このパンがすごい!

小麦の風味が舞い上がる、挽きたて全粒粉パンの驚異/パンスケープ

イングリッシュマフィン

イングリッシュマフィン

■パンスケープ(京都)

 すがすがしい香りが鼻腔(びこう)を吹いていった。木のような香ばしさと、すーっとする香りが重なり合って。私は思わず深呼吸した……、高原のログハウスの思い出を話しているわけではない。パンスケープの全粒粉100%食パンのすばらしさを語っているのだ。

 噛(か)んだ瞬間はもちっと歯に触れたように思ったが、そこからほろっと崩れ去った。これも全粒粉効果。グルテンのつながりを切って、生地をほどけやすくしている。

 やさしい小麦の甘さが全力で満ちる。全粒粉のつぶつぶが舌をぬぐうと、今度はヒノキ風呂みたいな芳(かぐわ)しい香りが押し寄せてきた。粒の大きさのちがう2種類の小麦が溶ける速度のちがいによって、時間差攻撃を仕掛け、単調さを破って、飽きさせない。

 挽(ひ)きたての麦の力。パンスケープでは、すべてのパンに自家製粉した全粒粉を使用している。通常の白い小麦粉からは、小麦の皮である麬(ふすま)を取り除かれているのに比べ、全粒粉は皮まですべて挽きこんでいる。小麦の皮は、ミネラル、食物繊維など栄養と風味を豊かに持っているけれど、それだけに白い小麦に比べて劣化が早い。逆にいえば、新鮮であればあるほど、小麦のもつポテンシャルをそのまま味わうことができる。

 厨房では一日中石臼が全粒粉を挽きつづけている。プライスカードには使用された全粒粉のパーセンテージが書かれ、客はそこから好みの味のものを選ぶことができる。これは極めて理にかなった、これからのパン屋のあり方だ。

プライスカードには全粒粉のパーセンテージが表示される。多くの客が購入の際、参考にするという5578

プライスカードには全粒粉のパーセンテージが表示される。多くの客が購入の際、参考にするという

 オーナーの久保哲也さんが、パンスケープ開店前に方向性を模索していた頃、出会ったのが有機栽培農家「金沢大地」のホームページ。そこには、農家から直送される麦を小型の石臼で自家製粉する方法が紹介されていた。

 「衝撃でした。『これが小麦なんや』と。おそばも石臼挽きがおいしいし、コーヒーも挽きたてがおいしい。調べたら、小麦の殻(皮)にも味が詰まっていることがわかった。これでパン作ったらどんなパンできるんやろ?」

 直感に従い、さっそく麦と石臼を取り寄せた。「作ってみたら、すごくおいしいパンができた。『うまいな、これ。独立するわ』」。挽きたての全粒粉のおいしさを発見したことから、パンスケープは立ち上がったのだ。

 パンスケープのパンは私の持っていた全粒粉のイメージを覆すほどに、食べやすかった。それは、挽きたての全粒粉にえぐみがないことと、ゆっくりとして十分な発酵によって生地がしっとり感じられるためだ。

 元フレンチの料理人であった久保さんは、「料理っぽくパンを作る」。教科書を見るのではなく、味を見つつ、自分の感性に従い、発酵のタイミングや素材の組み合わせを決めていく。

全粒粉バターロール5587

全粒粉バターロール

 バターと全粒粉の相思相愛ぶりを思い知らされるのは全粒粉バターロール。「全粒粉の風味が荒々しいだけに、バターがそれを繊細にしてくれる」。実に芳醇(ほうじゅん)なバターの甘さ。そこに小麦が溶けてきていっしょに合わさると、やさしいニュアンスで、どんどんふくらんでいく。

 アップルパイにおいて、愛し合っているのは、りんごと全粒粉。両者の混ざり合った香りが、遠い昔の幸福な記憶を喚起した。それはなにかといえば、オーブンで焼きりんごができあがるときの甘い香り。舌においても両者はすばらしいコンビネーションを発揮。全粒粉の濃厚な味わいをりんごの酸味が軽やかにし、重力をなくしていくのだ。

アップルパイ

アップルパイ

 卵サンドでは、やわらかに弾み、ほどける生地から放たれる全粒粉の急がない甘さが、卵フィリングの甘さをくるむ。コッペパンの卵サンドに似た味の構成だが、そこに全粒粉のナチュラルな風が吹いている。

 イングリッシュマフィンは名品。分厚く、焼き目はワイルド。手荒く水平にちぎり(包丁を使わないのが英国流である)、かじりつく。歯が沈み込んでいくときのややハードなみっちりとした感覚がセクシー。中身から湧き立つ、豊かな小麦の香り。

 トーストする。今度は中身がやわらかく、食感は軽くなる。一方で、小麦の風味もやすやすと舞いあがる。と同時に、ほんのりとキャラメルの甘い風味をまとってますますぱくぱくに拍車がかかる。これにバターを塗り、さらに焼きこんで焦がしバタートーストにしてみる。その快楽に、身をよじり、もんどり打つはずだ。

カフェパランにてコーヒーあんぱんと、エチオピアのモカ・シダモを合わせる

カフェパランにてコーヒーあんぱんと、エチオピアのモカ・シダモを合わせる

 パンスケープで買ったパンは、近くの自家焙煎(ばいせん)コーヒーが自慢の店、カフェパランに持ち込むことができる。ここで売られるパンスケープ特製のコーヒーあんぱんは、エスプレッソを混ぜ込み、コーヒーと最高に合う。パンスケープとセットで訪問したい。

店内風景

店内風景

■パンスケープ
京都市中京区西ノ京職司町19-3
075-801-1233
10:30~17:00 水曜、第1・第3火曜休み

■カフェパラン
京都府京都市中京区西ノ京北聖町24
075-496-4843
9:00~20:00(LO19:30、土曜日 ~19:00[LO18:30])
不定休

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PROFILE

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)
http://panlabo.jugem.jp/

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