鎌倉から、ものがたり。

3席だけの“95%ベジ”レストラン 「香菜軒 寓」(前編)

 鎌倉の材木座は、その名の通り、材木を扱った商人由来の下町でありながら、趣のある木造民家が残る、穏やかな住宅街だ。
 席数3席(!)というレストラン「香菜軒 寓(こうさいけん ぐう)」は2016年春、そんなまちの一画に開業した。場所は築90年という古い日本家屋の敷地内。お向かいは銭湯の「清水湯」、お隣はバレエ教室という、ほのぼのとする立地である。
 門をくぐり、敷石伝いに母屋の隣に建てられた“小屋”へ。ガラス戸をガラガラと引くと、ぬくもりのある小空間が、客を温かく迎えてくれる。
「いや、看板を出してはいますが、店まで入ってくださるのは、すごい“チャレンジャー”。うれしいですねえ」
 店主の三浦勉さん(55)の言葉に、思わず笑ってしまう。確かに知らなければ、なかなか入れないかもしれない。
 店の目玉は、オリジナルのカレーと、日々のおかずいろいろ。名物「パプアニューギニア海産の天然エビカレー」を除き、動物性の食材を使わない“95%ベジ(野菜食)”を標榜(ひょうぼう)する。
 ある秋の日のメニューは、「ごぼうとさつま芋のポタージュ」「材木座の潮風が作った風干し野菜カレー」に、「きのこの春巻」「茄子(なす)の煮びたし」「自家製ぬか漬け」といったおかず、そして焼き菓子のブラウニーなどなど。
 勉さんが担当するカレーは、スパイスをひかえめに、素材のうまみを引き出したインドカレーで、小豆入り玄米ご飯と、風船のように膨らんだインドの揚げパン、「プーリー」が付く。
 ヴィーガン(※肉、魚介に乳製品と玉子も不使用)対応のおかずとお菓子は、妻・みのりさん(51)の担当で、季節を映した家庭的な味わいが身上だ。いずれも吟味された材料と丁寧な調理で、夫妻の「食」に対する心意気が伝わってくる。
 ふたりは2014年まで、東京・練馬の富士見台で人気店「香菜軒」を、20年にわたり経営してきた。富士見台に店をオープンした1994年は、ヴィーガンはおろか、自然食という言葉も、まだ浸透していなかった時期。
「その年は息子が生まれた年でもありました。バブル経済の盛り上がりと、あっけない終わりを見て、自分はそういうシステムとは離れて生きたいと思っていて、仕事も子育ても同じ場所で一緒にやってしまう『農家的』なあり方を模索したんです。そのとき、カレー屋は『道具』になるな、と」
 勉さんは20代のはじめから、京都や東京の先駆的な店で、インドカレーと周辺の文化に触れていた。インドカレーは食事としての存在感と同時に、「エスニック」「オーガニック」というキーワードを内包し、既存の価値観に対抗するカウンター文化の象徴でもあった。
「でも、もっとさかのぼると、小学生時代に化学者になりたい、と思ったことが発端かも。実験大好き少年で、カレーのスパイスのように、何かを『調合すること』に興味津々だったんです」
 鎌倉への引っ越しを決意したのは、子育てが終了し、今度は高齢のご両親の介助が必要になったため。こうして、勉さんの実家に、実に35年ぶりに戻ることになったのだった。
(→後編に続きます:11月10日更新予定です)

>>写真特集はこちら

<鎌倉から、ものがたり。>バックナンバー

PROFILE

  • 清野由美

    ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。在学中、英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

  • 猪俣博史(写真)

    1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

材木座の潮風とさざ波と、ミルコーヒー&スタンド

トップへ戻る

新名物・材木座の潮風が作った干し野菜カレー「香菜軒 寓」(後編)

RECOMMENDおすすめの記事