花のない花屋

心のなかで生き続ける、赤ちゃんの虹介へ

心のなかで生き続ける、赤ちゃんの虹介へ

〈依頼人プロフィール〉
中村仁哉さん 42歳 男性
埼玉県在住 住職

    ◇

 今から7年前、2010年10月25日の朝のことです。いつも通り起きると、横で寝ていた生後7カ月の三男、虹介(こうすけ)が息をしていませんでした。あまりに突然の別れでした。

 病名は、乳幼児突然死症候群(SIDS)。原因はいまだに不明で、脳機能の異常や、寝ている間に呼吸が止まってしまうなどの症状を発症してしまうのです。

 親ばかかもしれませんが、虹介は本当にいい子でした。目が合うとニコッと笑ってくれ、ぐずることも少なく、手がかからずに穏やかに育てている最中でした。本当によく笑ってくれて、目を閉じても浮かんでくるのは笑顔ばかりです。あれから7年が経ちますが、笑顔を思い出しては涙が止まりません。

 私は住職なのでお墓はすぐ近くにあり、毎朝家族みんな、虹介のことを思いながら仏壇に手を合わせています。家族の心には虹介の存在が強く残っており、虹や虹のモチーフを見たり、町中で「こうすけ〜」と呼ぶ親御さんの声を聞いたりすると、はっとしてしまいます。

 この世に生まれてきた限り、いつか最後は来るとはわかっていても、子どもを失う悲しみがこんなにも深いとは思いもしませんでした。世間を見渡せば、同じような悲しみ、もしくはこれ以上の悲しみの中、踏ん張って一生懸命生きている家族はたくさんいると思います。虹介は、命の尊さ、はかなさを改めて私に教えてくれました。虹介が残してくれたものを大事にして生きていきたいと思っています。

 とはいえ、年月とともに少しずつ彼のことを思い出す時間が少なくなってきているのも事実です。昨年無事七回忌をつとめましたが、7年目にあたる今年は、家族にとって新たな節目になるような気がしています。

 そこで、東さんに強烈に印象に残るような花を生けていただけないでしょうか。ぱっと見て虹介を思い出すことができ、そのイメージをずっと心にとどめておけるような花束を……。この先も虹介が家族の心の中で生き続けてくれるように。

 虹介はよく笑う明るい子でしたので、明るいイメージでまとめていただけるとうれしいです。虹を見ると虹介を思い出すので、7色の花を使ったような花束はできますでしょうか。

心のなかで生き続ける、赤ちゃんの虹介へ

花束を作った東さんのコメント

 赤ちゃんの突然死、とてもつらかったでしょうね……。今回は中村さまのご希望通り、7色の花でまとめました。カラフルにまとめるときはだいたい5、6色の花を使いますが、7色になるとさらに印象が強くなります。

 7色は赤、紫、黄色、オレンジ、緑、ピンク、ブルーです。赤はカーネーションやダリア、ケイトウ、エピデンドラムなど。紫はトルコキキョウやカトレア、黄色はカラー、オレンジはポンポンダリアのつぼみやネリネ、緑はナデシコ、ピンクはバラ、ブルーはベロニカなどです。リーフワークは、ルスカス、シキミア、ハランの3種類を使いました。

 亡くなったお子さんに手向ける花束ですので、花らしい花を選び、カラフルで華やかさ全開になるようにまとめました。ご家族みなさんにとって大切な花になったらこの上ないよろこびです。

心のなかで生き続ける、赤ちゃんの虹介へ

心のなかで生き続ける、赤ちゃんの虹介へ

心のなかで生き続ける、赤ちゃんの虹介へ

心のなかで生き続ける、赤ちゃんの虹介へ

(写真・椎木俊介/ライター・宇佐美里圭)

「&w」では、読者のみなさまから「物語」を募集しています。
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フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

心のなかで生き続ける、赤ちゃんの虹介へ

1976年生まれ。
2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
作品集に「ピエール・エルメ サティーヌ」「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERSII 植物図鑑」(ともに青幻舎)など。

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PROFILE

椎木 俊介(写真)

ボタニカル・フォトグラファー

2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。

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