東京ではたらく

「アンドワンダー」のデザイナー:森 美穂子さん(39歳)

  

職業:服飾デザイナー
勤務地:渋谷区
勤続:7年(デザイナーは17年)
勤務時間:不規則
休日:不規則
この仕事の面白いところ:服を媒介にあらゆるアクションを起こせること。
この仕事の大変なところ:洋服だけでなく、会社や店舗、ブランドの在り方まで、自分の思い描いたことを形にするのはとても難しく、大変です。
    ◇
 東京をベースに「and wander(アンドワンダー)」というアウトドアウェアブランドを立ち上げ、デザイナーとしてブランド全体のディレクションをしています。

「and wander」が展開するのは、キャンプや登山などのアウトドアアクティビティーを快適に楽しむための機能と、服としてのデザイン性を兼ね備えたウェア。本来は外で遊ぶための服ですが、愛用者の中には街着として使ったり、街と自然、両方のシーンで着てくださっている方も多いです。

 以前の職場の同僚とブランドを立ち上げたのは2011年。もともとアウトドアウェアのデザインをしていたわけではなく、キャリアをスタートさせたのはパリ・コレクションに毎年登場するような、いわゆるコレクションブランド。

 中学時代を北海道で過ごしたこともあり、自然の中で遊ぶのは好きでしたが、まさか自分がアウトドアブランドを立ち上げるとは夢にも思っていませんでした。

 服飾デザイナーの仕事に憧れを持ったのは、中学生くらいだったと思います。小さな頃から洋服が好きで、幼稚園くらいの頃から着る服は自分で選んでいたように記憶しています。母が洋裁をする人で、幼い頃に作ってくれた服は今でもよく覚えています。

軽量でも強度の高い生地を使ったバックパックはブランドのシグネチャーアイテム。斜めに配した背面のジッパーはデザイン的も洗練されているが、じつは開閉時のスムーズさを追求した結果


軽量でも強度の高い生地を使ったバックパックはブランドのシグネチャーアイテム。斜めに配した背面のジッパーはデザイン的にも洗練されているが、じつは開閉時のスムーズさを追求した結果

 高校生になると母のミシンを借りて自分で服を作るようになりました。もともと絵を描いたり、手を動かすことが好きだったので、服作りもその延長というか。古着屋で買ってきた服をリメイクしたり、好きな生地でスカートやパンツを作ったりもしていました。

 高校卒業後に進学した服飾の専門学校は社会人から入ってくる人も多くて、クラスの半分以上は年上でした。最初は「みんな大人だなあ」と思いましたが、高校より断然楽しかったですね。みんな服が好きという共通点があるので。

 3年間の学生生活はとにかく課題が多くて、がむしゃらに勉強しました。デザイナーになるにはデザインのセンスはもちろん、製図やパターン(服の型紙を起こす作業)、クロッキー(短時間でモデルなどを描く写生)、色や素材のファッション史など、身につけるべき技術や知識がたくさんあるんです。

 しかも専門学校というのは就職を目的とした教育の場なので、みんなそれぞれ目標とするブランドなりアパレル会社をしっかり持っているんです。だから同級生でもライバル意識が強くって。なかなかシビアな学生時代でした(笑)。

サンプルルームにはすでに来年発表するモデルがずらり。「服作りは常に次のシーズンのことを考えて動かなくちゃいけないので、そこは大変といえば大変。真夏に真冬のことを考えたり」


サンプルルームにはすでに来年発表するモデルがずらり。「服作りは常に次のシーズンのことを考えて動かなくちゃいけないので、そこは大変といえば大変。真夏に真冬のことを考えたり」

 じつは私は、入学当初はデザイナーではなく、パタンナーになりたいと思っていたんです。パタンナーとはデザイナーが作ったデザインをもとにパターン(型紙)を起こす専門職。

 平面で描かれたデザイン画をイメージ通りの服に仕上げるためには精度の高いパターンが欠かせませんから、パタンナーは服作りの中核を担う人です。私は手を動かすことはもちろん、何より服を「作る」作業が好きだったのでパタンナーのほうが向いてるかなと。

 でも洋服の勉強をするうち、だんだんデザイナーのほうに気持ちが向いてきました。大きなきっかけになったのはファッションの歴史を勉強したこと。私はとくに1920年代の洋服が好きなのですが、その時代前後のファッションの歴史をひもとくと、興味深いことがわかってきて。

 1920年代というとシャネルが出てきた頃なのですが、それ以前の19世紀までは、女性のファッションは男性のアクセサリーとして存在していたそうです。美しい服も宝石も、女性の喜びとして身につけるものではなく、男性の地位を表現するための道具のような一面がありました。

アトリエには無数の生地の切れ端が。「青といってもいろいろな青があるので、服のカラーを決めるときは実際の布を見て組み合わせなどを考えます。だから切れ端が出るととりあえずとっておく(笑)」


アトリエには無数の生地の切れ端が。「青といってもいろいろな青があるので、服のカラーを決めるときは実際の布を見て組み合わせなどを考えます。だから切れ端が出るととりあえずとっておく(笑)」

 でも20世紀に入って、男性がみんな戦争に行ってしまうと、女性たちは外へ出て自活しなくちゃいけなくなります。するとハイヒールなんてやめて、服もどんどん活動的になっていくんですね。それまで男性のために着飾っていた女性たちが、今度は自分のために装うことを始めるわけです。

 そんな歴史を見ていると、洋服というものにその時代時代の空気が形として現れていることに気づきます。「ファッションは時代を映す鏡のようなものなんだ」「そういう面白さが服飾にはあるんだ」。そう気づいてからは、やっぱりデザイナーとして服飾に関わっていきたいと強く思うようになりました。

 卒業後は運良くコレクションブランドに採用が決まり、デザイナーとしてのキャリアをスタートさせたわけですが、そこは世界的にも名をはせるコレクションブランド…。

 意気揚々と入社したものの、新人に与えられる仕事は雑用ばかりで、待っていてもデザインの仕事が降ってくるなんてことはありません。デザインがやりたければ、自力で企画を通すしかないという、とても厳しい世界でした。

人と自然をつなぎたい。真っすぐな思いを、服にのせて。

上がってきたサンプルをチェック。寸法は合っているか、ジッパーやボタンの位置は正確かなど細く確認する。その後サンプルを着て実際に山を歩き、動きやすさや機能面を検証する


上がってきたサンプルをチェック。寸法は合っているか、ジッパーやボタンの位置は正確かなど細く確認する。その後サンプルを着て実際に山を歩き、動きやすさや機能面を検証する

 コレクションブランドのデザイナーとして働き始めて最初に言われたのが、「電話会社に行って関東圏の電話帳を全部もらってこい」ということでした。

 デザイナーの仕事はデザインを作ることだけでは決してなくて、デザインが決まったら次は材料集め、同時にパターンを発注し、布を染めたりプリントしたりする手配もします。いわば服作りのすべてを統括する仕事です。

 私がはじめて自分で企画を通したのは、人工の毛を使ったアクセサリーだったのですが、それを作るためには素材として数種類の毛が必要でした。その毛をどうやって集めるかというと、全国のかつらメーカーに電話して、協力をお願いするわけです。

 当時はまだインターネットが発達していませんでしたから、それこそ電話帳を広げて、かつら会社を上から順に、全部電話していくわけです。なぜ新人がまず電話会社に行かされたのか、ここで納得ですよね。

 日々雑用に追われ、終電で帰宅するような毎日を過ごしながらも、自分の作品を持ってパリ・コレクションへ出向いたときの喜びは忘れられません。実際は準備に追われて意識ももうろうとしていて、細かいことは覚えていないのですが(笑)。

 4年ほどそのブランドで経験を積み、独立したのが25歳の頃。その後はフリーランスのデザイナーとして、建築家へのファブリック提案やプロダクトデザインなど、服以外の分野でもさまざまなデザインを担当しました。ジャンルにとらわれずに伸び伸びと仕事ができたいい時期でしたね。

ロングセラーのレディース用トップスは「and wander」を象徴するモデル。裾を絞ることで、ふんわりとしたシルエットを出せ、広くとられた襟ぐりは首周りをすっきり、きれいに見せてくれる。もちろん、素材は汗をかいても体が冷えない速乾素材


ロングセラーのレディース用トップスは「and wander」を象徴するモデル。裾を絞ることで、ふんわりとしたシルエットを出せ、広くとられた襟ぐりは首周りをすっきり、きれいに見せてくれる。もちろん、素材は汗をかいても体が冷えない速乾素材

 転機が訪れたのは32歳。同じコレクションブランドで働いていた同僚が自分のブランドを立ち上げるということで、一緒にやらないかと誘いを受けました。それが今展開している「and wander」です。

 ばりばりのモードファッション出身のデザイナーふたり。なぜアウトドアブランドを始めたかというと、当たり前ですがふたりとも自然の中で遊ぶことが大好きだから。

 ブランドを立ち上げる前から一緒に登山やキャンプに出かけていたのですが、アウトドアの遊びを始めて感動したのは、アウトドアで使うテントや調理器具など、あらゆる道具類が機能的にもデザイン的にもものすごく洗練されているということ。

 不便な場所で使うものですし、重さも大きさも極限までそぎ落とさなければならないという条件の中で作られた道具って、なんというかもう「機能美の塊」なんですね。無駄がなくて美しくて、当然、機能もちゃんと備わっている。

 でもそれに対してウェア類はデザインより、機能だけが優先されているものが多くて。正直言ってしまうと、着たいと思えるウェアがなかったんですね。それならばもう自分たちで作ってしまおうと。

 自分たちのアウトドア遊びにフィットする機能を考えたうえで、そこからデザインやシルエットを起こせば、アウトドアウェアにもまだまだ提案できる余地があるんじゃないかと。それが「and wander」の出発点でした。

関係各所との連絡など、パソコンの前に座る時間は長い。「新人時代と変わらず、服の材料を探したり集めたりするのも地道な作業ですから、根気が大事(笑)。ネットがある分、楽になりましたけどね…」


関係各所との連絡など、パソコンの前に座る時間は長い。「新人時代と変わらず、服の材料を探したり集めたりするのも地道な作業ですから、根気が大事(笑)。ネットがある分、楽になりましたけどね…」

 試作をする中で苦労したのは、いかに機能とデザインを両立させるかということ。アウトドアウェアというのは雨や風から体を守るという最優先課題がある服。街で着る服の感覚でデザインやカッティングをしてしまうと、動きにくくなるなど、機能的に不具合が出てしまうこともあります。

 安全・快適に登山をするための機能を邪魔せず、納得のいくデザインに仕上げるという着地点を探すのがすごく難しくて、試作をしては実際にそれを着て山を歩いたりと、テストにテストを重ねる日々でした。

 ブランドをやっていて一番うれしいことですか? アウトドアとは無縁だった人が、「『and wander』の服を好きになって、キャンプや山に行くようになりました」と言ってくれることですね。

 実際お客様の中には、町着として服を買って、「これ、アウトドアでも使えるの?」なんて言って外遊びを始められる方もいます。

 そんなふうに、服をきっかけにして「身近に自然があるんだ」ということを知ってもらえたらいいなというのは、ブランドを始めて以来ずっと変わらず持ちつづけている気持ちです。

 前に「ファッションは時代を映す鏡のようなもの」とお話ししましたが、同時にファッションは、どんなメッセージでも乗せて伝えられる媒体だとも思うんです。

オフィスにはファッション関係の本と並んで山岳関係や植物図鑑なども並ぶ。「植物の形や色からデザインのインスピレーションを得ることは多々あります。なんといっても自然の中で着る服なので」


オフィスにはファッション関係の本と並んで山岳関係や植物図鑑なども並ぶ。「植物の形や色からデザインのインスピレーションを得ることは多々あります。なんといっても自然の中で着る服なので」

 たとえばあるブランドは、フェアトレードの素材を使って服を作り、世界の貧困国の実情を訴えています。毛皮を使わないことを掲げて動物愛護を訴えるブランドもありますよね。社会派のものでも、そうでないものでもなんでもアリで、どこまでも自由。こんな媒体はそうそうありません。

 だとしたら私は、自分が好きな自然という世界についてメッセージを伝えていきたい。自分の周りに自然があることを知って、野や山を歩いてみて、好きになってもらいたい。その体験を通して、実感として自然の大切さや今起きている問題を感じてほしいなと思うんです。

 人間って不思議なもので、「ゴミを捨ててはいけません!」と言われても、なかなか言うことを聞けないんですよね。でも山を歩いてみるとすごくよくわかるんです。

 自分が歩いている道の脇にある川。そこにゴミを捨てたらどうなるか。下流に暮らしている人たちが使う水が汚れてしまう。私たちだって山を下りたらそこへ帰っていくわけですから、そう考えたら絶対に捨てられないんです。

 ゴミにせよ環境問題にせよ、そういうことを考える上で大切なのは「一歩向こう側の世界を想像すること」だと常々思うんですけど、都市に住んでいると、それがなかなか難しいですよね。何がどこへつながっているか、複雑すぎてよくわからないから。

◎仕事の必需品<br>「材料の発注やパタンナーとの打ち合わせなど、デザイナーの仕事はスケジュールが命。1日を時間軸に分けて書き込める大きめのスケジュール帳が必須です。思いついたときにデザイン画を書けるよう、筆記用具は鉛筆で」


◎仕事の必需品
「材料の発注やパタンナーとの打ち合わせなど、デザイナーの仕事はスケジュールが命。1日を時間軸に分けて書き込める大きめのスケジュール帳が必須です。思いついたときにデザイン画を書けるよう、筆記用具は鉛筆で」

 でもひとたび自然の中に入ると、自分と何がどうつながっているか、格段に想像しやすくなります。山があって、川があって、森があって、それが街へつながっている。そこを自分の足で歩いていくわけですから、いやでもわかります。

 誰かから聞いた知識じゃなくて、自分の経験や感覚から社会とのつながりを知ると、見えるものが変わってくるし、その積み重ねがあれば、世界はもっと豊かになるはず。その手始めとして、自然の中に入ってみない? それが服に乗せて伝えたいと思う、私なりのメッセージ。アウトドアブランドにこだわるのも、その思いがあるからです。

 東京で忙しく働く人たちが週に1度、休みをとって山やキャンプに行く。それはけっして気軽なことではないと思います。そんなときにお気に入りのアウトドアウェアがあったら。もしかしたら少しだけ、自然を近く感じられるかもしれません。

 都市で暮らす人と自然をつなぐこと。それがデザイナーとしての目下の目標で、きっと永遠のテーマなんだと思います。

■and wander

PROFILE

  • 小林百合子

    編集者
    1980年兵庫県生まれ。出版社勤務を経て独立。山岳や自然、動物、旅などにまつわる雑誌、書籍の編集を多く手がける。女性クリエイター8人から成る山登りと本づくりユニット〈ホシガラス山岳会〉発起人。著書に『最高の山ごはん』(パイ・インターナショナル)、『いきもの人生相談室』(山と溪谷社)、野川かさねとの共著に『山と山小屋』(平凡社)など。

  • 野川かさね(写真)

    写真家
    1977年神奈川県生まれ。山や自然の写真を中心に作品を発表する。クリエイティブユニット〈kvina〉、自然・アウトドアをテーマにした出版・イベントユニット〈noyama〉の一員としても活動する。作品集に『Above Below』(Gottlund Verlag)『with THE MOUNTAIN』(wood/water records)、著書に『山と写真』(実業之日本社)など。
    http://kasanenogawa.net/

日本航空のグランドスタッフ:佐藤奈美子さん(37歳)

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ドライビングインストラクター:篠原美雪さん(23歳)

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