東京ではたらく

青山「ピエール・エルメ」のパティシエール:狭間絵里さん(26歳)

エルメさしかえ1

職業:パティシエール
勤務地:ピエール・エルメ・パリ 青山
勤続:1年2カ月(パティシエール歴は6年)
勤務時間:6時~17時
休日:週休2日(シフト制)
この仕事の面白いところ:ひとつのケーキでも、試行錯誤しながら一番おいしい作り方を模索できること。最高のものが作れたときの喜び。
この仕事の大変なところ:大変なことは思いつきませんが、いつも肝に銘じているのは、お客様の期待を常に裏切らないということです。
    ◇
 この8月から<ピエール・エルメ・パリ>の2Fにあるカフェ<Heaven(ヘブン)>でデザート作りと接客を担当しています。

 <ピエール・エルメ>に入社したのは昨年6月。これまでは各店舗で販売するケーキなどを作る部門に所属していて、パティシエールとして毎日製菓に励んでいましたが、8月からはカフェに異動して、お客様に直接提供するデザート作りを担当することになりました。

 「お菓子を作る」という点ではどちらの仕事も同じですが、大きな違いはお店に立って、お客様の前でデザートの盛り付けをしたり、テーブルまでお持ちしたりするという点。

 デザートによってはお客様の前でソースをかけたり、最後の仕上げを行うことがあるので、厨房(ちゅうぼう)でのケーキ作りとはまた違った緊張感がありますし、接客の作法など、製菓以外の部分でも勉強することが山積みです。

エルメさしかえ2


青山通り沿いにある店舗の2階<Heaven>は、オートパティスリー(高級菓子)が楽しめるカフェ空間。パティシエがデザートの仕上げを行う様子を見られるのが目玉ということで、異動してすぐの狭間さんはちょっと緊張気味

 パティシエールに憧れたきっかけは、小さな頃から一緒に暮らしていた祖母でした。お菓子作りが好きな人で、とくに抹茶のムースは絶品。いつか祖母にケーキを作って食べさせたいという気持ちで、小学生からケーキ作りを始めました。

 ケーキ作りと同じくらいスポーツも大好きで、中学と高校はテニスひと筋。高校では部長を務め、インターハイにも出場しました。進路を決めるにあたって、テニスと製菓、どちらの道に進むか真剣に悩んだほどです。

 製菓の道に進む決心をしたのは高3の夏。大阪の製菓専門学校の見学に行ったとき、フランス校に留学した先輩のビデオを見せていただいたんです。フランス人のシェフに怒鳴られながらも、朝から晩までお菓子に向き合う日々。その姿に胸を打たれました。

 製菓学校に通って1年。選抜試験を突破して念願のフランス留学が決まったのが19歳の頃。

 学校では1年間フランス語を学んでいましたが、現地での授業はすべてフランス語。最初は半分くらいしか理解できなくて、毎晩、授業を録画したビデオを何度も見て翻訳、復習する日々でした。

<Heaven>のメニューは3カ月ごとに変わるシーズナル。季節のフルーツを使ったクープ(アイス)は定番の人気商品。ソルベやチュイールなども、店舗内の厨房(ちゅうぼう)でパティシエが手作りしている


<Heaven>のメニューは3カ月ごとに変わるシーズナル。季節のフルーツを使ったクープ・グラッセ(アイス)は定番の人気商品。ソルベやチュイールなども、店舗内の厨房(ちゅうぼう)でパティシエが手作りしている

 それでもフランスには見たことのないお菓子があふれていて、つらさよりも好奇心のほうが勝っていましたね。

 金曜日に学校が終わると、友人と一緒に電車でパリまで出て、週末は食べ歩き。見るもの、食べるものすべてが新鮮で、充実していました。

 初めて「日本に帰りたい……」と心底思ったのは、渡仏して半年後のこと。学校の授業がひととおり終わると、ひとりきりで地方のお店へ研修に出るのですが、私の研修先というのが、とても厳しいシェフがいるパティスリーで……。

 シェフとの会話はすべてフランス語なのですが、少しでも聞き取れないことがあると怒鳴られるという毎日。仕事中はなんとかこらえていたのですが、夜、店の2階にある自分の部屋に戻ると涙が止まらなくて、子供みたいに大声で泣いていました。

 そんなとき心の支えになったのが、かつて同じ部屋に住んでいた先輩研修生たちの「連絡ノート」。きっとみなさん同じように毎日叱られながら働いていたんでしょうね。「シェフに怒られたときはこうしたらいいよ」とか、アドバイスが書き残されていたんです。

パティスリーで販売するクロワッサンを焼くのも狭間さんたちの仕事。<ピエール・エルメ>の代表作でもある「イスパハン」(マカロンにライチとフランボワーズ、バラ風味のフリームをサンドしたケーキ)にちなんだクロワッサンにはフランボワーズのコンポートとライチが入っている


パティスリーで販売するクロワッサンを焼くのも狭間さんたちの仕事。ピエール・エルメの代表作でもある「イスパハン」(マカロンにライチとフランボワーズ、バラ風味のクリームをサンドしたケーキ)にちなんだクロワッサンにはフランボワーズのコンポートとライチが入っている

 みんなこれを乗り越えてきたんだなと知ったら、「せっかくフランスに来たんだから、無駄な時間を過ごしている場合じゃない。頑張るしかない!」と思えるようになりました。

 フランス修行で学んだことですか? たくさんありすぎて挙げたらきりがないのですが、やっぱり一番は精神的に強くなれたことでしょうか(笑)。

 フランスではたとえ大人でも、泣くと「子供」とみなされて仕事を与えてもらえないんです。

 だからつらくても、とにかく元気をもってやること。日本でも製菓は厳しい世界ですが(入店して3日で退職なんていう話も……)、フランスでの経験があったからこそ、今こうして仕事を続けていられるんだなと思っています。

お菓子を作っていないと、病気になってしまう!

カウンターの中で生クリームを絞ってデザートの仕上げ。最近は外国人のお客さんも増えつつあるとのことで、英語の勉強にも力を入れているそう


カウンターの中で生クリームを絞ってデザートの仕上げ。最近は外国人のお客さんも増えつつあるとのことで、英語の勉強にも力を入れているそう

 フランスから帰国した後は、大阪のパティスリーやケーキ工房で働きました。1年ほど経った頃、以前から大好きだった東京のパティスリーに空きが出たのをきっかけに上京しました。

 「世界で一番おいしい!」と思えるケーキを作っているお店だったので、そこに骨をうずめる覚悟で働いていたのですが、4年ほど経った頃、大好きな祖母が亡くなってしまって。

 4年間、朝から晩まで休みなく働いていたこともあってか、体力的にも精神的にもつらくなってしまったんでしょうね。大阪の母の元に戻って、しばらく休養することにしたんです。

 でも自分でもあきれてしまうのですが、実家に戻って2週間くらい経つと、お菓子が作りたくて作りたくてどうしようもなくなってしまって。すぐに大阪のホテルに就職しました。お菓子を作っていないと、それこそ病気になってしまうぞ、と(笑)。

1階のパティスリーに並ぶケーキは、定番を除いて1カ月ごとにラインアップが変わる。右のバラ色のケーキがピエール・エルメの代名詞である「イスパハン」。以前の部署ではこれらのケーキ作りを担当していた


1階のパティスリーに並ぶケーキは、定番を除いて1カ月ごとにラインアップが変わる。右のバラ色のケーキがピエール・エルメの代名詞である「イスパハン」。以前の部署ではこれらのケーキ作りを担当していた

 転機となったのは、働いていたホテルが期間限定で<ピエール・エルメ・パリ>とコラボレーションをしたことでした。

 そのときホテルの厨房に派遣されてきたピエール・エルメ側のシェフが、偶然にもフランス留学時代の友人で。それで「うちに来ない?」と誘ってくれたんです。

 ピエール・エルメはマカロンをはじめ、さまざまなケーキを世に生み出してきたお菓子界の先駆者であり、パティシエの憧れです。それはもう即決で、昨年の6月に東京に戻ってきました。

 今の職場に移って痛感しているのは、自分はとにかく「まだまだなんだ」ということ。一流のお店ですから、同僚には高い技術を持ったパティシエがそろっていますし、みんな引き出しがとても豊富なんです。

ユニホームのバックにはかわいらしい天使が。「パティシエはみんな天使」というピエール・エルメの言葉に由来するそう。店名の<Heaven>もそこからきている


ユニホームのバックにはかわいらしい天使が。「パティシエはみんな天使」というピエール・エルメの言葉に由来するそう。店名の<Heaven>もそこからきている

 たとえばシェフから「桃を使ったスフレが作れないかな?」とリクエストされたとき、私はまだスフレの作り方からじっくり調べたり、考えないとダメなんです。

 でも本当は、瞬時に「こういうスフレにどこ産の桃をのせて…」と提案できるのがプロ。どんなリクエストにも対応できて、かつ自分らしいケーキを作れるようになるのが目標です。

 最近はお店に出す商品を作ることに加えて、パーティー用のケーキを作ったり、雑誌撮影用のお菓子を用意したりする機会も増えました。

 それは<ピエール・エルメ・パリ>にいるからこそできる経験で、東京に戻ってよかったなと思うことのひとつです。そうしたひとつひとつが自分の引き出しを増やすことにつながると思うので。

 製菓専門の部門からカフェのデザート担当への異動はたっての希望です。将来、自分のお店を持つとなったら接客も欠かせませんし、何よりここでデザートを提供していると、お客様の喜ぶ顔が直接見られて、すごくうれしいんです。

◎仕事の必需品<br>休日は都内にとどまらず、千葉など関東近郊のケーキ屋さんめぐりへ。スマートフォンのアルバムはケーキでいっぱい


◎仕事の必需品
休日は都内にとどまらず、千葉など関東近郊のケーキ屋さんめぐりへ。スマートフォンのアルバムはケーキでいっぱい

 パティシエになってすぐの頃は、見た目も味も完璧で「100%のお菓子」を作らないとダメだと思っていたんです。

 でも最近は、お菓子単体が完璧というより、食べる人が喜んでくれたり、楽しんでもらえるお菓子を作りたいと思えるようになってきました。

 素朴でシンプルなショートケーキだって、食べる人が幸せになれるなら、それはそれで素晴らしい。お菓子は食べる人がいてこそ成り立つものなんだと思ったら、よりお菓子作りが楽しくなってきたような気がします。

 将来の夢はまだはっきりとは持っていませんが、もっと力をつけて、これまでお世話になった国内外の先輩方のお店を手伝ったり、恩返ししたいですね。

 今までは、自分では手伝っているつもりでも、まったく力になれていなかったので(笑)。その先に、いつか自分のお店が持てることがあれば、そんなに幸せなことはありませんね。

■ピエール・エルメ・パリ 青山

PROFILE

  • 小林百合子

    編集者
    1980年兵庫県生まれ。出版社勤務を経て独立。山岳や自然、動物、旅などにまつわる雑誌、書籍の編集を多く手がける。女性クリエイター8人から成る山登りと本づくりユニット〈ホシガラス山岳会〉発起人。著書に『最高の山ごはん』(パイ・インターナショナル)、『いきもの人生相談室』(山と溪谷社)、野川かさねとの共著に『山と山小屋』(平凡社)など。

  • 野川かさね(写真)

    写真家
    1977年神奈川県生まれ。山や自然の写真を中心に作品を発表する。クリエイティブユニット〈kvina〉、自然・アウトドアをテーマにした出版・イベントユニット〈noyama〉の一員としても活動する。作品集に『Above Below』(Gottlund Verlag)『with THE MOUNTAIN』(wood/water records)、著書に『山と写真』(実業之日本社)など。
    http://kasanenogawa.net/

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