野村友里×UA 暮らしの音

〈暮らしの音〉陰と陽 日本という島の連なり

アビュータスの木。お氣にいりの腰下ろし場


アビュータスの木。お氣にいりの腰下ろし場

 フードクリエイティブチーム「eatrip」を主宰する野村友里さんと、歌手のUAさんが往復書簡を交わす連載「暮らしの音」。今回、お二人が選んだテーマは「島」です。
 UAさんのお母さまの出身地・奄美、かつて暮らした沖縄、そして現在暮らすカナダの島――。今回は、島とのつながりが深いUAさんが、野村さんに宛てて手紙をつづりました。
>>野村さんの手紙からつづく

    ◇

友里へ

そうだよね、四季があることは、人生を実に豊かにしてくれる。
そろそろ折り返すような歳月を生きてきた私たちだけど、そうね、きっとまた想像を絶するような冬がやってくるかもしれない。でも同じ冬は2度とない。その凍る季節をどう受け止めるのかは、私たちの内側へ向かい許す眼差し次第かな。

「侘び」と「寂び」または「然び」という、日本の美学ともいえるような言葉、短いようでも時の刻むのを聞けば長い人の道を歩む時にそんな感性こそは、強み。繊細なもの、微妙なこと、朧げな変化を察知できる日本の心。

奄美の島唄のお師匠

年末の帰国時久しぶりに、奄美の島唄のお師匠、朝崎郁恵さん、通称おかあさんに会う時間を持てた。
彼女は長年、現存する最も古いと思われる島口で歌う島唄を、たくさんのお弟子さんに口承で伝えてきたのね。そんな彼女が開口一番、「かおりちゃんっ(私の本名)、今の子たちは、島の唄をとんでもない風に歌うんだからね。。」と嘆いた。

はて、一体どんな風だろ。
音楽活動は続けているものの、マジョリティな若者の好むヒットチャートにはとんと疎い自分なのだが、よくよく話を聞いていると、どうやら今時のチャートに上がるような機械的でハイテンションなアレンジにしているということのよう。
ある意味、すごいやん、と言いたい氣もするが、おかあさんの心情は痛いほどわかる。

うちのすももの木


うちのすももの木


奄美の島唄は、譜面に描き起こせるようなものではない。口伝いに1行ずつ、何度も何度も繰り返し一緒に歌って、ようやっとのことで覚える。また、覚えたからとてすぐに歌えるようなものでもない。数ある島唄の中でも、私が選んで習ったのは神唄ばかりなので、他の、例えば踊り唄などの易しいものもあるのだろうが、とにかく私にとっては生半可には取り組めないようなものなのだ。

今年で83歳になられる郁恵おかあさんの出身は加計呂麻島の花富(ケドミ)、私の母の故郷の村に隣接する。
そして特筆すべきは、彼女の生家の裏には、かつてトュニヤ(トネヤ)と呼ばれる祭場〜神と繋がる場所があって、毎晩のように神女たちの歌が聞こえてきたというのだ。
物心つく前から日常として、神に捧ぐ唄を耳にしてきた彼女の声は他に類を見ない。凄まじい優しさ、人の知り得る愛情の底深さとそれと同じだけの「もののあはれ」なる情感を含んでいる。
まさしく国宝級の存在だと思う。

奄美では本来、島唄の「シマ」の意味するところは、集落のことであってIslandの意味ではない。ヤクザ映画の台詞で「おんどりゃあオレのシマで何さらしとんじゃい」というときの「シマ」もおそらくその由縁なのではないかしら。
昔は、シマ(集落)同士の揉め事などは、シマ唄合戦をして解決していたとは、師匠から聞いた話だ。普段、島唄でよく耳にするのはせいぜい三番くらいまでかもしれないが、実は、シマ唄は集落ごとで微妙に節が違うのと同様に歌詞も違っていて、また何十番までも歌詞が存在していたという。その唄合戦の際には、次第に即興にもなるであろう、延々と歌を投げ交わし、もうお次が出てこなくなった方が降参というわけ。

私の楽曲に、郁恵おかあさんに助力していただき、奄美の島口や神言葉で歌詞を綴ったものが数曲あるのね。
2016年に発表したアルバムに収録されている曲「Japonesia(ヤポネシア)」は、戦時中、特攻隊隊長として加計呂麻島に赴任され、その後も長く奄美で暮らした作家、島尾敏雄氏の提唱した造語から由来する。
日本列島を日本国としてではなく、「島の連なり」として捉える。インドネシア、ポリネシア、ミクロネシアなどの太平洋の島々の連なりの中にある日本列島。
本土の固い画一性によって切り捨てられ、失われつつある地域の持つ文化の多様性と豊かさ、ナイーブでいてたくましく、その土地土地と共存してゆく叡智に富んだ生命力。それらが、緩やかにかすかに変化しながら連なりゆく島々。
そういえば、15年前、波照間を旅した時に出会った波照間さんという唄者の女性が、その島の名を苗字に持つ人をシマジマさんと呼ぶと言ってたっけ。

うちのチビが隠した卵石(見えるかな?)


うちのチビが隠した卵石(見えるかな?)

日本というコントラストの極まる土地

日本の四季の色彩からして、極東の島国、日本の陰陽ほどコントラストの極まる土地はないのではないかしら。その感性も然り。世界のひな型となる素質を持つと言われるのもうなずける。

陰陽の性質のあり方は相対的だから、対象とする事象によって変わる。
歴史的な関係において、本土を「陽」とするならば、沖縄は「陰」となり、琉球弧としてくくられる沖縄奄美諸島では、沖縄を「陽」とするならば、奄美は「陰」となるように思う。ここで、陰という性質に、ネガティヴなイメージを持つのは見当違いで、「陽」とは収縮するような求心的なエネルギーで「陰」とは拡散する遠心的なエネルギー、という風にどちらも互いがあってこその存在なのだけど、男と女の関係も同じように例えられない?
求心力のように自分に集中し、自分を見失わない男性性は「陽」、遠心力のように中心から外に向かい、自我を押し通すより他者と結びつくことを求める女性性は「陰」。
それらはまた、縄文以前にあったといわれる文明「カタカムナ」の世界における「サヌキ」と「アワ」の感性を想起させる。

やんばる以降、島暮らしが続く中、私が意識におくよう努めていることは、この「アワ」と「サヌキ」の感性について。友里が興味あるなら、まだまだ勉強中の身ながら、こんこんと語りたいテーマなのだけど、ここではざっくりと書かせてね。

サヌキ性とアワ性

オモテに向かい、現象、現実化させるチカラ、目的的、主観的、自己中心的、自分の生命の支配者は自分というような感覚がサヌキ性。
ウラに向かい、育み、イノチを生み出すチカラ、受容的、客観的、環境適応性があって、自分は人間以外の大きな力によって生かされているという感受性がアワ性。
サヌキ男にアワ女なんていうけれど、なんと、上古代からのヒビキだったのね、なんて。

現代の社会、政治、教育の主流は、サヌキ型なわけで、知識や情報を詰め込み、感じる心を麻痺させているかのよう。
私自身、特に20代後半から30代にかけて、すっかりサヌキの強い人間になっていたと思い出されるのよ。。潜在的に持ってるアワ性を無視し続けてきたんだろうし、その反面で渇望してきたようにも思う。

大切なのは、男はサヌキ、女はアワ、なんて単純なことではなく、男女のそれぞれに男性性と女性性、サヌキ性とアワ性、陰と陽が備わっているということ。要はそのバランスとグラデーション。そしてやはりその質。
アワ性の鍛錬とはおそらく、日常的な繰り返しの中にあって、損得勘定や止むを得ずではなく、愉しみ、慈しみ、マゴコロを持って向かう姿勢。そこに、人間が人(ヒト)となることの大きなヒントがあるように思う。
自己主張をしない日本人は、サヌキ型の社会では弱点とされるのだろうが、本来は、アワ性の活かされた美徳であったのではないだろうか。

うちの犬、タワ


うちの犬、タワ

島に暮らしながらしばしば、世界の縮図を見ているように感じる。物理的に限りあることも多い島暮らしでは、侘びや寂びの感性も育まれるようにも思う。
また特にやんばるに暮らした頃は、切り捨てられるように扱われ続けた島の懐深き受容性、チャンプルーという言葉があるように、拒むことを選ばず受け入れることによって、柔らかな本質を守ってきた、まさしくアワなる生命力を実感させられた。

じゃ、ここにJaponesiaの歌詞を書いて終わらせてね。

アシャゲ ティラチ ヌバ ウェスティ ウガムカイ
(神と繋がる場所が照らされる さあ 皆で何を祈ろうか)

アマイユ ナマ ミナ カナシャ クヌシマ
(天の世が今 やってきた 全てみな美しい この島)

アラタ トュニヤ ワーキャ キュラサ テラテレ
(神を降ろしお送りする新しい場所 私は美しい 地球よ輝け)

うーこより

然びだした大木


然びだした大木

PROFILE

  • UA

    1972年大阪生まれ。母方の故郷は奄美大島。1995年デビュー。1996年発表のシングル「情熱」が大ヒット。2000年、ブランキー・ジェット・シティを解散した浅井健一とAJICOを結成。同年、初主演映画「水の女」(テサロニキ国際映画祭グランプリ受賞作品)公開。2003年から放送されたNHK教育テレビ番組「ドレミノテレビ」に、歌のおねえさん「ううあ」としてレギュラー出演。2004年、数々の童謡・愛唱歌を集めた、ううあ名義アルバム「うたううあ」をリリース。2006年、菊地成孔とスタンダードジャズアルバム「cure jazz」をリリース。2010年、デビュー15周年企画カバーアルバム「KABA」をリリース。2016年、7年ぶりとなるオリジナルアルバム「JaPo(ヤポ)」をリリースした。また、2005年より都会を離れ、田舎で農的暮らしを実践中。現在はカナダに居住。4人の母でもある。α-STATION(FM京都)の番組「FLAG RADIO」にレギュラー出演中。

  • 野村友里

    料理人(りょうりびと)、「eatrip」を主宰。おもてなし教室を開く、母・野村紘子さんの影響を受けて料理の道に。主な活動に、レセプションパーティーなどのケータリングフードの演出、料理教室、雑誌の連載、ラジオ番組など。2009年、初の監督作品『eatrip』を公開。11年、「シェ・パニース」のシェフたちとともに、参加型の食とアートのイベント「OPEN harvest」を開催。その経験を経て日本のシェフたちとともに「nomadic kitchen」プロジェクトをスタート。12年、東京・原宿に「restaurant eatrip」をオープン。著書に『eatlip gift』『春夏秋冬 おいしい手帖』(マガジンハウス)、『Tokyo Eatrip』(講談社)、共著に『TASTY OF LIFE』(青幻舎)がある。
    http://www.babajiji.com/

〈暮らしの音〉日本という「島国」って?

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〈暮らしの音〉野村友里さん「職業って、生き生きできるものであってほしい」

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