鎌倉から、ものがたり。

秘密の花園の野菜料理と、午後のおしゃべり。「カフェ カエル」(後編)

>>「カフェ カエル」(前編)からつづく

 鎌倉・二階堂の閑静な住宅街にある「カフェ カエル」。午前11時の開店時刻に、庭の門扉が開かれる。その途端、春らんまんの眺めがぱあっと目に飛び込んできた。満開の利休梅に、つぼみがほころびはじめた藤、足元にはクリスマスローズ、ラナンキュラス、チューリップ、シャガ、ミヤコワスレ……。まるで、秘密の花園に入り込んだ気分だ。

 カフェ店主、五十嵐哲男さんの妻、美江さんが丹精を込めて世話をする庭は、四季を通じて花が絶えない。春は3月のユキヤナギを皮切りに、山桜、白山吹、白ツツジ、モッコウバラ……と、眺めが日ごとに変化。次々に咲いていく可憐(かれん)な草花が、瀟洒(しょうしゃ)な家と調和して美しい。

 「花色の基本は白で、それぞれが主張しすぎないように、互いを引き立て合うように、と思って植えています。でも、草花って、決して自分の思い通りにはならないの。思わぬ場所に思わぬ花が咲くこともあって、まあ、それも面白いかと、半分は自然にまかせているんです」
 そう語る美江さんも自然体。言葉の通り、庭は完璧にしすぎていないからこそ、心がやすらぐ。
 「カフェ カエル」の料理は、そんな美江さんが担当する。メニューには旬の野菜をふんだんに使った、彩り豊かなランチが並ぶが、中でも看板となっているのが、「季節野菜のどんぶり」。さつまいも、ネギぼうず、かぶ、にんじん、ズッキーニ、パプリカ、トマト、スティックセニョール……と、日替わりで黒板に書かれる野菜の名前は、読むだけで楽しくなる。

 「野菜のおいしさを、できるだけ手を加えないままで……ということで、特別なことはしていないのですが」
 と、美江さんの説明は控えめだが、10種の野菜は、それぞれの味わいを生かすように、火の入れ方も、オリーブオイルや塩の使い方も、一つひとつを変えている。味の仕上げに用いるタレは、しょうゆ、みりん、黒糖をベースにしたオリジナル。2011年に店をオープンしたときから継ぎ足し、熟成させた「秘伝のタレ」である。
 美江さんは、茶道のたしなみを土台に、茶懐石の一種として、普茶料理を長年研究してきた。普茶料理は中国由来の精進料理で、大皿に盛りつけた料理を、みなで取り分けるところに特徴がある。カフェを開く前から予約制で催していた席は、現在も1日1組4人以上で受け付けており、近隣の女性を中心に静かな人気を集めている。

 「普茶料理は、気取らずに食卓を囲めるところがいちばん。わが家にいらっしゃる方は、お昼をはさんで、ずっとおしゃべりを楽しまれるでしょう。その点でも、大皿料理は合っているんですね」

 傍らの哲男さんは、「女性陣は、僕がいなくなったらここに来て、『みんなで一緒にご飯を作ろうね』なーんていう話で盛り上がっているんですよ」と、飄々(ひょうひょう)と笑う。「カフェ カエル」は、哲男さんが定年退職後に築いた居場所であると同時に、庭と料理、そして夫妻の人柄に惹かれて、ここに集う女性たちのコミュニティーでもあるのだ。

 カフェでコーヒーを飲んでいると、向かいの小学校から、子どもたちの元気な声が聞こえてくる。40年前、夫妻がこの家に引っ越してきたときは子育ての最中。放課後になると、子どもたちが友だちを連れ、五十嵐家の庭で犬とともに遊ぶことが恒例だった。
 落ち着いた町並みの中に、子どもの歓声が響く眺めは、今も変わっていない。その幸せに触れながら、「カフェ カエル」に長居をしたくなる人の気持ちがよくわかる。

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PROFILE

  • 清野由美

    ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。在学中、英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

  • 猪俣博史(写真)

    1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

鎌倉・庭のある家の応接室でコーヒーを。「カフェ カエル」(前編)

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32歳、三浦半島で小麦を育て、製粉してパンを焼く。「充麦」(前編)

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