東京ではたらく

銀座のクラブ オーナーママ:高瀬綾さん(37歳)

  

職業:クラブ オーナーママ
勤務地:銀座のクラブ〈綾瀬〉
勤続:4ヶ月(クラブ業は13年)
勤務時間:8時~翌1時
休日:土日祝
この仕事の面白いところ:お客さんに楽しい時間を過ごしてもらえる
この仕事の大変なところ:お酒をたくさん飲まなくちゃいけない(笑)

    ◇
 今年の4月に銀座にクラブをオープンしまして、オーナーママをしております。

 はじめて銀座の夜の世界を体験したのは24歳。当時はアパレル関係の仕事をしていたのですが、お世話になっていたおねえさんに「夜の部活行く?」と誘われて(笑)。それが銀座のクラブでした。

 そこで「働いてみない?」と声をかけられて、その日からお店に入ることに。最初はお客さんを前にしても全然お話しできないですし、お酒も作れない。そもそもお酒が飲めなかったので、水割りを少し飲んだだけで倒れてました。

 普通の飲食店のように研修なんていうものはありませんから、接客にまつわるお作法も見よう見真似。最初の頃はお店の人はおろか、お客さんにもたくさん叱られました。

 そもそもこの世界に入った動機は「お金」でした。東京の北新宿で生まれ育ったのですが、子どもの頃から家が裕福ではなく、シングルマザーの母と弟の3人で暮らしていました。

銀座七丁目にある〈綾瀬〉。24歳で銀座デビューしてから銀座一筋。37歳でオーナーにママになるのは銀座では異例の早さ。


銀座七丁目にある〈綾瀬〉。24歳で銀座デビューしてから銀座一筋。37歳でオーナーママになるのは銀座では異例の早さ


 物心ついたときから母とはそりが合わず、高校2年の頃に家を飛び出し、家出先から高校に通う生活。卒業後は飲食店やアパレル関係の仕事をしていました。

 でも結局どんな仕事でも上が見えてるというか…。どんなに頑張ってもお給料は知れているなと感じていて。そんなときにたまたま銀座のクラブに誘っていただいて、華やかな世界への憧れもどこかにありましたし、迷わず飛び込んだというわけです。

 「お金」が動機というのは決して悪いことではないと思いますが、強い信念があってこの世界に入ったわけではなかったので、やっぱりどこかで仕事をナメてかかっていたんだと思います。

 平気で遅刻したり、お店からのメールを無視したり、アフター(閉店後にお客様と食事にいくこと)をダブルブッキングしたり。そりゃあ叱られて当然です。

着付けとヘアメイクは銀座の美容室で。着物はすべて自前で、季節に合わせて100着ほど持っているそう。どれだけ疲れていても身だしなみは常に完璧にしておくのが夜の世界の鉄則


着付けとヘアメイクは銀座の美容室で。着物はすべて自前で、季節に合わせて100着ほど持っているそう。どれだけ疲れていても身だしなみは常に完璧にしておくのが夜の世界の鉄則


 入店後しばらくは下積み期間ですから、いくら接客をしても売上金はもらえません(固定給のみ)。銀座のクラブには「永久担当制」という暗黙のルールがあって、一度接客したお客様は、ずっとひとりの女性が担当します。つまり、その店に通う限り、別の女性が担当することはできないんです。

 売上金がもらえるのはお客様を担当した女性だけですから、担当のお客様を持てない新人には売上金はナシ。売上金をもらうには自力で担当客を増やすしかありません。

 営業が終わるのが深夜1時ですから、その後、お客さんたちと食事に行ったり、飲みに行ったりして、そのツテを辿って新規のお客さんを探すしかない。じっとしていても何も始まりませんから、とにかく腹をくくって、「やるしかない!」という感じでしたね。

 この仕事が面白いのは、頑張れば頑張るほど結果がついてくるというところ。実際、営業に力を入れ始めてからは指名してくださるお客さんも格段に増えて、入店後1年ほどで指名ナンバーワンにまで上り詰めました。

 その後、何軒かお店を移りましたが、30歳ごろまでは順風満帆。銀座でママをやらないかというお誘いを受けることもちらほらあって、ああ、私はこの世界で生きていくんだ、これしかない、と思うようになっていました。

専業主婦を経験してわかった、「本当にやりたい仕事」

プライベートでは13歳、7歳、3歳の子どもたちのお母さん。朝方帰宅してお弁当を作り、子どもたちを学校へ。洗濯、買い物、夕飯作りを終えて、夕方5時には出勤する。「いつ寝るの?」という問いには「主に移動中かな」と、あっけらかんと答えるパワフルなママ


プライベートでは13歳、7歳、3歳の子どもたちのお母さん。朝方帰宅してお弁当を作り、子どもたちを学校へ。洗濯、買い物、夕飯作りを終えて、夕方5時には出勤する。「いつ寝るの?」という問いには「主に移動中かな」と、あっけらかんと答えるパワフルなママ


 転機というか、ものすごい“氷河期”が訪れたのが30歳過ぎの頃。

 好景気をいいことにお店を移りすぎたこともあり、だんだんお客さんが離れていってしまったんです。それに伴って売り上げも浮き沈みしますから、それが精神的にじわじわとこたえてきたんですね。

 「私、この先ずっとその日暮らしみたいな生活をしていくのかな?」。そんな不安もあって、30歳で結婚。子どもができたタイミングで仕事も辞めて、専業主婦になりました。

 が、専業主婦の生活がまったく性に合わなくて(笑)。だってそれまでは自分の欲しいものを自由に買えていましたし、生活費の計算なんてしたこともないわけですから。

お店の備品は上品なしつらえ。細かいところまで気を配るのもママの大切な仕事


お店の備品は上品なしつらえ。細かいところまで気を配るのもママの大切な仕事


 毎月すずめの涙ほどの生活費を渡されてやりくりするという生活が無性に窮屈で退屈に思えてしまって。そのときはじめて、心底「銀座に戻りたい」、「自分が好きな仕事はクラブなんだ」と思ったんです。

 その後離婚し、3人の子どものシングルマザーに。35歳で夜の銀座に戻ってきました。

 もちろんうれしかったのですが、5年も離れているとやっぱり不安のほうが大きかったですね。馴染みのお客さんに連絡しても「今さら、何?」と冷たく言われたりして。

 それでもまた売上金ナシの下積みからやり直して、それはもうがむしゃらに働きました。そうしていると「たまには行くか」なんて言って、徐々に昔のお客さんが戻ってきてくれて。少しずつ昔のペースを取り戻していきました。

お客さんへのメールには「また来てね」とは書かないのがママの流儀。子どもと一緒に行った旅行の話や近況報告など、ざっくばらんな話が大半。「友達に会う感覚で、気軽に来ていただける店が理想なので」


お客さんへのメールには「また来てね」とは書かないのがママの流儀。子どもと一緒に行った旅行の話や近況報告など、ざっくばらんな話が大半。「友達に会う感覚で、気軽に来ていただける店が理想なので」


 ゼロからの再スタートですから、しんどいことも多かったのですが、乗り越えられたのは「自分のお店を持ちたい」「絶対ママになる!」という夢があったから。

 30歳の頃は結婚を選んでしまったけれど、今度は自分の夢を選ぶんだ。そんな気持ちで、パートナーと一緒に今の店をオープンしました。

 開店当初はアットホームな店にしたいとか、いろいろ理想があったのですが、少しずつ心境が変わってきて、今は「ここで働いている子たちを育ててあげないと」と強く思うようになりました。

 何もできなくて叱られてばかりだった私を教育して、育ててくれたママのことを、経営者になってからはとくによく思い出すんですよね。

 もともと人の世話をするより世話になるほうが得意だった私ですが、そんなふうに思えるようになったのは、「ママのために働くよ」「頑張るよ」と集まってきてくれた従業員たちのおかげだと思っています。

 20代の頃にお世話になったママもそうですが、今度は私が支えてくれた人たちに恩返しする番なんです。

◎仕事の必需品<br>「冷暖房のきいたお店にいると乾燥がすごいので、目薬とリップは必携。お酒を飲むのも大切な仕事ですから、胃薬も(笑)。華やかな世界に見えるかもしれませんが、体が資本です!」


◎仕事の必需品
「冷暖房のきいたお店にいると乾燥がすごいので、目薬とリップは必携。お酒を飲むのも大切な仕事ですから、胃薬も(笑)。華やかな世界に見えるかもしれませんが、体が資本です!」


 もうひとつ理想というか個人的な課題は、水商売に対する世間の偏見や、働いている子たちの後ろめたさみたいなものを解いていきたいということ。なんだかんだ言っても世間体がいい仕事ではないですからね、まだ。

 私は子どもたちの学校や同級生のママ友にも自分の仕事を隠していませんが、若い従業員の中には、昼の仕事と掛け持ちしている子も多い。やっぱり世間体が気になるんです。すごくわかりますけどね。

 でもね、この仕事はどれだけお店が素敵でも、人に魅力がないとすぐ潰れちゃうんです。誰かを楽しませる会話力や接客術、人柄も含めて「人」が主役。

 だからこの世界で成功する人は、どこの世界でも必ず成功できる。胸を張っていい仕事なんです。そんなふうに従業員にも世間の人にも思ってもらえたら、夜の世界で働く子たちも自分の仕事に誇りを持っていけるんじゃないかなと思っているんです。

PROFILE

  • 小林百合子

    編集者
    1980年兵庫県生まれ。出版社勤務を経て独立。山岳や自然、動物、旅などにまつわる雑誌、書籍の編集を多く手がける。女性クリエイター8人から成る山登りと本づくりユニット〈ホシガラス山岳会〉発起人。著書に『最高の山ごはん』(パイ・インターナショナル)、『いきもの人生相談室』(山と溪谷社)、野川かさねとの共著に『山と山小屋』(平凡社)など。

  • 野川かさね(写真)

    写真家
    1977年神奈川県生まれ。山や自然の写真を中心に作品を発表する。クリエイティブユニット〈kvina〉、自然・アウトドアをテーマにした出版・イベントユニット〈noyama〉の一員としても活動する。作品集に『Above Below』(Gottlund Verlag)『with THE MOUNTAIN』(wood/water records)、著書に『山と写真』(実業之日本社)など。

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