東京の台所

<166>「終の棲家」にはならなかった田舎暮らし。その先にあったものは

住人プロフィール〉
主婦(女性)・82歳
分譲マンション・2LDK・中央線 吉祥寺駅(三鷹市)
築年数11年・入居11年・ひとり暮らし
    ◇
「東京は、呼吸が苦しい」

 岩手で生まれ育った夫の口癖だった。若い頃、肺結核を患っている。

 新婚時代、東京都下の憧れの団地が抽選でやっと当たり、3児にも恵まれ、12年住んだ。その後、中野区にマンションを買い、夫の定年まで暮らした。

「退職のちょっと前くらいから、田舎暮らしをしたいと言い出しまして。夫は昔から東京は息をするのに肺が苦しいと言っていましたし、私も千葉出身で土いじりや植物が大好き。千葉に移住するのに大きな迷いはありませんでした」

 3人の子はそれぞれに家庭を持ち、独立していた。
 体力もあり畑も耕せる。思ってもいなかった第二の人生だが、不安の何倍も楽しみのほうが大きかったらしい。

「半分自由設計で、今まで住んできた住まいの中で一番よかった。暖炉があって、薪は夫と一緒に雑木林に拾いに行きました。春には野草、タチツボスミレ、キンラン、ギンラン、アマドコロ……。一斉に咲きほこって、毎日の散歩がそれはそれは楽しかったですね」

 移住者を誘致する地区に住んだので、同じ境遇の友達もたくさんできた。できるだけあるものを使い、買い足さない。好きな手芸に熱中し、山菜採りやジャム作りに興じた15年目、夫が病に倒れ、先だった。

 車の運転は夫任せだった。家が急に広くなる。
「屋根にどんぐりが落ちてくるだけで、ドキンとして怖いんです。それまではもっと遅かったのに、夫が逝ってからは夕方5時半には鍵をかけていましたね」

 静寂、のどかな鳥の声、虫の音も、ひとり暮らしになると、ときに脅威になる。
 1年半後。子どもたちの勧めで、家を売り、三鷹市のマンションに移った。
「終の棲家になる家をどこにしようかと。たまたま見学した三鷹は、60年前の新婚時代、1年だけ住んだことがあったのです。そのときは6畳ひと間の小さなアパートでした。今の家は駅から井の頭公園の中の雑木林を歩けるのも嬉しく、契約しました」

料理とストレッチ

 今、2LDKのマンションでひとり暮らしをしている。越してきて、しみじみ実感した。
「東京は外が明るい。夜ひとりで歩いても怖くないんですよね」
 かつて東京に住んでいた頃には、わからなかった気づきだ。

 週末は次男夫婦が遊びに来ることが多い。
「朝はパン、コーヒー、スクランブルエッグ、自分で作り置きしたミューズリーを食べることも。アボカドとレモン、チーズを使ったトーストも好きですね。孫娘から教わったレシピなんです。お昼はおうどんなど軽いもの、夜は和食です。好きなのでよく煮豆を作り置きします」

 台所のカウンターにはiPadが。これは2台目だという。
「娘がオーストラリアに暮らしており、彼女が写真を撮ると、自動で同期されてこれで見られるのです。私は毎年6週間、娘宅に行く。娘家族が帰国するときは、しばらく我が家に泊まります。もしかしたら普通の親子より一緒に寝泊まりする回数は多いかも知れませんね。スカイプもあるので、遠くに暮らしているけれど、心はとても近い気がします」
 私が取材している間にも「お母さん、取材はうまくいってる?」と、オーストラリアの娘さんからスカイプの通話が来ていた。

 息子夫婦が遊びに来るときはとくに手作りの料理に凝る。
「天ぷら、煮物、千鳥酢を隠し味に使ったローストビーフ。ふだんより少し気張った手料理を作ります。
 その息子夫婦とも年に1度必ず夫のお墓参りを兼ねて東北に温泉旅行をするのが恒例だ。

 ふだんから食事に気をつけ、ストレッチ、ウォーキングを欠かさず、駅まで30分の道をバスを使わず歩く。
「死ぬまで元気でいたい。寝たきりにならない」という強い願いのためだ。

 iPadを2台持ち、街で友達とランチを楽しみ、ときにひとりで海外の娘宅を訪ねることもある82歳のひとり暮らしに、あらためて背筋が伸びた。自分の健康を自分で守るために、彼女は努力をしている。

 コーヒーを挽き、手作りのザッハトルテに添える生クリームをかき混ぜながら彼女は朗らかに言った。
「ひとりは自由でいいですね。私はひとりも好きです」

 千葉時代、まさか三鷹のマンションを終の棲家にするとは想像もしていなかったが、今は今で楽しんでいる。
「なりゆきまかせでここまで来た。でも、どの場所でもとても幸せでした。だから今の生活もなんの不満もありません。そして、両親に丈夫な体に産んでもらったこと、いい家族に恵まれたことに、日々感謝しています」

 おむすび、牛肉の時雨煮、かぼちゃの含め煮、金時豆、チョコレート。たくさんのお土産を袋に詰めたうえ、バス停まで見送ってくれた。小さくなる姿を見ながら、母親というものは、玄関口ではなくて、ああやって最後、見えなくなるまで送ってくれるものなのだよなあと、懐かしい気持ちに包まれた。

 何か特別な物語があるのでも、目をひく健康法を実践しているわけではない。ただ、ひとりの生活を毎日、アグレッシブに楽しんでいる。こういう人生の先輩を見ると、歳を重ねることが楽しみになる。

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PROFILE

大平一枝

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。
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