明日のわたしに還る

桐野夏生さん「そのときどきの最善を尽くし、誠実に書く。それだけを変わらずにしている」

『OUT』、『柔らかな頬』、『魂萌え!』、そして新作『路上のX』 。世間の真ん中から外れたところを漂いながら必死に生きる人間の心のあり様を描くのに練達している。何気ない癖や視線のずれを記しながら、その奥に潜む少女の小さな諦めや怒りを表現する。精緻な筆さばきに、あれよあれよというまに読者は渋谷で漂流する少女たちの世界に引き込まれ、最後まで本を閉じられなくなる。
 だからか、新作ごとに「彼女の代表作」と評される。けれども桐野夏生さん自身は、周囲からの期待や作品への責任など、背負うものの重さを感じさせない飄々とした面持ちの人で、飾らず、率直にものを言う。そこが10年前に取材したときとまったく変わらなくて驚いた。
 さて、本連載のテーマは「明日のわたしに還る」である。桐野さんは、たとえば10年前と今、変わったところと変わっていないところはどこだろう。

文:大平一枝 / 写真:馬場磨貴

「小説家として生きる自信と覚悟ができたのは、ほんの6~7年前です」

 桐野さんは意外な言葉から始めた。それまでは少なからず「恥をかくのは嫌だ」という気持ちがあったという。

「できればセックスシーンは書きたくないし、どこか恥ずかしいという気持ちもありました。女性を貶めるシーンや殺人の場面は書く方に痛みも残る。あるとき、取材で、“桐野さんって残酷なんですね、かわいい女の子を3回も殺して”といわれたことがありました。あ、こう感じる人もいるのかと驚きました。でも、書いていくうちに自分を客観的に乗り越える瞬間がある。自分の表現のなかで乗り越えると、こう書けたんだという達成感があります」

 一部では知られた話だが、女性探偵・村野ミロのシリーズを自分の中で長く封印していたときがあった。ハードボイルド、ミステリーとジャンル分けされることに辟易とし、犯人探しも伏線はりもない普通の小説を書きたいと強く思ったからだ。

「25年間1度も読み返しませんでした。ミロシリーズを自分の中で、抹殺したかった。でもこの間、ちょっと読み返してみたんです。あ、そんなに悪くないじゃないって思った。こういうのもありじゃないって」

 なぜ読み返そうとおもったのか。そしてなぜ、時を隔てた今、悪くないと思えたのだろう──。桐野さんは、「それだけ私が年取ったんじゃないでしょうかね。丸くなったってことかな」と冗談めかして答えた後、まっすぐこちらに眼差しを向け、言い直した。

「小説に関して、誠意を持って向き合っています。徹底的に書いて、最善を尽くす。そのときどきの限界まで力を出し切る。そうやって書いてきたので、25年前の自分の必死さを思い出し、許せたんでしょうね。あのとき、あの年齢で書けるものを私は一生懸命やりきったのだ、と」

年齢と経験を重ねることで、孤独感が怖くなくなった

 自らのなりわいを、「愚直な仕事」と表現する。

「だってそうでしょう? 毎日パソコンに向かって、毎日毎日書く。頭も使うけれど、小説書くのってけっこう体力も必要なんです。そういう意味では疲れます。もう徹夜もできないですしね。集中力も昔ほど持たなくて、しょっちゅうキッチンに行って何かをつまんじゃうの。官能的なシーンを書けなくなっている自分がいやになりますよ。色恋に現役感がなくなっているからかしら(笑)」

 そう言う桐野さんはしかし、歳を重ねることが少しも嫌でなさそうにみえる。荒野にひとりで立ち、戦う毎日に変わりないが、年齢と経験を重ねることで、その孤独感が怖くなくなったからだ。

「昔は、ぴゅーぴゅー風が吹きすさぶ荒野に裸で立っている感じがありました。書評のきつさ、怒り。ひとりで闘う孤独感が怖かった。でも今は、怒りをパワーにしています。怒りとは私なんかに向けられるものより、世の中のもっと不当なことに対するものです。自分が女であるということも関係しているかもしれません。文学は、弱い人の側に立つものだと私は思っています。弱い人が弱いままがいや。弱いものとして片付けられることに対して、大きな怒りを感じます」

 怒りを原動力に、日頃感じるささやかな違和感や齟齬をとっかかりに、小説家としてリングに立つ。もはや孤独感さえ相棒のような……。
 底流をさまよいながらも、必死で希望を手繰り寄せていく物語の主人公の強さの理由が少しわかった気がした。

桐野夏生さん「そのときどきの最善を尽くし、誠実に書く。それだけを変わらずにしている」

 10年前の取材では、時間が破産しているかのようだった。『毎日新聞』『野性時代』など数本の連載を抱えながら、仕事場から自宅に帰ると超特急で家族の食事を作る。朝は、お嬢さんの弁当を作ってから家を出る。私の取材の後も、別の取材班が待機していた。そう告げると、「あのころはそうだったかもしれませんね」と懐かしそうに笑った。

 育児からも、小説家として大事なことを学んだらしい。

「高校生の娘から友達の話なんかを聞いていると、世代が変わろうが時代が変わろうが、人間の苦しみや悩みはそう変わらないんだなと思いました。自分が損なわれて傷つく痛み。人間存在としての悩み。そこは変わらず普遍的だと信じられた。あとはそこをどう掘り下げるか。言葉遣いだとかリアリティのもたせ方は、取材や資料でどうとでもできますから」

ずっと好きなことについて考えていられる仕事って、本当にいいと思う

 今は、娘も成人し、24時間を小説に使える。書き終えると夫と飲んだり、友達に会ったり。

「友達って大事ですね。学生時代。子どもを育てている時代。子育てを卒業して夫婦二人の時代。女はいろんな人生のステージによって友達が変わる。それでいいと思います。話すことですくわれることがある。解決しなくても愚痴るだけでも楽になれる。今は作家仲間や趣味のバレエ仲間とよく会いますよ」
 日々にオン・オフという感覚はない。つねにアンテナを張り巡らせ、頭のどこかで小説のことを考えている。

 桐野さんは、“今”を楽しみきっている。それは平たく言うと“充実”という言葉になる。それは、小説家という職業をここまで続けてこられていかがですかという、じつに大雑把な質問に対する回答からわかった。彼女は即答した。

「楽しいよ! みんな小説家になったほうがいい。オンとオフがない。ずっと好きなことについて考えていられる仕事って本当にいいと思う。いや、小説だけではありません。編集者でもバレエの先生でもなんでもそう。そういう気持ちでいられる職業って、しあわせなこと。小説家は楽しい仕事です」

 毎回力を尽くして生きてきた人しかたどり着けない境地だ。
 孤独さえバネに、荒野にひとり立つ作家のしなやかな強さに、あらためて敬服。

桐野 夏生(作家)

1951年、金沢市生まれ。93年、女性探偵ミロが活躍する「顔に降りかかる雨」で江戸川乱歩賞。98年「OUT」で日本推理作家協会賞。99年「柔らかな頬」で直木賞。2003年、一流企業に勤めながら夜は娼婦となって殺された女性を描いた「グロテスク」で泉鏡花文学賞。04年、英訳された「OUT」が日本人作家としては初めて米国のエドガー賞候補となる。同年「残虐記」で柴田錬三郎賞。08年、無人島に漂着した1人の女性と30数人の男性のサバイバルを描いた「東京島」で、谷崎潤一郎賞を受賞。11年、林芙美子を題材にした「ナニカアル」で読売文学賞小説賞。文学賞の選考委員としては、直木賞とともに、純文学系の谷崎潤一郎賞にも名を連ねている。
http://www.kirino-natsuo.com/

null
『路上のX』
こんなに叫んでも、私たちの声は届かないの?

幸せな日常を断ち切られた女子高生たち。
ネグレクト、虐待、DV、レイプ、JKビジネス。
かけがえのない魂を傷めながらも、
三人の少女はしなやかに酷薄な大人たちの世界を踏み越えていく。
最悪な現実と格闘する女子高生たちの肉声を
物語に結実させた著者の新たな代表作

『路上のX』(朝日新聞出版) 1,836円(税込み)

小川彩佳さん「わたしの立ち還る場所は、いつも心の奥底に」

トップへ戻る

寺島しのぶさん「今はけっこう、ゆだねる方が楽しい」

RECOMMENDおすすめの記事

Recommended by Outbrain