鎌倉から、ものがたり。

旧鎌倉銀行ビルに復活、伝説のバー THE BANK(前編)

 由比ヶ浜大通りから、江ノ電「和田塚」駅方面に斜めに走る小路。ふたつの道がつくる三角州のような場所に、小ぶりで重厚な洋館が残る。1928年に建てられた、旧鎌倉銀行由比ガ浜出張所の建物だ。設計者は不詳ながら、鎌倉の歴史を象徴する建築として、長い歳月を過ごしてきた。
 扉を開けると、高い天井を持つ空間が、一瞬にして時を逆戻りさせる。ただし、そこにあるのは、銀行ではなくバーのカウンター。止まり木では男性がひとり、すでにお気に入りの1杯をはじめている。
 2000年に、この建物を舞台に開業したバー、「THE BANK(ザ・バンク)」は、粋な店が多い鎌倉エリアの中でも、とびきりの大人が集う場所として、通の間に知れ渡った店だった。
 仕掛け人は、「伝説の」という修飾とともに、その仕事ぶりが語り継がれている渡邊かをるさん。1960年代の「VANヂャケット」を皮切りに、日本のデザインシーンを先頭で駆け抜けたアートディレクターだ。
 渡邊さんは、ファッションから陶磁器、工芸品、そしてアート全般にまで、深い造詣(ぞうけい)と、独自の審美眼を持っていた。スタイリッシュで、チャーミングで、人好き。そんな先達から直接の薫陶を受けたひとりが、インテリアデザイナーの片山正通さん(50)だった。
 片山さんは、ユニクロのグローバル旗艦店や「INTERSECT BY LEXUS(インターセクト・バイ・レクサス)」をはじめ、内外のブランドショップを軒並み手がける、当代きってのデザイナーだ。
 2000年は、片山さんが自身のデザイン事務所「Wonderwall(ワンダーウォール)」を、東京で発足させた年でもあった。スタートを切ったばかりの片山さんに、ある日、渡邊さんから声がかかる。聞けば、鎌倉にある銀行だった建物をバーに改装せよ、との仰せである。
 「アイリッシュのパブと、イタリアのバールと、日本のあのころの感じな!」
 そういわれて、最初は「?」になった片山さんだったが、「竣工(しゅんこう)当時から銀行でなくバーだったら?」という糸口を見つけ、デザインが進んだという。
 自分が生まれる、はるか以前にできた建物。そこで、見たこともない「古い記憶」を、どうやってつくっていくか。師匠の言葉に緊張しつつ、デザイナーとしての心はときめいた。
 「敷地は9坪。しかもいびつな形状で、商業物件としては、決して恵まれた空間ではありません。でも、そこがこの建物の魅力。ありのままを生かそうと思いました」
 銀行時代の大理石のカウンターや、壁のレリーフを生かしたバーは、完成時に自分でも、「あ、ここ、昔からあったよね」と、錯覚するような空間に仕上がった。
 このとき片山さんは、依頼主の渡邊さんからデザイン料をもらうことなど、考えもしなかったという。
 「だったら欲しいものを持っていっていいよ」
 その気持ちも固辞するつもりで、片山さんは渡邊さんの腕にはまっていた時計を所望した。ロレックス・オイスター・クロノグラフ――いつも身に付けていたお気に入りの腕時計だったら、さすがにないだろうと、深慮を働かせたのだ。
 「ところが渡邊さんは、まったく躊躇(ちゅうちょ)なく時計をはずして、僕にくださったんです」
 2015年に渡邊さんは急逝する。同時に「THE BANK」もクローズを余儀なくされた。
 「ショックで、悲しくて、残念で、じゃあ自分に何ができるのか……何もできない……と、しばらくは堂々巡りを繰り返しました。でも、時間がたつにつれ、『THE BANK』を再開させることが、僕にできる唯一のことだと思うようになったのです」
 鎌倉を代表する観光通りの建物には、いくつかの店舗が出店を競っていたという。しかし、建物の所有者は、「このビルを残したい、バーを復活させたい」と、精いっぱいの思いを伝えた片山さんに、元通りの条件で出店を許可してくれた。
 再オープンにあたっては、隣で古家具を扱う「そうすけ」が、「THE BANK」時代のスツールやテーブルを出してきてくれた。それらは「THE BANK」を愛した店主が、いつか再開の日を期して、クローズ期間中に保管していたものだった。復活劇に奮闘する中で、片山さんはそんなエピソードにいくつも出会った。
 2016年10月。1年と半年の眠りを経て、「THE BANK」は再びあかりを灯す。壁と天井の琥珀(こはく)色は、渡邊さんや常連客の葉巻のヤニで染まったもの。そこに身を置くと、父親同然に慕った渡邊さんと、もう一度会える気がする。
 「兄貴だ、バカヤロウ!」
 そんな照れ笑いの声も聞こえる。

後編は9月29日公開予定です)

>>写真特集はこちら

<鎌倉から、ものがたり。>バックナンバー

PROFILE

  • 清野由美

    ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。在学中、英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

  • 猪俣博史(写真)

    1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

江ノ電長谷駅そば、北欧の「自然」 Cafe Luonto(カフェルオント)

トップへ戻る

地元の住人が受け継ぐバー、憧れの「ころあい」 THE BANK(後編)

RECOMMENDおすすめの記事