花のない花屋

「あの日」を笑顔で迎えるために、私たち家族へ

  

〈依頼人プロフィール〉
藤田優子さん 36歳 女性
東京都在住
主婦

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今から1年ほど前の春、第二子を妊娠中に早産の可能性がわかり、子宮頸管(けいかん)を縛る手術をすることになりました。15分ほどで終わる簡単な手術の予定だったので、部分麻酔をして手術室へ入りました。

しかし、術中に10リットルを超える大量出血を起こし、私は意識不明に。全身麻酔に切り替えられ、3~4時間にわたって懸命に止血が試みられましたが、血圧が下がり始め、私も危ない状態に陥りました。止血するには、妊娠を終了させるしかない……。決断を迫られた夫は、震える手で泣きながら、母体優先の手術の書類にサインをしたそうです。

麻酔が切れ、奇跡的に意識が戻ったとき、先生から「赤ちゃんを出したからね」と告げられました。緊急帝王切開で生まれて来た赤ちゃんは、1310gの小さな小さな男の子。そして、脳には大きな障害が残りました。その日の記憶はまったくないので、産んだという実感もありません。1年前の4月14日。静かな誕生日でした。

あれから1年。私たち家族は答えのない「どうして?」を繰り返す日々でした。あの日を思うだけで、胸がぎゅっと締め付けられるように痛みます。

私は、ずっとずっと、妊娠をやり直したいと思っていました。元に戻してほしい、と。自分の大きなおなかを触って、「よかった、赤ちゃんまだおなかにいたんだ」とホッとする夢を毎晩のように見ては、目が覚めてぺたんこのおなかを触って、涙が止まりませんでした。

「2人とも命が助かったのだから、これがベストだったんだ」と言われるたびに、だったらどうして誰もおめでとうって言ってくれないの? と噛(か)み付いていました。

そんなとき、ある方に言われました。「お母さんと赤ちゃんで支えあった命なんですね」。はっとしました。あの日、私と息子が命を支えあったということは、私が知っている唯一の事実であり、私が子どもたちに話してやれる、唯一のあの日の意味です。その言葉にどんなに救われたでしょうか。

ずっとずっと、この子じゃなくていいと思っていたはずなのに、この子じゃないとだめなんだと思うようになっている自分に気がついて、うれしくなりました。息子と命を支えあったあの日があるから、いま私たち家族はここにいるのです。

一生寝たきりかもしれない息子を前に、あの日を思い悩む気持ちは消えません。でも、だからこそ、私たちが私たちの幸せを探し続けるために、これから何度もやってくる4月14日を、前の年より輝いた笑顔で迎えたいと思うようになりました。いまは意思の疎通ができない状態であっても、きっといつか思いを伝えあえる日がくると私たち家族は信じています。

息子の将来と引き換えに命を助けてもらった私と、それを決断した夫。2歳の長女には寂しい思いも我慢もたくさんさせていますが、その笑顔が私たちを支えになっています。娘の味方でいてくれる私の母、ばあばもいます。そんな私たちにエールを送る花束を作ってもらえないでしょうか。

息子は首もすわらない重度の脳性まひですが、目でしっかりと思いを伝えようとする強い子です。娘は、そんな弟に一生懸命、世話と焼きもちを焼く、明るくて元気いっぱいの優しい子です。そして、大きくて穏やかな夫、まっすぐで気の強い私。前向きな母。紫色のアジサイなどを使い、やさしい雰囲気の華やかさがあり、見るだけでうっとりするお花だとうれしいです。

  

花束を作った東信さんのコメント

本当に大変な一年でしたね……。家族とともに前を向いて生きていこうと決意を新たにしている藤田さんに、エールを込めて花束を作りました。

アレンジの中心には、4人家族とおばあさまの絆の象徴として黄色いヒマワリを5本、挿しています。その周りをぐるりと紫色のハギとベルテッセンで囲み、動きを出しています。

ご希望のアジサイは2種類使いました。一つはブルー、もう一つは複色のアンティックカラーです。複色に入っている色がうまく全体をつないでいます。下の方に挿したピンクの小花はカルミア。まだつぼみの状態ですが、これから徐々に白い花を咲かせるはずです。

ご家族みなさんで楽しんでいただけますように。

  

  

  

  

(写真・椎木俊介/ライター・宇佐美里圭)

>>これまでの「花のない花屋」まとめ読み

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フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

「あの日」を笑顔で迎えるために、私たち家族へ

1976年生まれ。
2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
作品集に「ピエール・エルメ サティーヌ」「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERSII 植物図鑑」(ともに青幻舎)など。

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PROFILE

椎木 俊介(写真)

ボタニカル・フォトグラファー

2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。


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