このパンがすごい!

逆転の発想が生み出す、まったく新しいパン/マツパン

リッチ食パン

■マツパン(福岡)
福岡の大人気店「パンストック」から独立して2年。偉大な師匠の技術をベースに、また別の方向性へ突っ走る。なにしろ、「ふわふわ」だとか「もちもち」だとか、そんなわかりやすい食感を求めてマツパンに行ったら、肩すかしを食う。
一番人気の「リッチ食パン」は「ふにっ」。水分の多いもっちり生地はたくさんの細かな気泡で支えられて、「ふわっ」とも「もちっ」ともつかぬ、ういろうみたいなふにふにした感触。唾液(だえき)を吸ってとろーんととろけ、正体をなくす。そのとき吐くバターの香りは甘いだけではなく、小麦のミネラル感と合わさって練乳みたいなパンチが出ている。かくかくした耳もすばらしく甘い。
なぜ、こんな不思議な食感なのか。松岡裕嗣シェフは、パンの常識のことごとく逆をいく。

リッチ食パン


リッチ食パン

「グルテン(ゴムのような働きをするタンパク質)はほとんど作っていません。こねあがった生地を瞬間冷却して、水和(小麦粉の中に水をなじませる)させます」
グルテンを作らなければパンはふくらまないのでは? 生地を冷凍させる? たくさんのはてなマークを尻目に若き理論家は話をつづける。
「焼く前に生地をだれさせて、瞬間的に温度を上げられるコンベクションオーブンで(蒸気の力で)ぽんと生地を上げます」
グルテンを作らないことでしなやかになり、凍らせて発酵が進まないことで、(酵母が小麦の甘さを食べないので)素材そのものの甘さが残る(*1)。逆転の発想がまったく新しいパンを作りあげた。

ライ麦パン


ライ麦パン

「ライ麦パン」もそうだ。ライ麦=ドイツ。本場ドイツの味そのままを誇る店が多い中、ライ麦パンはなんと和風である。例の、なんともいえない「むわん」とした歯ごたえ。白ゴマ、黒ゴマ、アマニに焙煎(ばいせん)大麦、押し麦。それらがライ麦と合わさって生まれるハーモニーは、麦茶のような、そば茶のような、和の雑穀の香ばしさだ。溶け味もぷしゅーっと爽快。食パンにあったエアリーさに代わって、しっとり感。食感も風味も水と油分に活(い)かされている。
「ゴマやアマニは油分を持ってるので、旨味(うまみ)も与えてくれるし、生地をしっとりもさせてくれます」
数々の人気パンのベースになっている。

カカオ・ド・ショコラ


カカオ・ド・ショコラ

「カカオ・ド・ショコラ」はチョコのパン。カカオ入りの生地はさほど甘くない。そこに混ぜ込まれたチョコチップがどろーんと溶けてカカオの風が駆け抜けると、口溶けのいい生地も追走するようにとろける。すると、ライ麦生地とチョコが混じり合って、足りない甘さが完成していく。

いちじくのライ麦パン


いちじくのライ麦パン

「いちじくのライ麦パン」でも不思議なことが起こる。赤ワインで煮たイチジクは甘さとともに軽やかなぶどうの香り。ときどきイチジクの種をばりばりと噛(か)むと、そこに本当にゴマの香りがある。
「ふわふわでなく、むにっというか、むちっとした食感が好き。『甘っ』というのではなく、複雑な味、おもしろい味が好きです。だから、あえて一等粉ではなく二等粉(小麦の皮目に近い部分でミネラルや雑味が豊か)を使っています」
はっきりと言葉になるわかりやすさを、マツパンはあえてはずす。塩分も少なめでとらえどころがない。だからこそ、おいしさはじわじわとやってきて、狙いに気づいたときには、大波に襲われている。

くるみバゲット


くるみバゲット

「くるみバゲット」もはっきりとした甘さではなく、小麦のふくよかさとして感じられる。噛めば噛むほど充満してくる。そこにかりかりとクルミがはじけ、香りが広がったとき、じわじわふくらんで準備していた小麦の旨味が反応して、びっくりするようなおいしさが生まれるのだ。
階段を上がると、イートインスペース。座敷でくつろいでパンを食べられる。飲み物の販売はない。では、どうするのか? すぐ近くの、焙煎の国内大会で優勝経験もあるCOFFEEMANで買ったコーヒーを持ち込むことができる(反対に、COFFEEMANにマツパンのパンを持ち込むことも可)。売るのではなく、開放することで、新しいよろこびを提供する。ここにも逆転の発想があった。
*1 マツパンのパンに総じていえるが、発酵は短いものの、老麺やサワー種など発酵生地が入っていて、発酵のフレーバーはしっかりある。

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外観


外観

■マツパン
福岡県福岡市中央区六本松4-5-23
092-406-8800
8:00~18:00(売り切れ次第終了)
月曜休み

http://matsu-pan.com/

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PROFILE

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)

http://panlabo.jugem.jp/

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