東京ではたらく

渋谷区「Nidi Gallery」オーナー:清水ありささん(41歳)

  

職業:ギャラリーオーナー
勤務地:渋谷区のNidi Gallery
勤続:9年
勤務時間:12時~20時(展示によってさまざま)
休日:展示によってさまざま
この仕事の面白いところ:作家さんと一緒に展覧会を作り上げること、展覧会が成功したときの喜びは何にも替えられません。
この仕事の大変なところ:アートを広く紹介するということと、それをビジネスとして成立させることのバランスをいかにとるか、それが一番難しい点です。
    ◇
 渋谷駅のそばにあるマンションの一室で、小さなギャラリーを運営しています。

 基本的にはギャラリー主催の企画展を開催しつつ、ときにはギャラリーをお貸しして、ファッションブランドなどの展示会を開くこともあります。

「ギャラリー」と聞くと、ものすごく高額な絵や美術作品が飾ってあって、コレクターの方たちが足を運ぶ場所という印象を持たれる方もいらっしゃるかもしれませんが、私のギャラリーはその真逆のような存在かなと思います。

 普段ギャラリーに行く習慣のない方でもふらっと気軽に入れて、さまざまな価値観や生き方に触れられる場所。等身大で、みなさんの日常に沿えるような空間になればいいなというのが、オープン当初から心に留めていることです。

マンションのエレベーターを降りてすぐ。「オープンしている間、扉は少し開けておきます。初めての方はきっとドキドキしてしまうと思うので」


マンションのエレベーターを降りてすぐ。「オープンしている間、扉は少し開けておきます。初めての方はきっとドキドキしてしまうと思うので」

 自分のギャラリーを持ったのは32歳の頃。それまではアパレル会社に勤務したり、ファッションスタイリストのアシスタントをしたり、いろいろな職種を経験しました。若さゆえの行動といいますか、思春期から20代にかけて抱いていた“憧れの職業”をのきなみやってみたという感じです(笑)。

 出身は大阪の堺市です。文学や映画、美術に造詣(ぞうけい)が深い両親のもと育ったせいか、子供の頃から自然と美術や芸術に興味を持つようになりました。

 芸術に囲まれてのびのびした思春期を送ってもおかしくなかったのですが、進学した高校が進学校で……。毎日参考書でパンパンになったカバンを持って通学する日々でした。

 部活も文化祭も取り組む時間なんてなく、うつうつと過ごした青春時代。そんな生活への反動が「東京の大学へ進学したい」という強い気持ちにつながったのだと思います。

一面真っ白な空間に飾られた絵。「展示のレイアウトは作家さんのご意向を基本的に尊重しますが、お客様の動線や目線が行きやすい場所など、私からアドバイスさせていただくこともあります」


一面真っ白な空間に飾られた絵。「展示のレイアウトは作家さんのご意向を基本的に尊重しますが、お客様の動線や目線が行きやすい場所など、私からアドバイスさせていただくこともあります」

 東京には単館の映画館もたくさんあるだろうし、いろいろな展覧会だって見られる。何より、そうした趣味を分かち合える人がきっといる。そんな希望を抱いて、ひとり上京したのでした。

 東京でひとり暮らしを始めた頃はとにかくうれしくて、エアコンの室外機がやっと置けるくらいの小さなベランダに椅子を出して、クロワッサンとカフェオレを飲んだりしていました(笑)。

 SNSなんてない時代です。地方に暮らす高校生にとって、最先端の情報を得られるのは雑誌くらいですから、当時愛読していた雑誌を見て、憧れの生活をまねしたかったのでしょう。こと自分はそういう“憧れ”の強い女の子だったのだと思います。

 大学時代は「これまで憧れていたことを全部やってみよう!」と思っていた時期。好きだったカフェやアパレルのセレクトショップでアルバイトをしたり、バックパックを背負ってヨーロッパやインド、アフリカを旅したりしました。

作家さんの作品に加え、オリジナルグッズなども販売する。「作品が売れるのがベストですが、関連商品を置くことでよりお客様に興味を持って頂けますし、作家さんの売り上げにもつながるので。ビジネスとして展覧会を成功させるというのも、ギャラリストの大切な仕事です」


作家さんの作品に加え、オリジナルグッズなども販売する。「作品が売れるのがベストですが、関連商品を置くことでよりお客様に興味を持って頂けますし、作家さんの売り上げにもつながるので。ビジネスとして展覧会を成功させるというのも、ギャラリストの大切な仕事です」

 就職は、なかでもその世界観に圧倒された海外のアパレルブランドへ。新卒募集はなかったのですが、まあ直談判といいますか(笑)。頼まれてもいないのに超長文のリポートを書いて送って、猛アピール。怖いもの知らずが幸いしたのか、採用していただきました。

 販売員として勤めた4年間は、接客の作法はもちろん、テキスタイルの歴史やそれを作る技術、ブランドの世界観を作り上げるインスピレーションの得方やそれをどう具体的に展開していくかのテクニックなど、ファッションという枠を超えて、貴重なことをたくさん学ばせていただきました。

 その後、ファッションスタイリストのアシスタントにと声をかけられたことを機に転職。まだ20代半ばということもあってか、「新しい可能性があるほうに飛び込もう!」みたいな気持ちがあったんだと思います。

 大変な世界とは聞いていましたが、やってみたいという思いのほうが先に立って、新しい世界へまさに“飛び込んで”いったのでした。

アートを通して伝えたい、生き方や価値観の自由

「同じ展覧会は二度とないので、一回一回が全力」という清水さん。「作家さんがものすごい時間とパワーをかけて作り上げた作品を間近に見られるのがギャラリーのだいご味です」


「同じ展覧会は二度とないので、一回一回が全力」という清水さん。「作家さんがものすごい時間とパワーをかけて作り上げた作品を間近に見られるのがギャラリーのだいご味です」

 覚悟して飛び込んだファッションスタイリストの世界。が、現実は想像よりはるかに過酷でした。

 日々の仕事は体力勝負。アシスタント時代はお給料もスズメの涙ほどで、やる気はあれど、体と心は徐々に疲弊してしまって。最後は体を壊して、泣きながら実家の大阪に舞い戻ることになりました。

「自分が本当にやりたいことは何なんだろう?」。派遣社員として働きつつ、単調な日々を送る中で、何度も考えました。上京して以来、夢や憧ればかり追ってきた自分と、社会の中で淡々と、でもしっかりと働いている人々。そのギャップを知るにつけ、焦ることもありました。

 行動を起こしたのは28歳。最後の挑戦と言ったら大げさかもしれませんが、それまでいろいろやってきたなかで、いつもどこかにひっかかっていたアートを本格的に勉強するため、ニューヨークの大学院に進学する決意をしました。

展覧会に合わせてDMを用意するのも清水さんの仕事。「オープン当初はSNSなんてなかったので、せっせとDMを送ってお知らせしていました。口コミが広がってたくさんご来場いただけたときは本当にうれしかったですね」


展覧会に合わせてDMを用意するのも清水さんの仕事。「オープン当初はSNSなんてなかったので、せっせとDMを送ってお知らせしていました。口コミが広がってたくさんご来場いただけたときは本当にうれしかったですね」

 2年間、アートの本場に暮らして一番印象に残ったのは、アートが日常のすぐ側にあるということ。マスターピースが所蔵されている大きな美術館も多々ありますが、いっぽうでは、小さなマンションの一室を借りて、女性ひとりで運営しているギャラリーもたくさんあって。

 展示されているのが無名のアーティストだったとしても、それに触れることで「ああ、こんな才能がある人がいるんだ」「こんな生き方もあるんだ」と毎回驚き、励まされました。

 30歳で帰国した頃には、進みたい道は決まっていました。「アートというものを通して、多様な生き方や価値観を肯定していきたい」。ニューヨークで強く感じたこの思いを実現するにはどうしたらいいだろう。その先にあったのが、ギャラリストという選択でした。

 帰国後は2年ほど働きながら準備をして、32歳のときにNidi Galleryをオープン。ニューヨークで出会った小さなギャラリーのように、表現する人、それを受け取る人、両者にとって自由でありたいというコンセプトは、10年経った今も変わっていません。

お客さんがいないときは、ギャラリーの片隅で事務仕事。「オープン中もパソコンをカタカタやっていると、お客さんも緊張してしまうと思うので、来場者がいるときはお邪魔にならない程度にお話しします」と清水さん。絶妙な接客はアパレルブランド時代に培ったもの


お客さんがいないときは、ギャラリーの片隅で事務仕事。「オープン中もパソコンをカタカタやっていると、お客さんも緊張してしまうと思うので、来場者がいるときはお邪魔にならない程度にお話しします」と清水さん。絶妙な接客はアパレルブランド時代に培ったもの

 過去にはぬいぐるみ作家さんの企画展で、彼女のぬいぐるみたちに12組のファッションブランドが服を作って着せるという展示をしたのですが、それもすごくおもしろくて。「それってギャラリーでやっていいの?」なんて言われるかもしれませんが、既存の枠にとらわれる必要はないと思うんです。

 うれしいのは近年、アートを日常の暮らしの中にごく自然に取り入れてくれる方々が増えたこと。

 先日、作品をお買い求めくださったお客さまがいたのですが、小学校に入りたての娘さんが自分の勉強机をはじめて持った記念にとのことで、勉強机のそばに飾る絵を娘さんご自身が選ばれたんです。

 その絵は彼女にとってはじめて自分で選んだ絵で、その小さな絵と共に成長されるのだな、きっと大人になっても忘れられない一枚になるだなとしみじみと思いました。そんな貴重な機会に携わることができるたび、この仕事をしていて良かった!と感じます。

◎仕事の必需品<br>「展覧会が終わると、ペンキで壁を真っ白に塗り直します。作家さんには常にまっさらな状態で展示にのぞんでいただきたいと思って。だからいつもペンキまみれですよ(笑)」


◎仕事の必需品
「展覧会が終わると、ペンキで壁を真っ白に塗り直します。作家さんには常にまっさらな状態で展示にのぞんでいただきたいと思って。だからいつもペンキまみれですよ(笑)」

「さまざまな価値観を持った人がいてこそ社会は成り立つし、豊かである」。これはニューヨークに暮らしてみて感じたことですが、東京もそんな懐の深い街だと思います。

 せっかくそんな街に暮らしているのですから、まだ出会ったことのない多様な生き方や考え方に私自身も触れていきたいし、ギャラリーに足を運んでくださる方にも、そんなすてきな体験をしていただきたい。

 ギャラリストは作家さんのサポート役ではありますが、私が介在することで、作品と人とを結ぶお手伝いができたらいい。そんな気持ちで日々、新しい作品、そしてお客様との出会いを楽しみにしているんです。

■Nidi Gallery

PROFILE

  • 小林百合子

    編集者
    1980年兵庫県生まれ。出版社勤務を経て独立。山岳や自然、動物、旅などにまつわる雑誌、書籍の編集を多く手がける。女性クリエイター8人から成る山登りと本づくりユニット〈ホシガラス山岳会〉発起人。著書に『最高の山ごはん』(パイ・インターナショナル)、『いきもの人生相談室』(山と溪谷社)、野川かさねとの共著に『山と山小屋』(平凡社)など。

  • 野川かさね(写真)

    写真家
    1977年神奈川県生まれ。山や自然の写真を中心に作品を発表する。クリエイティブユニット〈kvina〉、自然・アウトドアをテーマにした出版・イベントユニット〈noyama〉の一員としても活動する。作品集に『Above Below』(Gottlund Verlag)『with THE MOUNTAIN』(wood/water records)、著書に『山と写真』(実業之日本社)など。
    http://kasanenogawa.net/

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