鎌倉から、ものがたり。

40種以上の中国茶と、朝のおかゆ「天藍」

 鎌倉・御成通り。前回に紹介した「祖餐(そさん)」の1階に、中国茶館「天藍(てんらん)」がある。オーナーの杉山幸代さん(53)が、「祖餐」開店と同じ2015年にオープンした。

 生成り和紙のメニューを開くと、緑茶、白茶、花茶、青茶、岩茶、紅茶、黒茶と、カテゴリーごとに、さまざまなお茶の名前が記されている。その数、40種類以上。初心者はとても選べない……ということで、杉山さんに案内を乞う。

 「初めていらした方には、入門編として、香りよく、飲みやすいお茶をおすすめしています。たとえば白茶の『古樹銀針』、花茶の『茉莉龍珠』、青茶の『凍頂烏龍』『東方美人』などは、どなたにも喜ばれますね」

 チャレンジ心のある人には、金花菌で発酵させた茯磚茶(ぶくせんちゃ)や千両茶、あるいは青いミカンに黒茶を詰めた「小青柑」など、珍しい種類もおすすめだ。

 茶盤の上に道具を並べ、杉山さんが手ずから淹(い)れてくれるお茶は、もちろん中国式。最初に茶葉の説明を受けた後、茶壺(ちゃふ=急須)や蓋椀(がいわん=フタの付いた茶碗)で淹れたお茶を、茶海というピッチャーに移し、それを茶盃(ちゃはい)でいただく。茶盃は手のひらにおさまるほどの小ささだが、盃の中のお茶は3回に分けて飲み干すと、おいしく味わえるという。

 中国茶は茶壺に何度もお湯をさすことで、一煎めだけでなく、二煎、三煎、四煎、五煎……と、繰り返しおいしくいただける。そのせいか、おしゃべりの弾むこと。

母の介護に一区切り、メニューも増えた

 神奈川県で育った杉山さんは、長く運送会社で事務職を務めてきた。ある時、仕事の合間に知人の店を手伝う機会があった。そのことを機に、自分の店を持つ気持ちが芽ばえ、以前から興味のあった中国茶の世界に足を踏み出した。

 横浜中華街にある中国茶館に転職し、そこで働きながら、中国茶のインストラクター資格を取得。台湾、中国にもひんぱんに足を運び、この道にどんどんとハマっていった。

 「同じ産地でも、茶葉の種類や製造工程、それぞれの作り手によって、味はすべて変わっていきます。それを追求することが面白くて、やめられなくなりました。この店も私も、まだまだ変化の途上です」 

 1500年以上も前に、中国大陸で栽培がはじめられたというお茶は、シルクロードを経由して、世界各地に伝播(でんぱ)した。ひとつの茶葉の背後に広がる、人類の雄大な歴史と時間。ひとつ知ると、さらにいくつもの扉が開かれて、道は深く、果てがない。

 天藍の営業時間は、朝8時30分から夜6時まで。メインは中国茶であるが、午後2時までは、「おかゆ」「水餃子」「中華おこわ」といった食事も楽しむことができる。

 「実は、お店をはじめたときに、母の介護がはじまって、当初は午後から開けることが精いっぱいでした。昨年、介護に一区切りがついて、やっと朝営業ができるようになり、1年たった今年の12月に、おかゆなどのメニューを増やせるまでになりました。本来やりたかったことが、ようやくできるようになったところなんです」

 そんな思いがあるからだろう。「お客さまには、何煎でもお茶が出る限り、長居をしていただければと思います。お茶とは本来、ゆっくりと喫するものですから」。杉山さんはそう、おっとりと話す。

 何かとあわただしい年の暮れに、中国茶の香りで心がほぐされていく。

天藍(てんらん)
神奈川県鎌倉市御成町2-9

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PROFILE

  • 清野由美

    ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

  • 猪俣博史(写真)

    1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

鎌倉を、あじわう。(4)

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