東京の台所

<157>民泊に部屋を貸し、シェアルームを軽やかに楽しむ

〈住人プロフィール〉
会社員(男性)・31歳
賃貸マンション・1DK・南北線 白金高輪駅(港区)
築年数約5年・入居3年・ひとり暮らし

 連載回数は150回を越え、私自身ライター生活20年余だが、こんな出会いによる取材依頼は初めてである。
 今夏。
 大きな書籍の締め切りを抱え、四苦八苦していた。仕事場に借りているアパートは狭く、大量の資料を広げられない。さらにどんなに興が乗っていても、朝食と夕食作りのために家に戻り、台所に立たねばならない。食べさせたあと、仕事場に帰るわたしを見かねた夫に、子どもたちの食事は担当するから、旅館かホテルで10日間ほど集中してはどうかと勧められた。

 そこでさっそく民泊といわれるAirbnbのサイトから、広めの部屋を予約した。港区で立地もよく1DKと手頃な広さ。宿泊費も安い。台所が広いのもいいと思った。
 ところがすぐにメールが届いた。
「僕は男性で、シェアルームという形になりますが大丈夫ですか?」
 宿主とシェアスタイルであると、明記されていたのに見落としていたのだ。
「間違えました。すみません、予約を取り消します」というやりとりですむところだが、些末(さまつ)な予約取り消しの作業や返金に快く応じたこの男性のことが気になりだした。
 31歳独身。外国人も多いだろう民泊を、住みながら貸すとはどんな動機からだろう。そのうえ、台所が広く、いかにも料理をする人のそれだと写真の空気感でわかる。

 3カ月後。
 彼の家へ、カメラを担いで訪ねた。
 ひょんな出会いから、ずうずうしい依頼に「僕は断る理由がありません」と、二つ返事で快諾した住人は、見るからにオープンマインドの快活な男性だった。月額制の洋服レンタルサービスを提供する新規のネット事業の創業スタッフの一人とのこと。伸びしろのある注目産業として、テレビ番組で紹介されていた見覚えのある企業であった。

 築5年のモダンなマンションは、一人暮らしにはかなり広めのシンクがついていた。
 「キッチンと風呂場が広くて清潔なところにひかれてこの物件に決めました。料理は高校生の頃から好きで、今も毎日やるので」
 チャーハン、から揚げ、たらこスパ、親子丼。男料理です、と自嘲するが、例えば親子丼はかつおだしではなくコンソメを使うなど、オリジナルの追求に余念がない。一時期はパンやピザも作った。何度か作ると飽きて、今はオーソドックスな丼物や一品物に落ち着いた。

 毎日必ず作るのはみそ汁だ。宿泊者がいれば、いっしょにいかがですかと誘う。
 「外国人はみんな喜びますね。僕も一緒に食べたら楽しいので」

 ダイニングキッチンひとつとベッドルームひとつ。ここに、民泊のサイトを通じて訪問客を泊めている。1年あまりで60名ほど。一部屋に2歳児がいるインドネシア人のファミリー3人が泊まったこともあるそう。来客があるときは自分はダイニングのソファベッドに寝る。そのときは、客の部屋に入らなくてもいいように仕事バッグや通勤着をダイニングに置いておく。

 そんな決まりはないが、住人は「ちょっと飲みませんか」と夜は酒を振る舞ったり、朝はみそ汁を出すことも多い。多いときで11日間宿泊することも。ハードワークで疲れて帰宅した自宅に、他人が寝泊まりしているのは疲れないのだろうか。

「学生時代からバックパッカーをして、民泊にお世話になりましたし、研究テーマが開発経済で、海外のドミトリーに泊まって経済の発展の格差を調べていました。人が好きですし、実家で同居だった祖父母も含め、積極的に他人に話しかけていくタイプ。一族みんな、旅をするとどんどん現地の人に話しかけていくような。そんなこともあるのか、僕は全く苦はないですね」

 イギリスの青年医師、フランスの建築学生、イタリア人のシェフの見習い、格闘家……etc。「部屋を貸していなかったら知り合えなかった人ばかりです。本当に楽しい」
 それでもと、意地悪な質問をした。

──生活習慣の違いとか、めんどうな人はいませんでしたか。

 「めんどくさいなって人はいますよ。あるとき、これを調べてくれ、教えてくれと観光ガイドのようなことを事前にメールで頼まれたことがあった。でもまあ、知らない国に行くんだからしょうがないかって、仕事の合間にやってあげたんです。
 僕はスコッチのラフロイグが大好きで、たまたま台所にそれを置いていた。初めて来た日に、イギリス人の彼は、僕もこれが大好きなんだよととても嬉しそうだったんです。“情報を調べてくれたお礼に買ってこようと思ったけど、癖が強い酒だから嫌いかもとしれないと思い控えたんだ”と。彼とは毎晩、それを飲みながら政治経済や日本の男の恋愛観など、飲みながら語り合いました。別れ際、今までした旅で、一番楽しかったよって言われました」

 民泊で気付いたことがある。
「どこの国の人も本質は変わらない、ということがわかりました。冗談を言えばみんな笑うし、怒るところはみんな怒る。国とかの問題じゃない」

 また、職業的な興味もあった。
「Airbnb自体がシェアリングエコノミーの先駆者で、人との出会いという体験を、“サービス”として届けるのをミッションにしている。そういうビジネスモデルに興味がありました。僕の仕事もそうですが、ウーバーという有償旅客送迎など、シェアリングエコノミーという発想が好きなのです。どれも人を信頼しないとできない。そこが面白いなと」

 今の仕事を長くするつもりはないという。自分がいなくなっても会社として困らないようにするのが自分の仕事、と言いきる。

 ビジネスライクで合理的。自分のスキルを武器に、世の中を軽やかに切り拓く野心と開拓精神がある。でいながら、みそ汁を毎日作り、一期一会を大切にする。最初はアンバランスな印象をぬぐえなかったが、人を信頼しないとできない未来型の仕事に注目する彼を見て、すべての合点がいった。彼の中で、仕事も暮らしも、なんのブレもない。

 ところで、この家にはレンジがない。
 「ああ、レンジを買うと頼りきっちゃって、料理をさぼりそうだと思ったんで買わなかったんです。ピザもドリアもトースターのほうが焼き目がつきますしね。これで十分です」

 どんなに便利でも、生活する力を退化させるものに対しては目が厳しい。そこがまた、新鮮に映った。

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PROFILE

大平一枝

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。
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