野村友里×UA 暮らしの音

野村友里さん、UAさん、ソウルメイトの2人が往復書簡をはじめた理由(後編)

野村友里さん(左)とUAさん<br>撮影/山田秀隆


野村友里さん(左)とUAさん
撮影/山田秀隆

フードディレクターの野村友里さんと、現在、カナダの島で暮らす歌手のUAさんの往復書簡『暮らしの音~海の向こう側とこちら側~』。ここ数カ月、手紙という手段を通してお互いの言葉に向き合っている2人が、昨年末に野村さんプロデュースのライブパフォーマンス『食の鼓動-inner eatrip』での共演を経て、あらためて感じたことや、伝えたい思い。(文・川口美保)

(前編から続く)

感じて、心から動くことが必要だと思った

――今回、UAさんは野村さんプロデュースの『食の鼓動』に出演されたわけですが、そもそも、野村さんがこのライブをやってみようと思った経緯は?

野村 いいものをいいと思う感じ方とか、そういうもののつながりを持たないと、自分も世の中も息苦しいと思ったことがきっかけでした。結局は人。いいものをいいと思える人たちが横で手をつないでいったら、力になる。そう思った時に、やっぱりライブがいいと思ったんです。今、「これがいいだろ、これがいいだろ」って、発信する側から受け手に向けての一方的なベクトルばかりで、人それぞれの中から沸き上がるものがいつのまにか少なくなっているでしょ。しかも今は頭で処理してしまうことが多いから、「感じて、心から動く」ということが必要だなというのを感じていたんです。

――実際、ライブを観せていただきましたが、ステージの演出や出演者のパフォーマンスを観るだけでなく、音、光、匂い、気配、言葉の重なりから、参加したすべての人たちの内側から「生の瞬間」が沸き上がるような、そんな体験ができた素晴らしい時間でした。

野村 波動なんですよね。食べ物も音も。その波動がこの3日間で、一方的ではなく、行ったり来たりしたからこそ、すごくいい時間になったと思うんです。最初、ライブイベントをやる、というと、「何見せてくれるの?」と言ってくる人もいたんですよ。でも私は、いや、一方的に見せるわけではないですよ、と思っていました。なんでいつも「もらおう」と思うの?ってね。与えてもらう、という発想だと、何をやっても満たされないままなんです。

――今、そこで起きることを共有して、ともにつくり出す「ライブ」という形式にしたのも、そうでしか伝えられないことがある、と思ったからですね。

野村 やっぱり「音」というのは、皮膚を通して、食以外で身体の中に入るものだし、今回のライブのために言葉を書いてくれた医学博士の稲葉敏郎先生が言うように、「物質的な食」ではなく、「心の食」がないと、本当に寂しいものになっていくと思うんです。じゃあそれをどうやってキャッチできるのかが、豊かさにもつながっていくと思う。そのためには心を開いて、素直にならないと何も受け入れられなくなってしまう。それは今回の出演者みんなで話していたことですね。もっと裸にならないと、新しいものも入ってこないし、それが「隙間」ということかもしれないけれど、そこでの出会いや挑戦を、みんなで体験できる機会になったらいいなと思ったんです。

野村友里さんが企画・演出した3夜連続のライブパフォーマンス「食の鼓動-inner eatrip」<br>(2017年12月28~30日、東京・南青山 スパイラル)


野村友里さんが企画・演出した3夜連続のライブパフォーマンス「食の鼓動-inner eatrip」
(2017年12月28~30日、東京・南青山 スパイラル)

第2夜は、UAさんが出演(撮影/高橋ヨーコ)


第2夜は、UAさんが出演(撮影/高橋ヨーコ)

脱がないとその先には行けない

――ライブのリハーサルも少し見学させていただきましたが、野村さんはUAさんのことを「生物代表」だと言っていましたよね。それはどういう意味だったのですか?

野村 私の中で、うーこは動物っぽいんです。要求にも素直だし、さっき「見過ごせない」と言っていたけど、自分の感情も見過ごさない感じがして。それと、実際に4人のお母さんだからということではなくて、ずっと「母星になりたい」って言ってたんだよね。その考え方と行動がどんどん一致している気がしたからだけど、そういう人の声が響くといいと思ったんです。生み出すというか。

――なるほど。

野村 ライブの最初は、自我を捨てて、みんな牛になったり鳥になったりするイメージだったんです。ステージでは録ってきた動物の鳴き声を響かせましたが、本当は実際に動物を中に入れたかったんですよ。動物の存在ってすごいでしょ。感覚も研ぎ澄まされていて、欲求に正直だし、人にこびることない。だからみんな動物に惹(ひ)かれるところもあると思う。実はこのライブ、裏コンセプトでは「パンツを下ろす会」と言っていたんです(笑)。脱がないとその先に行けないっていうことなんだけど、頭で考えるのではなく、そういう時も必要だなと思って。

UA 今回の出演ミュージシャンはそれぞれみんな知っているんだけど、リハーサルの時に初めてみんなで輪になった時に、「自分」ということよりも、媒介であることの喜びを知っているような人たちが集まっているんだと感じた。全員そうだったね。「自分じゃない」ということ。

野村 そうだね。

「私」が「私たちになる」という意味

UA そもそも「食」ってそうじゃない? それによって「私」ができている。食することによって生きている。じゃあ、この「鹿」が「私になる」、とかさ。「私」というのはすべてによって生かされていて、全体で「私」なんだよね。「個」が「私」じゃない。本当に大きな「私」。稲葉先生が書いた詩には「私たち」とあったけれど、「私」が「私たちになる」、というその瞬間。それを感じるために生まれてきてるよね。きっとね。

野村 みんなでつくりあげる瞬間ってこういうことだよね、という実感や、誰しもが生まれて死ぬ、ということを含めて「私たち」というのがある。今回観に来てくれた人の中に、「今、何をやるかわかることが多いから、わからないことを体験しにいく」という人がいたんだけど、わからないゾーンというのに惹かれている人は多いのかもしれない。

UA 無意識的に、「私が」と呼んでいる自我を壊したいっていう欲求があるんだろうね。「私が」知っているんじゃないものを見たいというか。でも、それは決して新しいものというよりは、むしろ、普遍的な、根源的なこと。そういうものが遠のいているからね。情報のせいで。

野村 今回出演してくれた人たちもだいたいみんな40代前後なんだけど、何が普遍的なんだろう?とか、本質とは何だろう?という話になって、年齢的にも人生の後半となってこれから自分が残していく側になっていて、何をすべきかを考えている人が多い。そういう中、きっと、「食」というテーマはすべてに当てはまると思ったの。

――「時間」というテーマの手紙の中で、UAさんはこう書いていますね。「シアワセって、もっと自然に、死と向き合いながら歩んでいけるときに、“死合わせ”っていう裏の意味があるのじゃないか」と。死を知ることはどう生きるかにつながるし、それが命をいただくという食にもつながるんだろうなと思います。

UA そうだね。だから一度はみんな、牛や豚をさばいてみると、本当にお肉を見直せるよね。

野村 正しい摂理だとすべてありがたく食べることができるし、自然じゃないと汚いとか食べたくないとかなっちゃうし、すごくわかりやすいの。

――生と死に向き合うことで言えば、誰もが循環して還るんだということを、もう一度、この時代に知っておきたいというか、もっともっと感じたいなと、このライブを観て改めて思わされました。

野村 今回のステージをつくるために、何度も北海道・根室に足を運んだのだけど、根室に行くと、動物の死骸がいっぱいあるのね。でも、それすらもよくて、このまま時間が経つと朽ちていくんだな、でも朽ちていくのも悪くないなと思える。そうやって死んでいくことさえも、自然の流れの一部だということを知れば、怖いことなどは少しもない。根室に惹かれている人が多いのも、そういうところにあると思う。

どんな時も、笑うことで、風向きが変わる

――今回、お二人の往復書簡を掲載している「&w」が5周年ということもあり、「わたしに還る」というテーマを掲げていますが、「私」「還る」という言葉は、これまでのお話につながりますね。

UA 「かえる」という漢字はいくつかあって、GO HOMEの「帰る」、RETURNの「還る」、BORNの「孵る」とかがあるけど、BORNのほうの「孵る」だったらいいなと思う。
野村 REBORNの意味でもあるよね。

UA みんな、本当の自分に生まれることができていないのかもしれない。特に都会にいると、そう決めつけるじゃない? いろんな情報の中で、自分のことさえも決め込んでいるというか。私ってこうだから、とか、こうじゃなきゃやっていけないとか。でもそうではなくて、本当の自分が持っている可能性を知るためというのかな、完全に本当は自由なんだっていう意味での「私に孵る」。そうね、その意味だとREBORNだね。

野村 今回、『食の鼓動』の文章にも書いたけれど、生きているだけですごいんだと考えはじめると、すごくポジティブな気持ちになるというか、本当に感謝しかないと思っていて。来年、再来年と言っても生きているかわからないし、だったら今やれるうちにという思いもあるし。実は去年、いろいろ大変なことがあって、母親に「どうしたらいいのかわからない」と言ったのね。同情して泣いてくれるかと思ったら、涙どころか、「とにかく笑いなさい」と言われたの。

UA いいね。素敵なお母さんだね。

野村 もちろんとことん自分と向き合うのは必要だけど、人には笑わないとって。そしたら弟にも同じことを言われた。さすがに、この状況で笑えって?と、その時は思ったけれど、でも笑っているうちに、本当にそうだなと思ったの。

UA 本当にそうだよね。笑いの先には、ホント、エクスタシーってあるよね。

野村 何が起こったってしょうがない。それが人生なんだけど。

UA わざと笑うことってできるよね。

野村 笑っていると、確かに吹っ切れる。どんなにこれだけ大変だったと人に言っても、もちろん同情してくれる人はいるかもしれないけれど、それが解決にはならない。そうやって思ってくれた人がいるから生きられると考えたほうがいいし、生きているからできることもいっぱいあるし。悪く言うと捨て身なんだけど、良く言うとだんだん風向きが変わってくるということを感じた。泣くことも大事だし、悲しい時は悲しいでいいんだけど、いつまでもそうしてるとそういう神様が住み着いちゃって、いいことも悪くなっちゃう。だから笑うことが大事なんだなって。

UA もちろんネガティブをバンバン出しても受け止めてくれるような友だちも大事だけどね。でも、出して出して出して、結局泣きながら笑うわけよね。そう考えると、話す、Speakするって、Surrenderすることと似てるじゃない? 「話す」は「放す」って。日本語って不思議でさ、話(放)せないってつらいことだから。

野村 日本語ってすごいよね。稲葉先生が、人は死ぬ時に「息を引き取る」と言うけれど、その言葉はよくできていて、誰しもが息を吸って死ぬんだって。

UA だから「生」には吐くことが大事なんだね。吐き忘れていることが多い。情報も吸っても要らないものはどんどん吐き出していかないと。記憶もね。

心の中にもうひとつの時間を持つ

――往復書簡は続きますが、今後どんなことを書いていきたいと思っていますか?

UA そういう意味では私と友里は似ている性質だから、決めるとつまらなくなっちゃう気がする。だからその時その時で決めていくのがいい。最初の「木」と「時間」は、たまたま私がなんとなく思いついたテーマだったけど、「火」は友里からもらったもので、どっちがテーマを出すかもわからないしね。

野村 そうだね。「時間」というテーマが来た時も、「時間来たかー!」って思ったもん。

UA 早くも普遍的なとこいっちゃったからね。

野村 いつも来たなーって思って、死ぬ気で書いてる(笑)。

UA 1回で書けないよね。だけど手紙だということですごく救われてる。手紙で結論まで書くなんてないからね。

野村 でもそういう普遍的なテーマに1回焦点を当てることで、自分でも真剣に考えを巡らすことができる。それがいいのかなと。

UA 自分でも何を書くか楽しみなんだよね。

野村 うーこはカナダにいて、東京のいまの情報を知らないから、それもいいんだよね。もし東京いたら意識すると思う。あの人がああいうこと言っていたとか。

UA それはあると思う。これどうなんだろう、これどうなんだろうと思っているかもしれない。

――カナダにいることで、住んでいる森から外を見た風景をそのまま綴ってくれたりもするのもいいですよね。日本に住んでいる私たちには見ることができないものだから。星野道夫さんもアラスカでの暮らしや動物たちの姿を伝えてくれる中で、「ぼくたちが毎日を生きてる同じ瞬間、もうひとつの時間が、確実に、ゆったりと流れている。日々の暮らしの中で、心の片隅にそのことを意識できるかどうか、それは、天と地の差ほど大きい」と書いていましたが、野村さんとUAさんの東京とカナダでのやりとりは、その二つの時間を見せるということをやっている気がします。

UA それこそ5次元なんだよね。

野村 根室を舞台にしたのもそうで、今、この時間、根室では鹿が駆け巡っているという、二つの場所を表現したかったから。まさしく星野道夫さんが渋谷の交差点にいて、今、アラスカではムーの大群がいると思うだけでうれしいと感じていた、そういう同じ時間が流れている。

――それをこの往復書簡でもやれていると思います。

野村 よかった!

UA それは最高の褒め言葉だね。

    ◇

野村友里(のむら・ゆり)
フードクリエイティブチーム「eatrip」を主宰。おもてなし教室を開く母・野村紘子さんの影響を受けて、料理の道に。主な活動に、レセプションパーティーなどのケータリングフードの演出、料理教室、雑誌の連載、ラジオ番組など。2009年、初の監督作品『eatrip』を公開。12年、東京・原宿に「restaurant eatrip」をオープン。著書に『eatlip gift』『春夏秋冬 おいしい手帖』(ともにマガジンハウス)がある。 http://www.babajiji.com/

UA(うーあ)
大阪生まれ。母方の故郷は奄美大島。1995年デビュー。1996年発表のシングル「情熱」が大ヒット。2000年、ブランキー・ジェット・シティを解散した浅井健一とAJICOを結成。同年、初主演映画「水の女」(テサロニキ国際映画祭グランプリ受賞作品)公開。2016年、7年ぶりとなるオリジナルアルバム「JaPo(ヤポ)」をリリースした。また、2005年より都会を離れ、田舎で農的暮らしを実践中。現在はカナダに居住。4人の母でもある。
http://www.uauaua.jp/

川口美保(かわぐち・みほ)編集者/ライター。1995年より雑誌「SWITCH」の編集者として、数多くの特集を手がける。2014年3月沖縄へ移住。現在は、沖縄を拠点としながら、企画、編集、インタビュー、執筆を続ける。また、2015年には飲食店「CONTE(コント)」をオープンし、様々なイベントも行っている。http://conte.okinawa

  

PROFILE

  • UA

    1972年大阪生まれ。母方の故郷は奄美大島。1995年デビュー。1996年発表のシングル「情熱」が大ヒット。2000年、ブランキー・ジェット・シティを解散した浅井健一とAJICOを結成。同年、初主演映画「水の女」(テサロニキ国際映画祭グランプリ受賞作品)公開。2003年から放送されたNHK教育テレビ番組「ドレミノテレビ」に、歌のおねえさん「ううあ」としてレギュラー出演。2004年、数々の童謡・愛唱歌を集めた、ううあ名義アルバム「うたううあ」をリリース。2006年、菊地成孔とスタンダードジャズアルバム「cure jazz」をリリース。2010年、デビュー15周年企画カバーアルバム「KABA」をリリース。2016年、7年ぶりとなるオリジナルアルバム「JaPo(ヤポ)」をリリースした。また、2005年より都会を離れ、田舎で農的暮らしを実践中。現在はカナダに居住。4人の母でもある。α-STATION(FM京都)の番組「FLAG RADIO」にレギュラー出演中。

  • 野村友里

    料理人(りょうりびと)、「eatrip」を主宰。おもてなし教室を開く、母・野村紘子さんの影響を受けて料理の道に。主な活動に、レセプションパーティーなどのケータリングフードの演出、料理教室、雑誌の連載、ラジオ番組など。2009年、初の監督作品『eatrip』を公開。11年、「シェ・パニース」のシェフたちとともに、参加型の食とアートのイベント「OPEN harvest」を開催。その経験を経て日本のシェフたちとともに「nomadic kitchen」プロジェクトをスタート。12年、東京・原宿に「restaurant eatrip」をオープン。著書に『eatlip gift』『春夏秋冬 おいしい手帖』(マガジンハウス)、『Tokyo Eatrip』(講談社)、共著に『TASTY OF LIFE』(青幻舎)がある。
    http://www.babajiji.com/

野村友里さん、UAさん、ソウルメイトの2人が往復書簡をはじめた理由(前編)

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