東京ではたらく

ヘアメイクアップアーティスト:小池瑠美子さん(37歳)

  

職業:ヘアメイクアップアーティスト
勤務地:さまざま
仕事歴:12年目
勤務時間:さまざま
休日:不定休

この仕事の面白いところ:雑誌や広告など、完成品のビジュアルを見るとき。それが最高にかっこいいとき。
この仕事の大変なところ:自分がいいなと思ったビジュアルが採用されなかったとき。自分の意見だけでは物事が進まないこと。

    ◇

 雑誌やテレビ、映画、舞台、広告などに出演する方々のヘアメイクをする仕事をしています。収録や撮影の本番前に出演者のお化粧をしたり、髪の毛のセットをしたり。私は会社に属さずフリーランスとして働いているので、日々出かける現場や担当する人はさまざまです。
 
 出身は山梨県の甲府市です。物心ついた頃から運動が好きで、小学生の頃はミニバスケット、水泳、陸上などスポーツ漬け。中学ではバスケ部に所属していました。

 美容のことに興味を持ったのは中学時代です。女の子はだんだん洒落(しゃれ)っ気が出てくる年代だと思いますが、私もこの頃に美容室に行くようになって。「この髪形にしてください!」なんて張り切って雑誌の切り抜きなんかを持っていくんですけど、絶対その通りになんてならないんですよね(笑)。

 20年以上前のことなのでテクニックの問題もありますが、髪形を作るのには髪質がすごく影響するんです。だから私の髪質で外国人の女の子みたいなスタイルは到底作れない。でも当時の私は「私だったらもっとこういう風に切るのに!」なんて、その美容師のセンスの問題だと思っていて。それで「じゃあ自分が美容師になろう」と思ったんです。じつに中学生らしい単純な発想です。

演者が楽屋入りする前にメイク道具のセッティング。使う順番や手に取りやすさを考慮して配置しておくことで、作業時間は格段に違ってくる


演者が楽屋入りする前にメイク道具のセッティング。使う順番や手に取りやすさを考慮して配置しておくことで、作業時間は格段に違ってくる

 そうこうしているうちに、世には空前の美容師ブームが到来するんです。いわゆるカリスマ美容師なる人たちがテレビや雑誌で注目を浴び始めて、東京では表参道や青山あたりにすごくおしゃれなサロンがどんどんできて。美容師が主人公のドラマなんかもありましたね。

 高校を卒業する前後がちょうどそのブームの頃で、「やっぱり私が思ってたことは合ってたんだ、これはアツイ職業だぞ!」と(笑)。それで、親の勧めもあり、東京で一番大きな美容学校に進学することにしたんです。

 東京は「甲府から一番近い都会」という位置付けだったので、上京することに対してそこまで抵抗はありませんでした。週末になれば実家に帰れる程度の距離感で。上京したての頃は週末になれば洗濯物を持って甲府に帰っていたくらい。

 美容学校は雑誌の読者モデルをやっているようなすごくおしゃれな子もいたし、「大学は行きたくないから、まあとりあえず美容学校でも行っとくか……」みたいなテキトーな感じの生徒もいて、本当にさまざまでした。最初の授業で隣の席になった男の子が青と白のドレッドヘアだったときにはさすがに驚きました。

 授業はとにかく技術を身につけるための練習の繰り返しです。2年で美容師資格を取得するというのが美容学校のゴールですから、学んで、練習して、試験を受けて、また次の技術を学んで……。ずっとそれです。美容師ブームのイメージとは違って地味なことが多く、途中で脱落していく生徒も少なくなかったと思います。

今日はコンサートに出演するバイオリニストのヘアメイクを担当。出演前にできるだけリラックスしてもらえるよう、雰囲気づくりや会話にも気を使う


今日はコンサートに出演するバイオリニストのヘアメイクを担当。出演前にできるだけリラックスしてもらえるよう、雰囲気づくりや会話にも気を使う

 美容師になるためにはセンスだけではなく、それより前に地道な努力が必要とされるんですね。例えばパーマの試験でいうと、指定された巻き方を何分以内に仕上げなさいという課題が出るんですね。

 最初はちっとも上手にできなくて、制限時間も20分くらい余裕でオーバーしちゃいます。それでも工夫を重ねて練習していくと「カーラーを留めるゴムはこうして置いておくと作業がスムーズなんだ」「コームはこうやって取ると動きに無駄が出ず、タイムが早まるんだ」といった風に、スピーディーかつ正確に作業するためのコツがわかってきます。

 すごく細かいところまできちんと練習して、動きを体にたたき込むと、ちゃんと制限時間内に作業ができる。それがわかり始めると、あとはやるだけです。目標に向かって一直線、大きな挫折なく美容師資格を取れたかなと思います。

 就職したのは立川にあるサロンで、一店舗に40人くらい美容師がいる、大きすぎず、小さすぎずといった店でした。最初はアシスタントですから、仕事は床掃除やシャンプーなど。ハサミなんて絶対に持たせてもらえません。カラーも100種類以上塗り方があるので、とにかく最初の数年間はその練習。

 ここでもひとつひとつ試験があって、それをクリアしていかなければならないということで、営業が終わってからひたすらカラーの練習です。朝9時から夜8時は営業、その後夕食を挟んで夜11時くらいまで居残り練習。それでもその後に夜遊びに繰り出したりしていたので、本当に元気でしたね(笑)。

使用するメイク道具は、汚れがないかなどを事前に確認。「直接肌につけるものですから、ボトルやパフに少しでも汚れがあると誰でも嫌ですから。そこは細かくチェックします」


使用するメイク道具は、汚れがないかなどを事前に確認。「直接肌につけるものですから、ボトルやパフに少しでも汚れがあると誰でも嫌ですから。そこは細かくチェックします」

 なかなかハサミを持たせてもらえないアシスタント時代。ある程度カットやカラー、パーマの試験に合格すると、今度は街頭でカットモデルのスカウトを始めるようになります。

 練習用のカットモデルというのは、カット代が無料という代わりに、こちらが指定したスタイルで切らせてもらうというのが一般的なんです。でも私が勤めていたサロンは、モデルさんのリクエストを尊重しつつ、少しだけカット代をいただくという方針で。

 しかもそれを営業中にやらせてもらえるので、雑用や先輩のアシスタントをしているより断然楽しい。カットモデルさんとやり取りをして、わからないことは先輩に教えてもらいながら自分で髪形を完成させられるなんていいことづくめです。だから、暇さえあれば街頭に立ってスカウトしていました(笑)。

 普通、デビューまでは4、5年かかると言われる美容師への道ですが、その甲斐あってか私は2年でアシスタントを卒業。3年目には晴れて正式にハサミを持たせてもらえるようになりました。

 と、ここまでは順風満帆で、お店からも「期待の星だ」なんて言われていたのですが……。あまりの張り切りが裏目に出たのか、体調を壊したり、手荒れがひどくなったり。少しずつ無理がたたってきたんですね。

 同時に、その頃になると表参道店など、第一線のおしゃれ店舗からスタッフが異動してきたりして。体調面のことで満足に働けないというフラストレーションと相まって、それまで持っていた自信が揺らぎ始めた時期でもありました。

表舞台に出る人が、一番輝けるスタイルを探して

コンサートということで、ヘアはボリュームを出して華やかに。場合に応じてウィッグなども準備する。「初めて担当する方は事前にその方の雰囲気やスタイルの好みをマネジャーさんに伺って、より入念に準備します」


コンサートということで、ヘアはボリュームを出して華やかに。場合に応じてウィッグなども準備する。「初めて担当する方は事前にその方の雰囲気やスタイルの好みをマネジャーさんに伺って、より入念に準備します」

 その頃、時を同じくして知ったのが、雑誌「VOGUE」や「i-D」などに代表されるハイファッションの世界でした。美容院にはたくさん雑誌が置いてあると思いますが、その中にある海外のファッション雑誌の世界観に圧倒されてしまって。

 洋服のスタイリング、ヘア、メイク、それを一枚の写真として作り上げる世界観がとにかくかっこよくて、次第に強い憧れを抱くようになりました。とはいえ私は一介の美容師ですから、そんな華やかな世界とは無縁です。「ああ、どうにかしてここに近づけないだろうか」と、モヤモヤ考えていたように思います。

 転機となったのは、何げなく店長に言ったひとことでした。たぶん「ヘアメイクの仕事に興味があって……」程度だったと思いますが、店長がすぐさま「じゃあすぐ仕事をやめたほうがいい、急いだほうがいい」と。

 こちらからしたら「え、今!?」っていう感じだったのですが(笑)。当時私は24歳だったので、店長からしたら「新しい世界に挑戦するならできるだけ早いほうがいい」という気持ちだったのでしょう。一朝一夕では一人前になれない厳しい世界だとわかっていたんだと思います。

 それで、予期せずして突然の無職状態に……。ヘアメイクアップアーティストになりたいと言ったものの、業界にツテなんてないし、だいいち、どうしたらその職に就けるのかもさっぱりわかりません。

化粧品類やドライヤー、ヘアセット道具一式など、仕事道具はかなり多い。「だいたい一泊旅行くらいの荷物でしょうか。スーツケースを大きくすると無限に持っていきたくなるので、これに入るだけと決めています」


化粧品類やドライヤー、ヘアセット道具一式など、仕事道具はかなり多い。「だいたい一泊旅行くらいの荷物でしょうか。スーツケースを大きくすると無限に持っていきたくなるので、これに入るだけと決めています」

 
 「いつかビルボードを飾るような仕事に携わりたい」という大きな目標を掲げてはいたものの、まずは目の前の無職状態から脱却せねばと、美容業界専門求人誌をめくる日々。そんな時運良く、ヘアメイクスタジオの求人を見つけたんです。

 「これしかない!」と思って、意気揚々と面接に行ったのですが、なんとそこはクラブなど、いわゆる夜のお店で働くお姉さんたちのヘアメイクを専門にするスタジオで(笑)。正直、「早まった!」と思ったのですが、よくよく見ると、そこで働いているヘアメイクさんたちの技術が素晴らしくて。

 今で言う「盛り」のヘアというのでしょうか。ああいう華やかなスタイルを作るのはものすごく高い技術がいるんです。もちろん私が働いていた普通の美容室では作ることのないものですから、「これは働いてみる価値はあるな」と。そこでもまたヘアセットのための技術の練習、チェックをクリアする日々が待っていました。

 その後は夜のヘアメイクの仕事をしながら、ファッションや広告のヘアメイクを専門に勉強できる学校に入学。またいちから勉強を始めました。卒業後はファッション界で活躍するトップヘアスタイリストの元でいろいろと経験させてもらい、少しずつ仕事を覚えていきました。

メイクとヘアセットにかかる時間はたいてい1時間ほど。雑誌や広告の撮影では現場に立ち会って、その都度ヘアとメイクの乱れがないか確認する


メイクとヘアセットにかかる時間はたいてい1時間ほど。雑誌や広告の撮影では現場に立ち会って、その都度ヘアとメイクの乱れがないか確認する

 アシスタントをしながらも、依頼をいただく仕事も増えてきたのが27歳くらいの頃。初めはとにかくひたすら働きました。声をかけてもらえる現場は全部引き受けて、テレビや雑誌、映画に舞台、アイドルの公演なんかも行きましたね。夜のヘアメイクも引き続きやっていて、本当にさまざまな現場を行き来しました。

 そうすると次第に「いいね」と言ってくださる演者さんや編集者さんが増えてきて、指名で仕事を取れるようになってきました。

 ヘアメイクというのは、映画専門、舞台専門といった風に徐々に専門性を高めていくのが一般的なのですが、私の場合は少し特殊で、仕事が軌道になった今も業界や媒体を限らず、さまざまな現場に出かけています。

 それからというもの、本当にすばらしい現場で貴重な経験をさせてもらいました。撮影でなければ立ち入ることのできない世界遺産でのお仕事もあれば、アフリカのサバンナで、電源もなくヘアメイクをしたこともありました。仕事も軌道に乗り、充実した日々を送っていました。

 でも、そんな中でも、いつも頭の片隅にある思いがありました。それは、「いつかは子どもが欲しい」ということ。

 でも出産するとしたら最低でも2年はブランクができてしまう。私はフリーランスとして働いていたので、長く仕事をお断りしているといずれ依頼されなくなってしまうという恐れも十分にあります。33歳頃になると、迫ってくる年齢との葛藤もより強くなり、どこか晴れない気持ちが続きました。

ヘアメイク道具も使いやすいように配置。演者の○時間前には楽屋入りし、準備する。「私が一番最初に会うスタッフだと思うので、できるだけ気持ちよく仕事をスタートしてもらえるよう、楽屋もきれいに整えるようにしています」


ヘアメイク道具も使いやすいように配置。演者が入る前に楽屋入りし、準備する。「私が一番最初に会うスタッフだと思うので、できるだけ気持ちよく仕事をスタートしてもらえるよう、楽屋もきれいに整えるようにしています」

 でも実際に妊娠し、出産してみると、世界は違っていました。妊娠中の現場では気遣ってくださり、喜んでくださり、出産後には月齢の近いお子さんをお持ちの方と意気投合したり。近所の先輩ママが現場でシッターをして助けてくれたこともありました。仕事の面でも子育ての面でも、本当に人に恵まれていると思います。

 出産した年に、あるご縁から、あるアーティストのCDジャケット撮影の依頼が舞い込みました。渋谷の街に大きく展開された広告を見上げたときの感動は忘れられません。「美容師を辞めてヘアメイクになる」と決めたときに掲げた「ビルボードを飾るような仕事をする!」という目標がかなった瞬間でした。

 これは自分でも驚いたのですが、そのとき、大きな達成感とともに「また次の目標を持たなければ……」という気持ちが湧き出てきたんです。次はもっと大きな仕事、知名度が高い仕事……そんな風に考えると本当にキリがなくて、もしや自分は純粋な仕事のやりがいではなく、「達成感」だけを求めてしまっているのではと、一度立ち止まって考えるきっかけにもなりました。

「顔に直接触れるので手のケアは重要。指のささくれをケアするハサミを持ち歩いて、いつも手入れを欠かしません。食事の後にヘアメイクをするときは、万が一に備えてゲップを抑える消化薬を。息を整えるミントも必携です」


「顔に直接触れるので手のケアは重要。指のささくれをケアするハサミを持ち歩いて、いつも手入れを欠かしません。食事の後にヘアメイクをするときは、食後のだるさを軽減する消化薬を。息を整えるミントも必携です」

 ヘアメイクアップアーティストとして何ができるかはまだ具体的にはわからないのですが、きっとこの先、消費一辺倒だった社会、とくに東京で生きる人々の暮らしも意識も変わってくるような気がしています。そんな変化の中で、自分の好きな世界、職業をどう生かしていけるのか、それを考えている最中です。

 たとえば美容の世界は流行や商品流通のスピードがものすごく速くて、無駄や廃棄物が多いという負の側面も持っています。とくに化粧品はどんどん新商品が出て、盲目的な消費になりがちですが、それもそろそろ考え方を変える時期に来ていると思います。

 美容にまつわることでも「大事に使い切る」「足るを知る」という姿勢がかっこいいと思える社会はつくれるんじゃないだろうか。美容を生業とする身として、そんな活動の一端を担える仕事がもしできたらすてきだなと思っています。

 子どもを持ってから東京を離れたいと思ったことですか? 正直、子育てをする環境を思ったら地方都市のほうが自然も多くていいかなと思ったことはありますが、子どもを持ちながらでも第一線で働ける柔軟な環境があるのは東京だからこそだとも思います。

 私は欲張りなので、子育ても仕事も、できるだけ多くの選択肢の中から自分らしい道を選びたい。何も諦めないで、納得して生きていけるという点では、東京はもってこいの街なんじゃないかな。その分、覚悟が必要ですが(笑)。

小池さんのホームページ

PROFILE

  • 小林百合子

    編集者
    1980年兵庫県生まれ。出版社勤務を経て独立。山岳や自然、動物、旅などにまつわる雑誌、書籍の編集を多く手がける。女性クリエイター8人から成る山登りと本づくりユニット〈ホシガラス山岳会〉発起人。著書に『最高の山ごはん』(パイ・インターナショナル)、『いきもの人生相談室』(山と溪谷社)、野川かさねとの共著に『山と山小屋』(平凡社)など。

  • 野川かさね(写真)

    写真家
    1977年神奈川県生まれ。山や自然の写真を中心に作品を発表する。クリエイティブユニット〈kvina〉、自然・アウトドアをテーマにした出版・イベントユニット〈noyama〉の一員としても活動する。作品集に『Above Below』(Gottlund Verlag)『with THE MOUNTAIN』(wood/water records)、著書に『山と写真』(実業之日本社)など。
    http://kasanenogawa.net/

青山のトリマー:前田恵さん(35歳)

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渋谷区のセラピスト:鈴木愛さん(38歳)

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