鎌倉から、ものがたり。

日曜日、カフェで、オーダーメイドの靴を作る。「Shy」

 『鎌倉から、ものがたり。』で取材する店は、形を決めつけず、その時その時に応じて変化を続けていくところが多い。その流動性の中で、自由な働き方が生まれ、コミュニティに新たな創造性が加わっていく。

 2015年4月に本欄に登場した「カフェテールベルト」も、この3年の間に少しずつ変化を遂げてきた。同年5月には、葉山にあった天然酵母ベーカリーの「カノムパン」がお引っ越しをして店頭に加わり、店名が「テールベルト&カノムパン」に。翌16年には窓から裏庭の緑が見渡せる中二階を設け、17年からは店の一画に、プランツコンシェルジュの谷本太一さんが、インテリア用グリーンショップ「Reef Leaf(リーフ・リーフ)」を開いた。

 パンを焼き、カフェを運営し、植物の相談に乗り……という形を、カノムパンの内藤岳さんは「バンドのようなユニット活動」と表現する。その店内に2月、靴のオーダーメイドブランド「Shy(シャイ)」を主宰する片野翔平さん(29)の「分室」がオープンした。

 カフェに靴? という意表をつく組み合わせだが、訪ねてみると、端正なつくりの革靴が、インテリアの一部のように店の雰囲気と調和している。

 横須賀市で生まれ育った片野さんが、靴に興味を持ったのは子どものころ。自衛隊でパイロットを務めていた祖父が、家で靴の手入れをする姿が子ども心にカッコよく、その背中と、彼の手の中にあった靴の両方にあこがれた。

 高校卒業後はいったん四年制大学の経済学部に進んだが、やはり靴への思いはやみがたく、卒業後に靴作りの専門学校に再入学。専門学校を卒業した後は靴メーカーでシューフィッターとして顧客の靴選びに立ち会いながら、現場での経験を重ねていった。

 「僕が働いていた靴メーカーは、ドイツの製靴技術を導入していたところでした。靴の文化でいうと、ヨーロッパにおける現代的な靴のメーカーが16世紀の創業といわれています。対して日本は明治時代以来、100年ほどと、歴史背景は大きく違います。中でもドイツはマイスター制度という職人技の認証が確立していて、医療的な靴の効用についても研究が盛ん。そのような技術と知識に触れる中で、『独立したい』という思いが強まっていったのです」

 「Shy」のポリシーは、「必要十分な機能を備え、日常で使いやすく、痛くなく、歩きやすい靴」というシンプルなもの。素材は革で、デザインは極力、無駄のない形。ゆえにプロトタイプはきわめてオーソドックスだ。ただし製法は、靴の本体と靴底の間に「ウェルト(部材)」を挟み込み、互いを糸で縫い合わせるという最上級の技術を用いる。

 オーダーにあたっては、一人ひとりの足を採寸し、それぞれの木型をつくる。デザインや素材、色の打ち合わせを含め、細かな工程のすべてを片野さんが担う靴は、何度でも修理を繰り返して履ける一生モノだ。
 そんな片野さんの姿勢を、テールベルトの店主、中村美雪さんは、彼の専門学校時代から知っていた。

 「友人から『すごくいい靴をつくる人がいる』と聞いて、その靴を見せてもらったら、神々しいともいえる美しさ。すっかり心打たれて、私もお願いしてつくってもらいました。それがまた歩きやすくて、ずっと大切にしていこうという気持ちがわきあがってくるんです」(中村さん)

 片野さんの卒業制作のときには、テールベルトをその舞台として提供。片野さんが開いた受注会に、地元鎌倉をはじめ近隣在住の人たちが訪れて、依頼主になってくれた。そのときの靴も、「次元の違うできばえ」と、見た人たちの間で大評判だったという。

 現在、「テールベルト&カノムパン」では、日曜日が片野さんの常駐日。天気のいい日は「青空シュークリニック」として、玄関先で靴の修理や相談事にも応じる。カフェに来て、ごはんを食べつつ、お茶を飲みつつ、変わった植物に「へえ」と驚き、「Shy」の靴を見て「いつかはオーダーを……」と夢見る。こうやって、何度でもここに足を運びたくなる。

Shy(シャイ)
鎌倉市扇ガ谷3-3-24
テールベルト&カノムパン内で日曜日に常駐

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PROFILE

  • 清野由美

    ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

  • 猪俣博史(写真)

    1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

鎌倉駅から徒歩25分の自由。イオタ・デリ カフェ

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鎌倉・庭のある家の応接室でコーヒーを。「カフェ カエル」(前編)

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