東京の外国ごはん

ドイツビールが恋しくて ~バーンズ バー BERND’S BAR(ドイツ料理)

  

 ドイツの“D”を表すステッカーが貼ってある階段をひとつ、ふたつ、みっつと上っていく。少し開いていたドアから“Hello!”と声をかけると、「どうぞ!」と奥から声がした。ドアを開けると、想像よりも大柄で人懐っこい笑顔の男性がいた。彼が“バーンズ バー(BERND’S BAR)”の店主、ベルンド ハーグ(Bernd Haag)さん(55)だ。

 「いやあ、今日はほんと暑いね……。汗かいちゃったから、いまクーラーの風が当たるところに座っていたんだよ。どう、まずはビールでも飲む?」

 ここはドイツのビールと料理が楽しめる本格的なドイツ料理店だ。もちろん“Yes!”。自己紹介もそこそこに、まずは美しい黄金色のドイツビール、“Bitburger(ビットブルガー)”で乾杯した。さわやかなのど越しで、クセのないバランスのいい味。グイグイ進んでしまう。

 お酒とはなんとすばらしい飲み物なのだろう。乾杯したとたん、相手が年上だろうと初対面だろうと、すっとバリアーが取り払われ、ゆるゆると心がなごむ。空気がやわらかくなる。私にとって大人になった最大のよろこびは、お酒が楽しめることだとつくづく思う。

著名人も足しげく通う本場の味

 一息ついて店内を見渡すと、壁という壁は、これまで訪れたゲストとの写真や著名人のサイン、ドイツのサッカーチームのシャツや民芸品など、いろいろなものでびっしりと埋めつくされていた。プロテニスプレーヤーの伊達公子さんやヘルムート・シュミット元首相とのツーショットもある。ドイツ企業のビジネスパーソンや日本、ドイツのサッカー関係者もよく訪れているようだ。今年亡くなったムッシュかまやつさんも足しげく通っていたという。

 このお店は多くの人に愛されてきたんだな……壁を眺めてそう感じた。歴史が刻まれた店内は隅から隅まであたたかさに満ちていて、初めてなのに妙に落ち着く。

 バーンズ バーには12種類のドイツビールがある。さらに、ビールに合う“ソーセージプレート”や“ヴィーナー・シュニッツェル(子牛のカツレツ)”、“ミートローフ”など、主に南ドイツの家庭料理が30種類ほどそろう。ソーセージの90%はドイツからの直輸入だそうだ。

 どれもおいしそうだが、ボリュームがあるのでたくさんは食べられない。今回は「ザワープラーテン」(2800円)と「イェガー・シュニッツェル」(2000円)をいただくことにした。

 ザワープラーテンは牛肉を酢、水、香辛料や調味料に数日間漬け込んで、マリネにしてから長時間蒸し焼きにする肉料理。牛肉がフォークだけで崩せるほどやわらかくなっていて、濃厚なソースがビールにぴったり。イェガー・シュニッツェルは豚肉の生クリームソースがけで、付け合わせは「シュペーッツレ」というショートパスタだった。ドイツ発祥のパスタと聞いてびっくり。独特なモチモチ感と歯ごたえがクセになるおいしさだった。さすが、どれもビールに合う味付けで、おなかの底から力がわいてくるようだった。

 「どれも祖母のレシピです。オープン当初は、ビールはビットブルガーだけで、料理も基本的なものしかありませんでしたが、少しずつ増やしてきたんですよ」

 ベルンドさんは南西ドイツ、シュヴァルツヴァルト(黒い森)の北部にあるバーデン=バーデン出身。家族がレストランやホテルを経営しており、自身も17から18歳くらいの頃から家の仕事を手伝っていた。“お酒と料理、タバコの煙”に囲まれた世界が日常だった。その後就職した旅行会社で、日本支店から異動してきた日本人女性に出会う。それが今の妻、ナオコさんだ。

はじまりはひらめきから

 初来日は1988年。26歳くらいのとき、当時恋人だったナオコさんと一緒に初めて東京に来た。そのとき、後の運命を決定づけるちょっとした出来事が起こる。

 ある晩、ふとドイツビールが恋しくなり、ホテルオークラ東京のフロントでドイツビールを飲める場所を尋ねた。コンシェルジュは分厚い電話帳で一生懸命探してくれたが、東京には一軒もないという。ばかな! ドイツビールを飲みたいのは、自分だけじゃないはず……。そう思った瞬間、ベルンドさんはひらめいた。

 「ナオコ、いいアイデアが思いついた! 僕が東京でドイツビールのバーを造るよ!」

 もちろん「どうかしている」と一蹴されたが、思いついてしまったものは、しょうがない。

 「僕は、目標を見つけたらそれに向かわざるを得ないタチなんです(笑)。うまくいったらめでたし。いかなかったらしょうがない。でも、やらなければ一生後悔するとわかっていました。だから、すぐに持っているお金、全部をそのアイデアにつぎ込もうと決めました」

 ベルンドさんは、ドイツへ戻るとまず父親に相談した。もちろん返事はナオコさんと同じ。「どうかしているんじゃないのか」と。でも、そう簡単には諦めなかった。何度も何度も話し合い、気持ちを伝え、家族がためていた彼のための貯金を使わせてほしい、と訴えた。

 最終的に、父親はベルンドさんの熱意に負け、半ば投げやりに「好きなようにしろ!」とお金をくれた。その大金を持って、ベルンドさんは日本へ向かった。

 物件はすぐに見つかった。六本木交差点から東京タワーに向かって歩き、飯倉片町の交差点の手前にあるビルの2階だ。もともとタイ&インドレストランだったが、すべて取り払って改装することに。大工はドイツから連れて来た友人に頼んだ。1カ月ホテルに泊まり込みで、日本の施工会社と一緒に改装していった。

 「目指したのは“シュヴァルツヴァルト(黒い森)”にあるような、昔風の古いバーです。木を多用して、薄暗くて居心地がよくて……。最近はフライブルクに行っても、メタルやガラスを使った明るくてモダンなレストランばかり。こういう雰囲気の場所はもう少ないですよ」

 問題はビール会社との交渉だった。日本にはまだドイツビールがほとんど入っておらず、自分で新規開拓しなくてはいけなかった。とはいえ、ドイツの家族がレストランを経営していたので、ビール会社とのつながりはある。そのツテを頼って、まずはビットブルガーを輸入することにした。ドイツビールと簡単な家庭料理がそろえば、なんとかなる。料理は得意だったので、自分でキッチンに入ることにした。そうして94年2月、東京・六本木に「バーンズ バー」が産声を上げた。

二つの幸せを手に入れて

 「当時は壁もぜんぶ真っ白で、ドイツらしいものといえば、カウンターにいる僕だけでしたね(笑)」

 お店はできたものの、お財布はすっからかん。文字通り、全財産をお店のオープンにつぎ込んでしまった。「これがうまくいかなかったら、どうするの?」恋人のナオコさんからの言葉がつき刺さる。

 「うまくいかなくちゃいけない。うまくいかなかったら首をくくるしかないんだから、うまくいく以外の選択肢はない」

 ベルンドさんはそう答えていた。

 しかし……もちろん宣伝をする余裕もなかったし、最初はお客さんがほとんど来なかった。暇だったので、店の下に立って時間をつぶしていることも多かった。

 するとある日、ドイツ人らしきカップルが歩いていた。看板をみて「ベルンズ・バーだって。あそこに立っている人がベルンドさんかしらね?」と言っているのが聞こえた。「はい、僕がベルンドです!」と言って店へ案内したところ、2人が記念すべき最初のお客さんになった。以後、口コミで広がり、雑誌などで紹介されることも重なって、どんどんお客さんが増えていった。最初のお客さんだった2人とは今でもいい友人だ。

 今年で開店23年。今になって振り返ると、よくできたと思うよ、とつぶやく。

 「やっぱり最初は本当に大変でした。外国人の若造が六本木の中心でお店を出す、といっても誰も信用してくれないし、法的な手続きも面倒でした。妻がいたからできたことです。この年になって同じことをやれと言われたら絶対にできない。でも28歳だったら、また同じことをやるでしょうね。全財産をつぎ込んで、東京でドイツバーを造るなんて無謀だったと思いますが、今こうやって自分のバーを見渡すと、本当にやってよかった……と思います」

 そして、ビールを飲み、一息ついて言った。「ゼロから造ったバーと、愛する妻、その二つを手に入れたことは、とても幸せだと思う」。

 幸せな人が造る空間は、幸せな空気が漂う。このバーのあたたかさは、ベルンドさんご夫婦から生まれたものなのだろう。“Prost!”、“Cheers!”、“乾杯!”……。今夜もいろいろな国の人が、バーンズ バーで陽気な杯を交わしていることだろう。いいなぁ、お酒のある空間。いつまでも、こういうすてきなバーが続きますように。

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■バーンズ バー (BERND’S BAR)
東京都港区六本木5-18-1
ピュア六本木2F
電話:03-5563-9232

PROFILE

宇佐美里圭

1979年、東京都生まれ。東京外国語大学スペイン語学科卒。在学中、ペルー・クスコにて旅行会社勤務、バルセロナ・ポンペウファブラ大学写真専攻修了。ワールドミュージック誌、スペイン語通訳、女性誌、『週刊朝日』編集部を経て、『アサヒカメラ』編集部。料理研究家・行正り香さんの書籍を多数手がける。ラテン音楽、山、ワインが好き。

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