ほんやのほん

オーボンヴュータンの熱い心。『すべてはおいしさのために』

撮影/猪俣博史

撮影/猪俣博史

日本のフランス菓子の礎を築いた一人、そしてこの本の帯の文言を借りれば、「伝説の菓子職人」。それが東京・尾山台にある「オーボンヴュータン」の河田勝彦氏だ。

「オーボンヴュータン」のお菓子にはどれも、強い力がある。それぞれに込められた思い、表現したかったことがあふれ出てくるのを目でも舌でも感じる。ゾクゾクする。「この香りのすばらしさを伝えたかったんだな」「カリッカリの食感とのバランスのおもしろさを感じて欲しいんだな」

世の中には「なんとなくおいしいもの」もたくさんあるのだろうが、私は、言いたいことが実に明確な「オーボンヴュータン」のお菓子が大好きだ。そしてこの本を読むと、なぜ彼のお菓子がそれほどまでに強く、魅力的なのかが見えてくる。

会社員だって、きっと同じだ

この本自体は、河田氏がこれまでの職人人生を振り返って語った話が中心だ。まだまだ日本にフランス菓子と呼べるものがなかった1967年に渡仏し、どんな風に苦労をしたのか、どんな出会いがあって、何を学んだのか。帰国してからお店を開き、軌道に乗せるまでどんな紆余(うよ)曲折があったのかなど、平凡とは正反対に思える人生は、一本の映画になりそうなほどおもしろい。

しかしそれ以上に、経験から形作られた、河田氏の仕事をするうえでの哲学や姿勢に、私は大きく心を揺さぶられた。

「作り手はね、食についての誰にも譲れない思い、心が熱くなる部分を持っていないといけません」
「たとえどんな小さな仕事でも、やる人はそれなりの意地を持ってやってほしい。この意地は最終的に、菓子作りを支える精神につながっていくものなんです」

「ああ、その通り」と、彼のお菓子を思い出してうなずき、ふとわが身を振り返って思わずはっとする。「今、自分は本当に熱い心や意地を持って仕事をしているだろうか」と。20代の若い同僚に「これは若いうちに絶対読むべき!」と強烈に勧めたけれど、50を過ぎた私にとっても、自分の甘さやこれからの生き方について、あらためて大いに考えさせられた。

「作り手は、気持ちが熱くないと、おいしいものはできないよね」

会社員だってきっと同じだ。すべての仕事をする人に響くものがたくさんある一冊だ。

(文・後藤奈岐)


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