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<75>厳しい時代だからこそ 小さな印刷会社が作る出会いの場「ふげん社」

本が売れない時代と言われて久しい。
その事実に直面しているのは、書店や出版社だけでなく、印刷会社も同じだ。

「本が売れなくなれば、いい技術も失われていきます。せっかく注文が来ても、生産ラインがもうなくなっていたということもありますから」

築地にあるコミュニケーションギャラリー「ふげん社」と埼玉県に本社と工場を置く渡邊美術印刷株式会社の代表取締役社長である関根薫さん(62)はそう話す。

薫さんの父が札幌で印刷会社を創業したのは1950年のこと。1964年の東京オリンピック開催を前に東京に進出し、築地にほど近い銀座8丁目に事務所を構えた。高度成長期の波に乗り、仕事がたくさん舞い込んだ。「せっかく父が続けてきたものだから」と、薫さんは父と共に仕事をすることを決意。10年後、父の逝去に伴い、薫さんが社長に就任した。薫さんが39歳の時だった。

「2000年代に入ってからデジタルやIT化が進んで印刷需要が減り、構造的な不況に陥りました。このまま同じことを繰り返していても、市場は縮んでいく一方です」

薫さんは、原点を振り返ってみた。同社の強みは美術、アート系の印刷物で、デザイナーや写真家などが印刷の現場に立ち会い、手間ひまかけていいものを作り上げてきたという自負がある。そのこだわりは、本を手に取った人の喜びが原動力になってきた。

「そこで、読者と出会える場所を作ってみたいと思ったんです。そこから始まることがあるんじゃないかと」

本が大好きだった薫さんは、刊行時期を問わず、普遍的な価値のある本を揃(そろ)えることにした。また、自社で手がけた本をはじめ、ずっと手元においておきたいと思えるような、“モノ”としての魅力もある、クオリティーの高い写真集や美術書なども並べたいと考えた。

「いい本は佇(たたず)まいがいい。でも、1日に200点も本が出版されるような今、昔に出たいい本はどんどん埋もれてしまいます。それって作る人にとっても切ないこと。だから、そういう本を充実させていきたいと思いました」

「厳密にコンセプトを決めない方が、想像できないことに出合えるかもしれないから」という思いから、書店でもあり、ギャラリーでもあり、カフェでもある自由な空間を目指すことにした。そして、同社の東京進出の原点に近い、築地の裏路地にある雑居ビルの2階を選んだ。それが2014年11月にオープンしたコミュニケーションギャラリー「ふげん社」だ。

店主を務めるのは娘の史(ふみ)さん(25)。「ふげん社」のプランが進行している時と、史さんの大学卒業の時期が重なり、薫さんが史さんに、「店主になってみない?」と持ちかけた。

もともと出版の世界に興味があった史さんも快諾。ツイッターで「#ふげん社の本」を1冊ずつ紹介したり、イベントを告知したりして、「ふげん社」のことを一人でも多くの人に知ってもらうために手間を惜しまなかった。そのかいあって、「ふげん社」を訪れる人が少しずつ増え、さまざまな出会いがきっかけでいろんなイベントや展覧会などに派生していった。

「ふげん社」がオープンして2年。小さな印刷会社の小さな挑戦は少しずつ輪を広げているが、長引く出版不況が今後、いい方向に変わるかどうかは未知数だ。

「いつだって大変じゃない時代なんてありません。でも、できるだけポジティブにいきたいんです。希望を託したい人がこの場所に集まってくれているし、普遍的に価値のあるものを残していきたい、そう願っています」

■おすすめの3冊

  

「はたらくことは生きること―昭和30年前後の高知」(石田榮/著)
戦後まもない高知の鉱山や漁村、農山村で働く人々の姿を、生き生きととらえたアマチュア写真家の写真集。「働くことと暮らしが密接だった頃、厳しい環境にもかかわらず、笑顔で働いている様子がすてきです」

「PEELING CITY」(新納翔/写真)
山谷や築地など、消えゆく都市の風景を撮り続けてきた写真家・新納翔。本書は、10年間の集大成となる写真集。「都市の表層的なものをはいで(peeling)、本質を見ようという試み。都市の営みや影が映し出されています。ふげん社が編集し、渡邊美術印刷で印刷しました。だから、この一冊はふげん社の3年間の集大成でもあります」

「バオバブのことば」(本橋成一/文・写真)
西アフリカ・セネガルで、1000年もの悠久の年月を人びとと共に歩んできたバオバブの樹を、モノクローム写真と美しい言葉の数々でとらえた一冊。「これもふげん社で制作した一冊です。バオバブの木はアフリカでは母のような存在。それを写真絵本の形にまとめました。『PEELING CITY』と同様に、クロス製の上製本で、モノとしての魅力もあります」

写真 山本倫子

    ◇

コミュニケーションギャラリー「ふげん社」
東京都中央区築地1-8-4 築地ガーデンビル 2F
http://fugensha.jp/

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PROFILE

吉川明子

兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体に週刊朝日、アサヒカメラ(「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、婦人公論、BRUTUS、mi-molletなど。
https://www.instagram.com/a_yoshikawa0227/
https://note.mu/akikoyoshikawa

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