東京の台所

<番外編>「東京の台所」取材の舞台裏から~読者の質問Q&A

 去る2月17日と23日、『東京の台所』読者とのトークイベントが、東京・下北沢B&Bで開かれた。
 ありがたいことに各回とも90人余の満席。キャンセル待ちの方もいらした。私自身、ふだんは読み手の顔が見えないところで仕事をしている。イベントでは、生の感想や声をいただき、今後の執筆の大きな励みをいただいた。
 会場でのアンケートとともに、事前応募、読者プレゼントで、「東京の台所」について質問を受け付けたところ、40本あまりが寄せられたので、今回は連載5周年の折に、できるだけご質問にお答えしたいと思う。質問内容は重なるものも多いが、「取材でトイレを借りることはあるか? なにかトイレと台所に相関関係はあるか」といったニッチな内容まで多岐にわたり、私自身、大変興味深かった。ほとんどが長文で、本欄を読む方は、書くことも好きなんだなと感じた。
 お寄せ下さった皆さんに改めてお礼を申し上げます。ありがとうございました。
(質問は原文ママです)
    ◇
1.取材する人を選ぶときのポイントはなんですか?

 本欄下記バナーから募集しています。応募が9割、知人の紹介が1割です。5年前、連載を始めた当初はすべて知人のつてを頼っていました。しかし、それでは属性に偏りができ、本当の『東京』を網羅することにならないと、&w編集部と検討。8カ月後から本サイトで募集を始めました。

 取材をお願いする際のポイントは、第一に「応募動機の熱意」です。まず、長く書いている人には一目置きます。それだけ伝えたい思いが強いと思うからです。
 あとは、属性がなるべくばらけるように、地域、年齢、家族構成、住まいの形態(賃貸か持ち家かなど)に多少留意します。料理が好きか嫌いか、おしゃれか否か、住まいが古いか新しいかは、検討のポイントにはしません。むしろ料理が嫌い、片付けられない、物が多い、狭い、暗いといったおよそインテリア雑誌には出ないような台所を持っている人、それでもなぜ応募されるのか、というほうに興味を抱く傾向が強いかもしれません。

 正直に告白すると、ふたつだけ苦手な共通事項があります。インテリアや住居・設備を「自慢したい」人、何らかを宣伝したい人です。それらの方はほとんどいないので、取材対象者選びは楽しい作業です。

2.取材時に気をつけていることは?

 些細なことですが、キャスター付きカメラバッグで家の床を汚さないよう、留意しています。こちらは取材をお願いしている側。失礼がないようにと心がけています。

3.素敵だな、と思われる台所に共通しているもの、要素はありますか?

 空間が育んできた物語、歴史がある台所には惹かれます。古ければいいということではなく、何の変哲もない新しいシンプルなそれでも、その台所にたどり着くまでの人生の歴史が必ずある。だからこんなにシンプルなのか、と理由が見えたとき、嬉しくなります。

4.多くの台所を見てきた大平さん、もしかしてもう、人を見ただけでどんな台所か分かる!ということもありますでしょうか? もしくは見当がついたりしますか?

 決めてかかると取材の意味がなくなるので、なるべく先入観は持たず、ゼロから聞くようにしています。が、たとえば東京では見慣れない調味料(甘い醤油など)があったり、ひとり暮らしなのにキャベツがカットでなくひと玉あれば、ご実家から送られてきた地方出身の方かなと予想します。日本酒やウイスキーのボトルが置かれている、もしくはグラスや酒器が多いお宅は恋人の存在を。海外ブランドの鍋やオブジェ、大型の家電を備え付けている人は、海外生活の経験を推量します。もちろん、冷蔵庫と調味料をみると、料理を良くする人かどうかはすぐわかります。
 収納のしかた、所有物の分量、器の種類、掃除の癖、ゴミ箱のデザイン、包丁や鍋、ボウルのブランドなどである程度の人柄を想像できますが、なるべく決めつけてかからないという前述の原則を大事にしています。

5.知らない人の懐に入るコツ、初対面の人のドラマを引き出す秘訣は?

 「こんにちは! 大平です」という玄関での第一声を、日常会話より幾分大きめ、高めの声にしています。元気に入っていく。あ、明るくて喋りやすそうだなと思ってもらえたら、胸襟を開いてもらいやすいので。できるだけ、伺う前日までにお電話を1本して、取材で緊張している方の気持ちがやわらぐようにと思っていますが、ときどき電話を忘れることもあります。
 最初にいきなり撮影。そのあと、サブフォトの説明を一つ一つ聞いてから、インタビューに入ります。一人で伺うので、撮っているときに大事な話をされるとメモができません。そのために、得意料理などを問う簡単なアンケート用紙をお渡しし、撮影の間は記入してもらいます。
 意図して20分ほど前に切り上げ、取材のあとに雑談の時間を設けます。そのときに、気持ちが和んで大事な話や思い出の道具などを取り出す人が多いからです。じつはそこに原稿の肝にあたる部分がひそんでいたりします。

 「ドラマを引き出す秘訣」とはおこがましいですが、撮りながら「あれ? どうしてこれがここにあるんだろう」「料理にこだわっているのに、塩だけなぜ大衆的で安い昔ながらのボトルを使っているんだろう」といった小さな違和感や、話や応募要項のなかに登場した気になるキーワードをたよりに、掘り下げていきます。
 限られた時間と限られたスペースで、何を主題にするかが鍵になります。広く大きく聞きすぎると失敗します。自分が「これではないか」と思った主題を、かなり独りよがりに掘り下げて質問を深めます。「そんなことを聞かれるのですか」と驚かれる人もいます。相手の意に反していたとしても、自分の感じた主題に沿って聞いていくことが、「東京の台所」の底辺に流れる大事なものさしであると信じています。

6.今までで一番大変だった台所の取材はありましたか?取材したけれどお蔵入りになったケースは?
「妻のことをこのように書かれるのはかわいそうで、どうしても看過できない」という夫からの申し入れで一度だけ、お蔵入りにしたケースがあります。1度書き直しましたがそれでもだめで、時間の制約もあり、自分の判断で見送りました。無念に思う唯一のできごとでした。

7.写真を撮られるとき、どんなものに目を引かれますか?撮るときに留意していることとは?
 この仕事のために初めて一眼レフを買ったというくらい、写真に関してはド素人です。ですから、まずブレないようにという基本的なことに集中しています。それでもブレたり、垂直バランスがずれていたり、恥ずかしながら、いまだに写真は修行中です。
 写真30点ほどを全体で見たとき、あたたかさや生活の気配・痕跡が伝わるようにと願っていますが、なかなかそうなりません。オリーブオイルや鍋釜を単体で映すとどうしても無機質になります。そのうえピカピカのきれいな台所だったりすると、スタイリングしたインテリア雑誌のようになってしまう。

 ほかのメディアにはない暮らしの痕跡のある血の通った写真、物語にしたいので、そういうときは「昨日の残り物のおかず」や「作りかけの鍋の中身」を無理を言って映させてもらいます。「料理」が入ると、生活感が加わり、全体にあたたかな印象になるからです。愛用の古くてボロボロだけどその人にとっては宝物、というアイテムを撮影するのもそういった理由からです。思いの根底は、タイトルを「キッチン」ではなく「台所」にしたことと共通しています。

8.一つのものをまとめるのにはどのくらいの時間がかかりますか?

 取材しながら原稿の主題と骨格を決め、帰りの電車やタクシーの中でざっくりした起承転結を練ります。雑誌、著作の仕事であわただしく、取材で日が経ってから練ると、構成に手間取るからです。
 執筆は1時間のこともあれば半日かけても、どこかしっくりこないときもあります。一晩寝かして、推敲して、ガラリと変えることもあります。
 取材者選び・依頼・取材・執筆・校正のタームは、1本につき約2週間の目安にしていますが、他の仕事と同時進行なので、正確な所要時間を記すのは難しそうです。

9.取材で知ったぱぱっと作れる簡単レシピがあったら教えてください。

 レシピというほどではありませんが、味噌汁に、食べる直前にごま油を1滴垂らす。トリュフ塩で野菜を炒める。ミニトマトをバルサミコ酢で漬ける。ミルクティーをカルダモンやクローブで煮出してチャイを作る、らっきょう酢で野菜を漬けてマリネにといったティップスは、取材がきっかけで自分の生活に取り入れています。

10.何がきっかけで取材するようになったのですか。

 既刊の自著担当編集者の発案で、書籍のために取材を始めていた「東京の台所」を、創刊したばかりの『&w』で連載させていただくことになりました。それまで11年間連載したアサヒ・コム『小さな家の生活日記』終了の翌週からスタート。歴代の『&w』の編集者がこの主題を大切に愛してくれたことが、私にとっては最大の原動力でした。
 これまでに『東京の台所』『男と女の台所』(平凡社)と、2冊書籍化されています。
 市井の人々の生き方や暮らしを、台所という視点から切り取るこの連載は、自分のライフワークとして毎回新鮮な気持ちで書けるように、これからも妥協なき挑戦を続けていきたいと思います。
 熱いご意見、ご感想、ご応募をお待ちしております!

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PROFILE

大平一枝

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。
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