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専門料理書を超える料理書『傳 進化するトーキョー日本料理』

撮影/馬場磨貴

撮影/馬場磨貴

「日本料理を新しい世代のものにしたい、と思っています」

神宮前で日本料理店「傳」を営む料理人の長谷川在佑さんは、著書『傳(でん) 進化するトーキョー日本料理』の冒頭でこう述べている。自分が、新しい時代の日本料理を創造するとか、自分が日本料理を刷新するとかいうのではなく、「日本料理」を「新しい世代のものに」したい、と。

長谷川さんの料理への向き合い方と個々の料理の説明が日英2カ国語で記されている同書は、『専門料理』でもおなじみの天方晴子さんの精緻(せいち)な写真の魅力もあって、国内外から来店する幅広い層に好評だ。

当店で特にお薦めしている理由は、料理人や料理の上級者にとっての実用性やアートブックとしての存在感に加え、この本が著者を始めとした作り手たちの料理や日本文化についてのメッセージ性を色濃く反映したものであるからだ。

お造りからデザートまで

「日本はすごい」とか「日本人はすごい」とかいう言説(とさえいえないようなものまで)が、客観的な視点の介在なしに、ネット上で複製され拡散されるなかで、長谷川さんは、日本の料理のすごさを、新しい世代(クラシックな料亭や割烹に近づき難さを感じている若い世代や海外の食通たち)にも分かるように、料理と言葉で細やかに説明する。

例えば、「お造りから、醤油(しょうゆ)をなくす」ことで醤油の付け方に慣れない客にもおいしさを最大限に引き出した刺し身を提供する、サンマの肝のうまみを海外の人にも分かるソースにして身に合わせるなど、この本で紹介される料理に通底するのは、日本料理の技術と素材の味わいを保ちながら追求される分かりやすさだ。

自然の恵みを組み合わせて作られる料理は、当然のように自然を参照し自然を模すこともある。歴史的な積み重ねやモードもある料理は、過去の料理や別の料理について自己言及的に語ることもある(本書、「傳」の料理で言えば「デンタッキー」というフライドチキンを模した手羽先餃子などがそれだ)。

また、ちょっと高いレストランなどに行くと、定番料理の再構築などということもごく普通に行われるようになっている。料理自体がメディアであり、何かを語り得るものとなっているのだが、そうした自己言及や再構築などは、共通の文化的バックグラウンド、食についての共通言語にベースがなければ楽しむことができない。

長谷川さんの料理は、伝統的な形式を守り続ける職人から邪道と言われるかもしれない。だが、それは、より分かりやすい共通言語に軸を置くことで、日本料理をより多くの人のものにするためなのだろう。長谷川さんは、料理で、凡百の「日本すごい論」を軽く凌駕(りょうが)する。

この本『傳 進化するトーキョー日本料理』自体も、読み手を、これまでの専門料理書の読者に限定することがない。

(文・後藤奈岐)


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