東京の台所

<161>暮らしをサイズダウンした人のすっきりルール

〈住人プロフィール〉
会社役員(女性)・56歳、
賃貸マンション・2LDK・東急東横線 田園調布駅(大田区)
築年数48年・入居1年・長男(21歳)とのふたり暮らし

    ◇

いつも誰かのケアをしながら仕事と家事を両立

 36年前、美術短大を卒業し、内装インテリア関係の会社に就職した。働きだしてすぐ気づいた。当時の内装の世界は男性が中心になりがちで、女性はアシスタント止まり。どんなに頑張っても先が見えている。
 「女でも、たとえば社長みたいに、努力すれば“長”がつく仕事につける。そういう仕事をしたいと思いました。服が好きだったこともあり、ファッションの世界はどうだろう? と思ったのです」

 22歳で自主退職。ファッションデザインの会社に転職し、広報、企画を歴任する。
 「DCブランドのブーム到来で、尊敬できる女性の先輩がたがたくさん活躍していて、会社もどんどん大きくなる時期でした。年に2回のファッションショーと展示会に追われましたがやりがいもあり、あっという間に過ぎてゆきました」

 34歳で結婚。翌年、長男を出産。生後2カ月から保育園に預けて働き、48歳で服飾の企画デザイナーとして独立。自宅に作業場をつくり服飾雑貨の製作と販売を手がけながら子育てと仕事を両立させる。
 41歳。人生観など価値観の違いと、夫による多額の借金が理由で離婚。シングルマザーとして、さらに多忙な日々が続く。東日本大震災では、東北の仮設団地で2年間縫い物を教えるボランティアもこなした。
 途中、長男の不登校があり、心痛み眠れぬ日々が4年間続いたが、その彼もそののち元気に高校に通いだした。

 46歳。そろそろ自分のために24時間を使えるかなと思い始めた矢先、若くして夫に先立たれた妹が、介護の必要な病気にかかる。妹の娘とともに家に呼び寄せ、ふたりの面倒を見ることになった。

 駆け足での住人のこれまでを追いかけたがつまり彼女は、仕事をしながら、つねに誰かのケアをする生活が今も続いているのである。

 妹は小康を取り戻したため、3年間の同居を経て現在は、近所で暮らしている。だが、完全に回復はしていないので、平日は、仕事をしながら妹の住まいと自分の住まいの家事と食事の用意をして届けている。
 寝る間もなさそうな忙しさだが、台所はすみずみまでピカピカに磨かれていて、リビングダイニングもスッキリ清潔。台所の引き出しはどこを開けても、きちんと整頓されていて、モノが気持ちよく収まっている。

 けしてモノが少ないわけでもない。必要なモノはちゃんとある。
 ハンドクリームは水仕事をする台所の小さなかごの中に。観葉植物用の霧吹きはキッチンカウンターの端の手に取りやすい定位置に。
 食器洗い用スポンジが真っ白なので「汚れないか」と尋ねたら、
 「狭い空間でいろんな色を使うと、台所がごちゃごちゃするので、スポンジは無印良品の白と決めています。汚れたらこまめに買い替える。調味料や洗剤のラベルはうるさいのではがすか、詰め替えて使います」ときっぱり。
  忙しくても家すっきりのマイルールがいろいろありそうで、思わず身を乗り出した。

「ご自由にお持ちください」

 妹家族との同居を解消後、彼女は一軒家から引っ越した。新しい住まいは約半分の広さのマンションである。
 「妹の病気や、東日本大震災での2年間のボランティアを体験するなかで、自然に、モノへの執着を手放したくなったのです。ファッションの仕事をしているので、美しいデザインや機能美を備えたモノなど、もともとモノは好き。でもモノを持つと、もっとモノが欲しくなる。だんだんモノにおしつぶされそうな気持ちになって、引っ越しを機にもう持つのをやめようと思ったのです」

 大事にしてきたモノを、ゴミにするのはせつない。だから、家の前に「ご自由にお持ちください」となんでも置いた。
 「器、観葉植物、洋服、チェスト、最後は布作品まで。ごみになるのではなく、誰かの家で大事に使ってもらえたらそれが一番うれしいかなと。作品は“もうありませんか?”と、玄関ドアをノックして、尋ねてこられる方もいました」

 家の前に出したものは、毎日次々とキレイになくなった。
 「廃番などの理由で業者さんからいただいた服飾の資材も随分と放出しました。もらったものって、不思議とうまく使えないものなんですね。ファスナーひとつも、欲しいサイズでなければ無用の長物になる。本当に必要なものって、自分で仕入れなきゃいけないんだってわかりました」

 最近、妹の住まいを片付けに行った。病気のこともあるが、モノが捨てられない性格の妹の家は、片付けが行き届いておらずどっと疲れたらしい。
 「二人暮らしに不相応なほどの大きな冷蔵庫。10キロサイズの洗濯機。そう、昔から妹は大きなモノが好きだったなあと。大きなハコがあると、どんどん入るから片付けをこまめにしなくてもすんでしまう。すると死蔵品も増えるし、結局モノだらけになっちゃうんだなあと、改めて気づきました」

 自分は仕事もしているので、常に時間がない。だからまとめて掃除や片づけをするというより、風呂は出る時に掃除を済ませ、食事は終わったらすぐ片付けるようにしている。
 「いちいち掃除の日として、設けられないんです。だから使った端から掃除するしかない。私は器が好きなんですが、息子もいつか自立するし、かつてのように人を大勢呼ぶようなことも減るでしょう。だから大皿もほとんど処分しました。器も小さくて十分。これからは生活を小さくしていかないと。大きなバッグもいらない、小さなバッグひとつで十分だなと人に差し上げてしまいました」

 化粧品、洗剤、調味料。ストックは持たない。定位置を決め、そこ以外に置かない。どこに何があるか見渡せるようにして、死蔵品を作らない。台所で使う色は少しでも広く見えるよう、白と黒と決め、家電は黒で統一。そのかわり、あちこちに置かれた趣味の観葉植物の緑が、モノトーンで冷たくなりがちな生活空間に彩りを添えている。

 家事の時短のため、ダスキンサービスや掃除ロボットを活用。
 「仕事から帰宅して、散らかった部屋を見るとイライラしますよね。モノを減らせば掃除も楽ですし、けっきょく、自分のイライラ防止のためにやっているのかもしれません」

 暮らしをサイズダウンしたことで、身も心も軽くなった模様。
 断捨離やシンプルライフというのとはまた違ったベクトルで、彼女は居心地の良い空間を追求している。人生の後半を歩き出した人の台所は、人はモノを持って死ねない、ということを指し示しているようにも見える。

 ところで妹家との往復は今後も続く。どこで息を抜いているのかという問いには「ヨガです」とのこと。片づけ方や持ち方だけでなく、自分のなだめ方も知っているので、私はなんだか少しほっとしたのである。

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PROFILE

大平一枝

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。■レンズ協力:SIGMA ART|18-35mm F1.8 DC HSM、SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO HSM/
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<160>休職友だちが手に入れた、小さくとも快適な家

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