鎌倉から、ものがたり。

裏路地の2階、長テーブルで自然派ワインを 「祖餐(ソサン)」(前編)

 鎌倉・御成町2丁目。「祖餐(ソサン)」は駅西口から歩いてすぐ……と、グーグルマップは告げるのだが、訪ねた場所に入り口を見つけることができない。しばらく探すうちに、はたと裏路地の存在に気づき、そちらを進んでみたら、果たして謎めいた入り口があった。

 引き戸をそろそろと開けて中へ。目の前には2階に続く階段。奥から「どうぞ~」と、明るい出迎えの声が聞こえて、ほっとする。

 「祖餐」はソムリエの石井英史さん(45)、妻の美穂さん(48)が、2015年に1階の茶館「天藍」とともに開店した。英史さんが選ぶワインを中心に、日本酒やお茶など、丁寧な製法でつくられた良質な飲み物を、美穂さんや、英史さんの母の和子さん、そして英史さん自身の料理とともに味わう場になっている。

 この店を象徴するのは、フランス語で「ヴァン・ナチュール」といわれる「自然派ワイン」だ。今では愛好家に広く知られるようになってきたジャンルだが、そもそもは英史さんが、長谷の古民家レストラン「ボータン」の初代ソムリエ兼店長を務めていたときに、メニューの中心に置いたものだった。

 が、実は「自然派ワイン」に明確な定義はない。一般的には、有機農法、無農薬ないし減農薬の原料で、添加物をなるべく使わない製法のワインが、そのように呼ばれている。

「僕個人としては、畑でぶどうを栽培するときも、セラーで醸造するときも、なるべく人が自然をコントロールせず、フォローする形でかかわり、つくられたものが『自然派ワイン』だと考えています。

 たとえば、ぶどうは化学肥料や除草剤は使わずに育て、発酵はぶどうに付く微生物の力で行い、酸化防止剤は極力添加しない。そういうワインに、つくり手と飲み手、さらに両者をつなぐ仲介人たちが賛同して、世界で飲まれている。そんな有機的な関係を構築できるワインが『自然派ワイン』だと思うのです」(英史さん)

 1杯のグラスの向こうに、環境と人とのエコシステム(生態系)が広がり、持続可能な農業を支えている。それゆえの「自然派ワイン」なのである。

 英史さんが「自然派ワイン」に出会ったのは2000年代。大学卒業後、ワイングッズの専門商社に勤めながら、イタリアに旅したことがきっかけだった。

 イタリアでは、いろいろなワイナリーを訪問した。ところが、期待して入ったワイナリーは、どこも工場のようにシステマチックに運営されていて、畑の生命から人の飲み物をつくり出す、というドラマを感じることができなかった。

 そんな中、ヴェネト州で訪ねたワイナリーが、目を開かせてくれた。有機栽培のぶどうを原料に、古めかしい方法でつくられたワインの味わいに、「つくり手」の存在を強く感じたのだ。その延長に、今では家族ぐるみの深いつきあいとなった醸造家、アンジョリーノ・マウレさんとの出会いがあった。

「アンジョリーノのワイナリーでは、主人のケアレスミスで醸造に失敗する年もありました。彼はその年、息子さんのことで心配事があったそうです。化学薬品や工業的な製法に頼らないと、そんなリスクもあります。でも、僕はそこに、人とワインとの本質的な関係を感じるんです。仕事と人生、暮らしは、このようにつながっているんだな……と」

 店名の「祖餐」は、英史さんが考えた造語だが、アンジョリーノさんが生産する赤ワイン「SO SAN」の音を下敷きにしている。これはイタリアの方言「SONO SANO」から取ったもの。「私は元気です」との意味を持つ言葉だという。

 店をつくるときは、大勢が一度に着ける長テーブルを中心にしようと、最初から決めていた。長テーブルの光景も、ダ・ヴィンチの名画のように、イタリアの食卓を思い起こさせるものだ。そこに「祖(はじまりの人)」と「餐(食事)」という漢字が重なって、店はひと言でくくれない、「ここだけ」の雰囲気を発している。(→後編に続きます

祖餐(ソサン)
神奈川県鎌倉市御成町2−9

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PROFILE

  • 清野由美

    ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

  • 猪俣博史(写真)

    1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

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