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「あの時、ああしていれば」と思う人へ。『森へ行きましょう』

撮影/馬場磨貴

撮影/馬場磨貴

人からオススメの映画をきかれた時によく『バタフライ・エフェクト』という映画を薦める。今まで自分が見てきた映画の歴代ベスト10とまでは言わないが、15位ぐらいまでには入るぐらい好きだ。今まで見てきた千本以上の中の15位以内だから、かなり気に入っているのは確かだ。そして見た人に感想を聞くと、十中八九、良い感想が返ってくる、まず間違いのない映画である。

この映画の最大の魅力は、なんといっても主人公が過去に戻って何度も人生の選択をやり直し、それにより未来が変わっていくのを見ている側も追体験できるところにある。

人生の中で「あの時ああしていれば」と思ったことは誰でも一度か二度はあるのではないだろうか。進学、就職、結婚といったそれぞれの岐路に立った時に他の選択肢が一切なかったという人はまずいないわけで、なぜなら何かを“する”選択をした時点で必ず“しない”というもうひとつの選択肢が生まれるからだ。つまり人は生まれてきた時点から、必ず何かしらの選択を強いられているのである。

人は、日々の選択の積み重ねの上に

今回紹介する川上弘美の『森へ行きましょう』もまさに人生の選択をテーマにした本だ。 主人公は「留津」と「ルツ」という同じ名前のふたり。このふたりはまさに互いの分身で、同じ生年月日に同じ親から生まれているものの、決して交わることのないパラレルワールドに生きている。

家族構成もまったく同じだし、途中で出てくる登場人物も同じ。しかし話が進むうちにところどころに違いが現れてくる。それはそれぞれの留津(ルツ)がその時々で取る選択によって生じる変化だ。

そして最初小さかった違いは、歳を重ねていくうちにどんどん大きくなって、次第に彼女たちの人生はくっきりと枝分かれしていくことになる。しまいには留津の人生に、「瑠都」「流津」「るつ」「瑠通」「る津」といった同じ名前の女性たちの人生が交差していく。

しかしこの小説にはタイムスリップもないし、人生をやり直す術も出てこない。この小説はふたりの選択を最初から交互に読み進めることにより、「あの時ああしていれば」の「ああ」の時点が読みながらにしてわかるだけだ。しかしそれは読者にしか見えない視点であり、主人公の留津たちは、ただただ前に向かって人生を進んでいくしかないのである。

ウディ・アレンの映画『ウディ・アレンの重罪と軽罪』(これも素晴らしい映画!) の中に、「選択こそがその人物の総決算なのです」という含蓄のあるせりふが出てくるが、この小説を読んでいるとまさにその通りなのだと実感する。人はいきなり何かになれるわけではなく、日々の選択の積み重ねの上にできあがっている。

それがどのぐらいの違いを生むのかは誰にもわからないが、この本を“読んだ”時点で、既に“読んでいない”世界とは別の世界が始まっていくのである。そしてこの本を“読んだ”人生の方を自分は全面的に肯定したい。

(文・松本泰尭)

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松本泰尭(まつもと・やすたか)

人文コンシェルジュ。大学卒業後、広告代理店などメディア業界で働いたのち、本の仕事に憧れて転職。得意分野は海外文学。また大のメジャーリーグ好き。好きな選手はバスター・ポージー。

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