このパンがすごい!

ハードトーストが絶品、風味を引き出すシェフの技/ブーランジュリオノ

トーストしたハードトースト


トーストしたハードトースト


■ブーランジュリオノ(兵庫県)

 神戸出身の作家・村上春樹は『ダンス・ダンス・ダンス』でこう書いている。
「紀ノ国屋のバター・フレンチがスモーク・サーモンのサンドイッチにはよくあうんだ。うまくいくと神戸のデリカテッセン・サンドイッチ・スタンドのスモーク・サーモン・サンドイッチに近い味になる。」
 主人公が再現したかった神戸のトアロードデリカテッセンのサーモンサンドイッチ。ここで使われている食パンがハードトーストである。他の町で見かけることは少ないが、神戸の朝には欠くことのできないもの。
 砂糖を入れない。油は入れないか、ラードのようなシンプルなものを使う。だから、麦の風味が活(い)きている。村上春樹は東京の甘い食パンに倦(う)み、紀ノ国屋スーパーまでバター・フレンチ(ハードトーストに似ている)を買いに行っていたのかもしれない。

ハードトースト


ハードトースト

 今年の3月、神戸に誕生したばかりのブーランジュリオノ。ここのハードトーストが絶品である。細かな気泡がたくさんある普通の食パンに比べ、気泡は大きく縦に伸びている。ハードトーストは、やっぱりトーストで食べたい。加糖してない生地に特有の激しい香ばしさ。上耳(耳の中でも上部)を齧(かじ)るとき高く鳴る、ばりばりサウンドがたまらない。一方、中身の白い部分は潤っていて口溶けよく、さわやかな草っぽい香りがにじんでくる。国産小麦の香りかと思ったら、意外や意外、緑茶から起こした種の香りだという。
「(食パンを作るのに伝統的に使われてきた)ホップ種と同じ殺菌効果のある緑茶を使って日本っぽいものができないかと思って」とオーナーシェフの小野寛さん。
 ブーランジュリオノは食事用のシンプルなパンを中心に作る。神戸で店を構える以上、ハードトーストは必須アイテムだが、小野さんのイメージを実現するのがむずかしく、完成はオープン後にずれこんだ。
「なかなかうまくいかなくて。ミキシングがいちばんポイントですね。グルテンのつなげ方、水の入れ方。ほとんどこねないで、まだぼそぼその状態でミキシングを終え、何度もたたんで、生地を作っていきます。たたむときに水を手につけることで、じょじょに水を吸わせる。うまくできたときは、すごく縦に伸びて、きらきらします」
 量が少ないときは手ごねで行うというほどやさしくこね、麦の風味を引き出す。かつて小野さんが勤めていた、神戸フロインドリーブのハードトースト(「トースト[ハードタイプ]」が正式名称)も手ごねで作られるという。大正時代、この日本で最初のドイツパン店を創業したハインリヒ・フロインドリーブがドイツから伝えた技が、小野さんにインスピレーションを与えたのだ。
 ハードトーストが、北米産小麦の伸びのよさ、香ばしさを活かしているのに対し、もう一種の食パン「ROKKO」は「幻の小麦」といわれるハルユタカを使用。小麦の特徴とそれを活かす技があいまっている。やわらかなふにっと感。ぷりぷりぷりっと気泡の境目が裂けていく感覚。豊かなミルクの香りがして、その裂け目から滲(にじ)みだしてくる森の香りのようなすがすがしさは、ハルユタカならでは。

クロワッサン


クロワッサン

 クロワッサンには全粒粉を使い、濃いめの麦の香りとバターがやさしいマリアージュを繰り広げる。この店では、全粒粉をお湯でこねてつぶつぶを食べやすくしている。クロワッサン生地を使ったパンでは、シナモンロールがおすすめ。シナモンとレーズン種の風味とが響きあい、隠れた共犯関係にある。バターととろけあってますます妖しく狂おしい。
 小さな型で焼いた、はちみつレモンのブリオッシュ。かきもちみたいに、ねっとり舌に吸いつく。バターと卵、そしてはちみつがあわさってむんむん濃厚な生地の中から、どこからともなくレモンのさわやかな芳香が襲来し、口の中ではちみつレモンが成立する。
 どのパンを食べても思う。小野さんは、小麦をやわらかく生地にし、風味を引き出す術を知っている作り手だ。

外観


外観


小野寛シェフ


小野寛シェフ

■ブーランジュリオノ
兵庫県神戸市灘区篠原中町6-1-15
078-882-0055
8:00~18:00
月曜・火曜休み

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PROFILE

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)

http://panlabo.jugem.jp/

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