなくて、その曲はやりたくないけど別の曲ならやりたいとか、キリンのまねはしたくないけどライオンならしたいとか(笑)。

 そんなふうに、あらゆる場面で子どもの関心の持ち方や楽しみ方っていうのは違っていて、まあそれは当然のことだと思うんですけれど。

 だとしたら子どもの声や考え、直接に聞こえない関心の在りかにまで耳をすませて、子どもたちに合わせた保育をやろうじゃないかと。

 その取り組みは本当に刺激的で、保育ってこんなに面白いんだ!と思わせてくれました。そこで、数か月復職した後、次年度から正式に世田谷に復職しました。

4、5歳児のクラスには、子ども同士でくつろげるソファスペースが。「子どもたちがホッとできる空間をつくりたい」というのが設置の理由だそう


4、5歳児のクラスには、子ども同士でくつろげるソファスペースが。「子どもたちがホッとできる空間をつくりたい」というのが設置の理由だそう

  “子どもの関心に寄り添う保育”とは聞こえがいいかもしれませんが、型がない分、状況に応じた柔軟性が欠かせません。

 子どもがどんな気持ちでいるのか、ひとりひとりを注意深く見たり、何げない言葉も耳に入るようにしておかないといけませんから、常に自分に余裕をもたせておくことが大切です。これがなかなか難しいのですが(笑)。

 やりがいを感じる瞬間は数え切れないほどあって、一番は子どもが人との関わり方を少しずつ学んでいく変化を見るときです。

 3歳で入園したときは、まったく周囲を認識できなかった子が、周りの子の存在に気づいて、一緒に遊ぶようになり、ある日顔を合わせて笑ったり、会話したりするようになる。

◎仕事の必需品<br>料理好きの夫が毎日作ってくれる“愛夫弁当”。「私の仕事を理解して、協力してくれる夫には感謝してもしきれません。思えば母と同じですね、私も」


◎仕事の必需品
料理好きの夫が毎日作ってくれる“愛夫弁当”。「私の仕事を理解して、協力してくれる夫には感謝してもしきれません。思えば母と同じですね、私も」

 ケンカなどのトラブルも増えてきますが、相手の気持ちを理解したり、自分の意見を言えたりするようになってきます。

 小さな変化ですが、確かな成長を側で見られるというのはこの仕事の最大の魅力。その感動を保護者と一緒に喜べる瞬間にも大きな幸せを感じます。

 そうそう、この間、ここに復職してすぐの頃に担任した園児たちの同窓会に呼んでもらったんです。もう高校生! みんなそれぞれの道を見つけて、すてきに成長した姿を見たときは感無量でした。

 じつは以前は、「体を動かすのがおっくうだなと思い始めたら辞めどき」だと感じていたんです。でも最近は「年齢を重ねたら重ねたなりの子どもとの付き合いかたがきっとある」と考えるようになりました。

 子どもたちの成長をもっと見ていきたい。何より私自身、それが最高におもしろい。そう思える限り、この仕事を続けていきたいと思っています。

■和光幼稚園
東京都世田谷区桜2-18-18

PROFILE

  • 小林百合子

    編集者
    1980年兵庫県生まれ。出版社勤務を経て独立。山岳や自然、動物、旅などにまつわる雑誌、書籍の編集を多く手がける。女性クリエイター8人から成る山登りと本づくりユニット〈ホシガラス山岳会〉発起人。著書に『最高の山ごはん』(パイ・インターナショナル)、『いきもの人生相談室』(山と溪谷社)、野川かさねとの共著に『山と山小屋』(平凡社)など。

  • 野川かさね(写真)

    写真家
    1977年神奈川県生まれ。山や自然の写真を中心に作品を発表する。クリエイティブユニット〈kvina〉、自然・アウトドアをテーマにした出版・イベントユニット〈noyama〉の一員としても活動する。作品集に『Above Below』(Gottlund Verlag)『with THE MOUNTAIN』(wood/water records)、著書に『山と写真』(実業之日本社)など。
    http://kasanenogawa.net/

ファッションモデルのマネジャー:本間博菜さん(32歳)

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俳優:安竜(ありゅう)うららさん(30歳)

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