パリの外国ごはん

絶品バインミーに欠かせないバゲットの条件「Saigon Sandwich」

  

イラスト・室田万央里


  

イラスト・室田万央里


  

イラスト・室田万央里

 この連載を始めてからこれまではずっと、毎度2人で食べに出かけていたのだけれど、今回はどうやっても2人のスケジュールが合わず、別々に行くことになった。それで万央里ちゃんが、ベトナムサンドはどうかな? と提案してくれた。「最近、ベルヴィルでひとつよく行ってるところがあって、そこは具が結構いろいろあって、ベジタリアンも五香粉で甘く煮たグルテンミートが入ってておいしいの」とだいぶ気に入っている様子。ベルヴィルの中華街でベトナムサンドを買ったことはなかったから、とてもうれしい。それはぜひとも! と、二つの出張の合間で1日だけパリにいるお昼ごはんに食べることにした。

 お店のある通りに着くと、私より少し前に立ち寄っていた万央里ちゃんが前もって教えてくれていた通り、工事のための囲いが遠慮なく立ちはだかっていた。少し閉塞(へいそく)感のある歩道を、見逃さないように、1軒ずつ見て歩く。15メートルほど行くと、saigon sandwichの文字が赤と青のネオンで光るお店があった。店内はコンパクトで、5人ほども大人が入ればいっぱいになりそうだ。ショーケースの後ろに見える、作業場とキッチンでは5人のアジア女性が立ち働いていた。

  

 2人いた先客の1人は、高校生くらいのアジアの顔立ちをした女の子で、片隅に立ったままサンドイッチを食べている。そして、お店の女性たちと中国語ではないアジアの言葉でとても親しげに話していた。どうも家族っぽいな、と思いながら、上に掲げられたサンドイッチの写真を見比べ、どれにしようか考える。左から、焼き豚とベトナム風ハム入りのベトナム・サンドイッチ、この店のイチオシらしい四つの具が入ったサンドイッチ・スペシャル・メゾン、真ん中のベジタリアンサンドは、豆腐入りにもできるようだ。そしてチキンサンドは、レモングラス風味のグリルかチキンカレー、ビーフ・サンドは、サテかレモングラス風味、とある。

  

 ベトナムだし牛肉はフォーの具のように薄切りかな、などと思いながら、ショーケースの中をじーっと見て、やっぱりスペシャル・メゾンだな、と決めた。焼き豚にベトナム風ハム、鶏の薄切り、シューマイ入りとなんだか肉肉しい。注文をすると「唐辛子入れる?」と聞かれた。確かに、ショーケースの中には赤唐辛子を小口切りにしたものが見えていた。あれをそのまま入れるのかしら? と興味津々で、唐辛子入りをリクエスト。さっそく具をバゲットに詰め始めたので、すかさず「写真撮ってもいいですか?」と聞く。すると、サンドイッチを食べていた少女が、「全然いいですよ! 特に彼女は今日お誕生日なの」と厨房(ちゅうぼう)にいた女性の一人を指して教えてくれた。お誕生日と言われた女性は恥ずかしそうにして奥に引っ込んでしまい、でも彼女だけじゃなく他の人たちも少しはにかんだ笑顔で、作業場はなんとも柔らかな雰囲気になった。

  

 あっという間に出来上がったサンドイッチを受け取り、お支払いをして、さて公園で食べようかな、と行きかけてお水を買い忘れたことに気付いた。それで、1本くださいと伝えると、さっきの少女と厨房から同時に「お茶もあるわよ」と横の台に置かれた保温ポットを指さされる。お茶をもらうことにして、ついでにポットの横でサンドイッチの写真も撮らせてもらった。パンをぐっと開くと、お肉がごろごろ入っている。シューマイとあったのは、皮なしのシューマイの具を意味していたようだ。撮っている途中で、厨房から一人やってきて「これを入れた方がきれいだろうから」とコリアンダーを加えてくれた。そんなやりとりをしていたら、ここにもうちょっといたいなぁと思い「ここで食べていってもいいですか?」と聞くと「もちろん!」と笑顔で返事がきた。

 少女が食べていた片隅で食べていると、ひっきりなしにお客さんがやってくる。どうやら常連客が多いようで注文の仕方が面白い。「スペシャル・メゾンで、マヨ多め。鶏の串焼きをサンドイッチじゃなくて串焼きだけでちょうだい」と言う男性がいたかと思えば、「鶏のレモングラス風味を、コリアンダー無しで」と頼む女性が続いた。「アン グラン トーフ(un grand tofu)」と店の外から聞こえたときには思わず振り向いて見てしまった。グランって大きなサイズがあるの? と気になって厨房を見ると、長さ40cmほどあるバゲットが登場。もりだくさんのニンジンに、煮付けたお豆腐もたんまりと挟まれて見たことのない巨大サンドイッチが出来上がっていく。

  

 私の頼んだサンドイッチにもニンジンはいっぱい詰められていた。フランス版サンドイッチだったらラペ(細長く下ろす)してあるニンジンは、ここでは千切りにしてあった。だから口当たりも違うし歯ごたえもある。スティック状のキュウリも下の方にごろごろ入っていた。気になっていた小口切りの唐辛子もちらほら見える。ほそーく裂いた甘じょっぱい鶏もこんもりなうえに、最後にシーズニングソースをかけて仕上げたサンドイッチはアジアンらしい甘みに、時折、唐辛子のフレッシュな辛みが飛び込んで食欲を刺激するものだった。

 ここで働いているみんなは家族で、もうこの店は7年。実は彼女たちは3代目で、別のオーナーのもと、すでに20年前からずっとお店はあったそうだ。具は全部手作りでやっていて、ベトナム風ハムだけは買っている、と少し残念そうに言っていた。面白いことに、ベトナムサンドイッチとスペシャルメゾンを買うのは決まってアジア人で、フランス人はほとんどいないらしい。マリネして味がしみ込んでいる牛肉のサテ味か、チキンを選ぶとか。温かい具、ということもあるのだろう。確かに私がいる間も、ほとんどのフランス人が牛肉サテ味を買っていった。

 最後にいちばん気になっていたこと、バゲットについて聞いた。ベトナムサンドには、いかにも高速回転で生地を練り発酵時間も最短です! みたいな、皮は薄めで中はちょっとスカスカの軽めなバゲットがいい。もちっとした食感だとなんだか違う。ここのは、ベトナムサンドにぴったりなバゲットだった。中華街だし近くのパン屋さんで売っているのかなと思いきや、わざわざメトロに乗って買いに行っているのだそう。やっぱりあえて選んでこの食感のバゲットなんだな、と納得した。
 
  

Saigon Sandwich
8, rue de la Présentation 75011 Paris
01 43 38 30 38
10時~16時
休み 日

PROFILE

  • 川村明子

    東京生まれ。大学卒業後、1998年よりフランス在住。ル・コルドン・ブルー・パリにて製菓・料理課程を修了後、フランスおよびパリの食にまつわる活動を開始。現在は執筆のほか、パリで活躍する日本人シェフのドキュメンタリー番組『お皿にのっていない時間』を手掛けている。著書に『パリのビストロ手帖』『パリのパン屋さん』(新潮社)、『パリ発 サラダでごはん』(ポプラ社)、昨年末に『日曜日はプーレ・ロティ』(CCCメディアハウス)を出版。
    日々の活動は、Instagram: @mlleakiko、朝ごはんブログ「mes petits-déjeuners」で随時更新中。

  • 室田万央里(イラスト)

    無類の食べ物好きの両親の元、東京に生まれる。
    17歳でNYに移り住んだ後、インドネシア、再び東京を経て14年前に渡仏。
    モード界で働いた後に“食べてもらう事の喜び”への興味が押さえきれずケータリング業に転身。
    イベントでのケータリングの他、料理教室、出張料理等をパリで行う。
    野菜中心の家庭料理に妄想気味のアジアンテイストが加わった料理を提供。理想の料理は母の握り飯。未だその味に到達できず。
    Instagram @maorimurota

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