東京ではたらく

世田谷区の美容師:川原美樹さん(42歳)

  

職業:美容師
勤務地:世田谷区の美容室
勤続:20年
勤務時間:10時~20時
休日:週休2日
この仕事の面白いところ:お客様の人生の節目に立ち会えること。生活に寄り添っていけるところ。
この仕事の大変なところ:指名の予約に穴をあけることになるので、健康面は常に気をつけています(風邪をひくのは定休日のみ!)
    ◇
 今のお店に勤めて、かれこれ20年になります。

 美容師に憧れを持ったのは小学生の頃です。地元の新潟で親類が美容室を経営しているのですが、母が髪の毛を切ってもらっている間、隅から隅までヘアカタログを見ているような子供でした。

 ものすごくくせっ毛で、物心ついた頃からそれが最大のコンプレックス。中学に上がると美容室に行かせてもらえるようになったのですが、何をどうしても理想通りの髪型になった試しがなくて……。

 クラスメイトや周囲の人は気にもしていなかったと思うんですけど、とにかくみんなに天然パーマがバレないようにと、毎朝シャンプーを欠かさず、念入りにブロー。

 それでもどうしても気になる部分は自分でちょこちょこ切ってみたり。そんなことをしているうちに自然と美容師になりたいと思うようになりました。

愛用のカットばさみは金物や刃物の老舗が集う新潟県・燕三条市で作られたもの。定期的に職人に送り、研いでもらっている


愛用のカットばさみは金物や刃物の老舗が集う新潟県・燕三条市で作られたもの。定期的に職人に送り、研いでもらっている

 高校に上がる頃には、進路はもう美容学校しか考えていなくて。迷いなく東京の専門学校に進学。親は反対しませんでしたが、学費や生活費は払えないということで、併設の美容室で働きながら奨学金の返済ができるという学校を選びました。

 昼、授業が終わるとすぐ店に入ってアシスタント業。シャンプーをすればお客さんの背中はびしょびしょ。パーマの補助に入れば、これまたお客さんの顔面にパーマ液を垂らしちゃうわで失敗続き。先輩にギッとにらまれたりして、怖かったですねえ。

 しかもお給料から奨学金が天引きされていたので、働いているといっても手元に残るのはほんのわずかな金額だけ。

 それでもなんだかんだ楽しくやれていたのは、「シャンプー気持ちよかったよ」、「マッサージ上手だね」なんて声をかけてくれるお客さんがいたから。単純な性格なんです、私(笑)。

 卒業後も2年間は同じ美容室で働いて奨学金を完済。その後は、当時東京で一世を風靡(ふうび)していた有名店に運良く就職することができました。

お客さんの髪質や過去のカットの内容について書き込んであるカルテを書くのも美容師の大切な仕事。カットが終わりお客さんを見送ると、すぐにペンを走らせる


お客さんの髪質や過去のカットの内容について書き込んであるカルテを書くのも美容師の大切な仕事。カットが終わりお客さんを見送ると、すぐにペンを走らせる

 そこは誰でも名前を知っていて、トップスタイリストがばんばん雑誌に登場するような大きな美容室。もちろん憧れを持って入店したのですが、1年ほど働いた頃には「自分には合っていないかも…」と思うようになっていました。

 お店には毎シーズン「おすすめの髪形」みたいなものがあって、スタッフはそれに沿ってスタイリングするのが暗黙のルール。

 美容師それぞれの感性を発揮するという雰囲気ではなくて、それが窮屈に思えてしまったのかもしれません。

 退職後はいったん美容の世界から離れ、飲食店でアルバイトしながらフリーター生活を送ることに。上京して4年間、ほとんど休みなく働いていたせいか、「私だって土日に遊びたい!」という欲求がピークに達していたみたいで(笑)。

 ここぞとばかりに友達と旅行にいったり、夜遊びしたり。世の中の23歳はこんなに楽しい生活をしてるのか!という感じで、気付いたら1年も経っちゃってました。

パーマ用のロットは使用後に洗って太さごとに収納。新人さんの仕事かと思いきや、ベテランの川原さんも手が空いていればせっせと片付け。「いい美容室はスタッフのチームワークがいいんです。それがそのままお店の雰囲気として伝わるんです」


パーマ用のロットは使用後に洗って太さごとに収納。新人さんの仕事かと思いきや、ベテランの川原さんも手が空いていればせっせと片付け。「いい美容室はスタッフのチームワークがいいんです。それがそのままお店の雰囲気として伝わるんです」

 もう一度美容の世界に戻ろうと思ったのは、「自分はまだ美容師になっていない!」という思いがあったから。

 じつを言うとこのとき私、まだ自分でカットをした経験がなかったんです。美容師の見習い期間はとても長くて、学校を卒業してから5年ほどはハサミを持たせてもらえません。

 ただの一度もハサミを持たずに諦めてしまうのはやっぱり嫌だし、やってみないことには自分が美容師に向いているかどうかもわからない。そんな気持ちで、居心地のいいフリーター生活に終止符を打ったわけです。

一瞬の「かわいい」より、ずっと続く「自分らしい」髪型のほうがいい

  

 再起をはかるお店に選んだのが、今働いている小さな美容室でした。各駅停車しか止まらない私鉄駅にあって、お客さんの多くは地元の方です。

 以前勤めていた都心の有名店とは規模も雰囲気も正反対ですが、私にはそのアットホームさがよかったんです。

 もちろんまたアシスタントからのスタートでしたが、仕事の合間にカットモデルを探して、まずは練習として100人をカット。しばらくすると指名してくれるお客さんも増えてきて、少しずつですが、「やっと美容師になれた」という実感と喜びを持てるようになりました。

 担当を持つようになって初めてわかったのは、「人の髪の毛を切る」という責任の重さ。当たり前ですが切ってしまったものは元に戻せませんから、最初のうちはリクエストよりちょっと長めに切ったり、もうビクビクです。

カフェのような愛らしい佇まいのお店はオーナーの旦那さんが手がけたもの。印象的な瓦屋根や庭もオーナーみずからDIYした。外の壁にはさりげなく犬や猫のイラストが


カフェのような愛らしい佇まいのお店はオーナーの旦那さんが手がけたもの。印象的な瓦屋根や庭もオーナーみずからDIYした。外の壁にはさりげなく犬や猫のイラストが

 「こんな風にしてほしい」というリクエストに対しても、今ならお客さまそれぞれの髪質を見て、「まったく同じにはならないけど、こんな感じなら…」と柔軟に説明できるのですが、当時はそんな知識も経験もありませんから、とにかく言われるがまま。

 結局微妙な仕上がりになって、申し訳ないやら、落ち込むやらで。お客様ひとりひとりの髪質や生活スタイルに合わせて提案ができるようになったのは30歳を過ぎた頃でしょうか。美容師の仕事が本当の意味で楽しいと思えるようになったのはその頃からです。

 20年美容師をやってきて思うのは、一瞬の「かわいい」より、ずっと続く「自分らしい」ヘアスタイルを提案していきたいということです。美容室でどれだけすてきに仕上げてもらっても、家に帰って翌朝起きたとき、「あれ、自分じゃあんな風にできない……」っていうこと、ありませんか?

 それだと意味がないし、なんだかガッカリしちゃいますよね。思春期の頃、私自身がそうだったので、その気持ち、すごくよくわかるんです(笑)。

愛猫家の川原さん。猫好きの常連さんが来店する日には、猫のブローチやバッジを胸につけて出勤する。カットの最中も話題は猫、猫、猫!


愛猫家の川原さん。猫好きの常連さんが来店する日には、猫のブローチやバッジを胸につけて出勤する。カットの最中も話題は猫、猫、猫!

 だからお客様とヘアスタイルを相談するときは、髪質やクセの特徴はもちろん、ふだんの生活スタイルについてもしっかりお話するよう心がけています。

 たとえば毎朝のブローが苦にならない人と、「そんな時間は取れない!」という人とでは、おすすめする髪型はまったく違ってきます。

 髪にそこまで時間と手間をかけられないなら、毎朝楽に整えられるスタイルにすればいい。大切なのは、いかにその人の暮らしに寄り添えるスタイルを探せるかだと思うんです。

 常連さんになると「なんとか楽な髪形にして!」なんていうリクエストもありますが、大歓迎です。「おかげで毎朝助かっています」と言ってもらえるのは、「きれいにしてくれてありがとう」と言ってもらえるのと同じくらい、私にとってはうれしい言葉なんです。

 こんな風にお客様の生活に深く入り込んでスタイルを提案できるのは、同じ店でずっと働いてきたからこそ。長い人になると、20歳で初来店して、大学の卒業式、結婚式とやらせてもらって。さらにその後お子さんが生まれて、一緒にお店に来てくれる方もいます。

◎仕事の必需品<br>予約が立て込むと昼食を食べそびれることもしばしば。いつでもつまめるおやつやエナジーバーはいつもバッグに。美容師の宿命である手荒れ対策には、ノルウェーの無添加ワセリンが欠かせない


◎仕事の必需品
予約が立て込むと昼食を食べそびれることもしばしば。いつでもつまめるおやつやエナジーバーはいつもバッグに。美容師の宿命である手荒れ対策には、ノルウェーの無添加ワセリンが欠かせない

 美容師と聞くと、野心を持って上へ上へと上り詰めていくイメージがあるかもしれませんが、自分は全然そんな感じじゃなくて、まあ地味ですよね。20年も同じ店にいると、ほとんどもう商店街のおばちゃんみたいな感じですし(笑)。

 でも、そういう美容師がいたっていいと思うんです。髪のことで気になることがあれば、いつでも立ち寄って、気軽に相談できる人。

 小さい頃、くせ毛がイヤでイヤで困り果てていた自分に、「こんなスタイルにしたらいいんだよ、楽になるよ」と言ってあげられるような美容師に、結局自分はなりたいのかもしれません。

 この先やってみたいなと思っているのは、高齢の方や体の不自由な方のお宅に伺ってカットやスタイリングをする訪問理容。

 とくに東京では単身の高齢者も多いと聞きます。美容師として人の役に立てることはなんだろう。その姿勢は、この先もずっと忘れたくないなと思っています。

■Salon de mw(サロンドムー)

PROFILE

  • 小林百合子

    編集者
    1980年兵庫県生まれ。出版社勤務を経て独立。山岳や自然、動物、旅などにまつわる雑誌、書籍の編集を多く手がける。女性クリエイター8人から成る山登りと本づくりユニット〈ホシガラス山岳会〉発起人。著書に『最高の山ごはん』(パイ・インターナショナル)、『いきもの人生相談室』(山と溪谷社)、野川かさねとの共著に『山と山小屋』(平凡社)など。

  • 野川かさね(写真)

    写真家
    1977年神奈川県生まれ。山や自然の写真を中心に作品を発表する。クリエイティブユニット〈kvina〉、自然・アウトドアをテーマにした出版・イベントユニット〈noyama〉の一員としても活動する。作品集に『Above Below』(Gottlund Verlag)『with THE MOUNTAIN』(wood/water records)、著書に『山と写真』(実業之日本社)など。
    http://kasanenogawa.net/

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