鎌倉から、ものがたり。

路地の奥、完全予約制のオーガニックランチ 木と季

 江ノ電「長谷」駅から、長谷の大仏さまで有名な高徳院までは、いつも観光客で大変なにぎわいだ。しかし、その喧噪(けんそう)も脇の路地を入った途端に、すっと遠のいていく。路地の突き当たり、古びた石段の向こうに、お店がたたずんでいるとは、誰も思わないだろう。
 永尾弘子さん(51)が、自宅の一画でオーガニック料理店の「木と季(きととき)」をはじめたのは4年前のこと。
「まちの奥まったところで、『いつ、オープンしたんだろう?』といわれるくらいが、ちょうどいい。そう考えて、気負わず、あせらずやっています」
 永尾さんの言葉通り、営業はお昼のみの完全予約制で、その日のお客さんは取らない。そんな制約がありながらも、動物性素材を使わず、自然栽培、無農薬、無肥料、無添加の材料にこだわった、ていねいな料理が評判を呼んでいる。
 ランチは13皿のおかずが乗ったお盆と、ご飯におみそ汁が定型だ。ただし、メニューは素材の旬に合わせて、毎回変えていく。夏は「モロヘイヤのシソの実しょうゆがけ」「ミョウガとゴーヤの3晩浅漬け」「トマトとキュウリ・オリーブオイルとホーリーバジルのドレッシング・デュカがけ」などが、おいしそうに並ぶ。
 1品1品はさりげないが、野菜は鎌倉山に借りている畑で、在来種のタネから育てたものが中心。味を支えるオリーブオイルやしょうゆなど調味料、スパイス類も、すべてつくり手の顔が分かるオーガニックなものを選び、ごまかしは一切ない。
 さらに、お盆に並ぶ小皿も、永尾さん作の陶器である。
「つくること、いじること、工夫することが好きで、お店ののれんも、お座布団も自分でつくりました」
 それだけなら女性の手にふさわしいとも思えるが、「垣根も、ウッドデッキも、洗面台も、みーんな自作。ストーブの薪も私が割っています」と、こともなげに出てくる言葉には、”男っぷり”があふれる。細やかさと大胆さが同居するところが、永尾さんならではの創意の源だ。
 オーガニック料理に目覚めたのは、娘の瑛里菜さんの子育て中に、「食生活に気を配りたい」と思った一心からだった。
「それまでは、ネットやテレビに、ちょこちょこっと出ていた情報をうのみにしている部分があったのですが、きちんと調べてみると、ただの思い込みも多くて。そうなると、とことん追求したくなる性質で、オーガニック・カフェに勤めたり、マクロビオティックの学校に通ったりと、どんどんのめりこんでいきました。最終的に、タネと土がいかに大切か、というところに理解が及び、だからこそ、自分で選んだもの、自分で育てたものを、自分で調理して、お客さまにお出ししたい、という形に行き着いたのだと思います」
 当初は生まれ育った千葉県松戸市で、お店を持つことを考えていた。
「鎌倉なんて、敷居が高そうで、イメージもよすぎて、とてもとても……」
 ところがあるとき、大仏さまを見に鎌倉に来て、この路地を発見。ひと目ぼれの勢いで、「ここに家とお店を建てる」と、夫の学さんに宣言した。「こんなところに、どうやって?」と驚く夫を、「お隣は建っている」と、永尾さん流の理屈で説得し、翌日に契約。家づくりについても、「オーガニック・カフェなのだから、国内産の木を使い、在来工法でいく」と、ポリシーを貫いた。
「在来工法というと、『高くつく』という思い込みが私にもありました。でも、実際に在来工法で家を建てたら、クレーンを使わない分、プレハブ工法よりも安くついたのです。オーガニック料理も同じで、『高そう』『面倒そう』というイメージが世の中にはあると思います。でも、自然で身近なことが、本来はいちばん合理的でもあるはず。そこには、楽しく、おいしく、安全で、健康にいい、といろいろな恩恵があります」
 オーガニックの先進地である鎌倉エリアは、発信・受信双方のネットワークが充実して、情報や食材に事欠かない。
「自然栽培のニンジンが、あと2本ほしい、というときに、仲間から即座にわけてもらえるのが、鎌倉のすごいところです」(笑)
 恵まれた環境の中、永尾さんは料理を通じて、「凝りすぎず、シンプルに」という日々の価値観を、店に来る人たちと分かち合う。そこから、新たな暮らしの場となった鎌倉への思いが育っている。

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PROFILE

  • 清野由美

    ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。在学中、英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

  • 猪俣博史(写真)

    1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

三崎マグロと三浦の野菜を結ぶ、鎌倉ローカル サスケストア(後編)

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江ノ電長谷駅そば、北欧の「自然」 Cafe Luonto(カフェルオント)

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