鎌倉から、ものがたり。

禅寺のまち、ナンバーで呼ぶケーキ。「OKASHI 0467」(前編)

 白漆喰(しっくい)の壁が直線を描く2階家の上に、昔ながらの瓦屋根。新旧の調和の妙が、由緒ある老舗が残る界隈(かいわい)でも、ひときわ目を引く。
 古い建物に今の感覚を注ぎ、新しい価値を出現させる――店舗リノベーションは、今でこそ時流に乗っているが、13年前の鎌倉で、いち早くその価値を示したのが、由比ヶ浜通りにある洋菓子店、「OKASHI 0467」だった。
 前身は築70年がたっていた骨董店。1階が店舗、奥と2階が住まいという典型的な商家建築は、同店のオーナーであり、内装デザイナーでもある加藤圭吾さん(49)が、今によみがえらせた。
 そんな店の入り口は、ガラスと鉄でできた”引き戸”。店内に入ると、こうばしいバターの香りの中に、現代アートの作品のようなお菓子が並んでいる。
 同店を象徴するのは、ナンバリングされた細長いケーキたちだ。「NO.4」は、ビターショコラと黒こしょうと塩。「NO.5」は、ピスタチオとミルクショコラ。「NO.7」は、フレッシュライムとフランボワーズ……と、小さなプレートには、無機的な数字とともに、想像力を刺激する材料が。
 たとえば「NO.4」を口にすると、上質でリッチなチョコレートの味わいの後に、黒こしょうのスパイシーな香りがふわっと抜けていく。その新鮮な驚き。シンプルな形ゆえに、吟味された素材と、デリケートなバランスが際立つのだ。
 目の前の小さなケーキは、シャープで研ぎ澄まされた感覚で、店の空間と響き合う。
「鎌倉は、長い歴史、豊かな自然、都会的な感覚と、いろいろな要素を持った土地。その一方で、文化のベースに禅寺の存在があります。この店をつくるときは、鎌倉が持つ要素をデコラティブに足していくのではなく、禅のようにそぎ落とした表現が似合うと考えました」
 加藤さんは、そのように話す。
 看板商品のケーキをナンバーで呼ぶのはその一環だ。店名を鎌倉の市外局番にしたことも、数字の持つ普遍性を意識したから。
 加藤さんは1990年代から、東京を中心に数多くの飲食店や物販店舗の設計・施工にかかわってきた。仕事をしながら強く感じたのは、「店はハードをつくって終わりじゃない」ということ。
「料理、食器、音楽、スタッフ、そしてそこにいるお客さますべてが調和して、はじめて空間は息づく。それは仕事をしていく中で感じていました」
 しかし、必ずしもその思いが届かない例を目にして、違和感を覚えることも多かった。思いは、圭吾さんと同じく内装デザインの仕事をしていた、妻の裕英さんとも共通していた。「いつかは自分たちの店で」と、2003年に鎌倉・西御門にある古い日本家屋を舞台に、カフェレストラン「0467」をオープン。そこで裕英さんが担当したデザートが評判になり、2年後の2005年に、お菓子に特化した店を、2号店として現在の場所に開いた。
 コンクリートや木材、鉄など、硬い素材を使う内装デザインと、粉、バター、卵など柔らかい素材を使うケーキづくり。一見、対極にあるふたつの世界だが、どちらも高度な構築力が求められる点で一致する。こうして、鎌倉ならではの特別な洋菓子店が、由比ヶ浜通りに誕生したのである。

後編につづく:2月9日公開予定です)

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PROFILE

  • 清野由美

    ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。在学中、英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

  • 猪俣博史(写真)

    1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

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由比ガ浜通りに浮かぶ茶室「OKASHI 0467」(後編)

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