鎌倉から、ものがたり。

パン職人兼DJ、蔭山さんの店は駅徒歩20分。「充麦」(後編)

>>「充麦」(前編)からつづく

 鎌倉から海岸沿いの道を南下していくと、古都とはまた違う、陽光にあふれた三浦半島の景色に出会う。京浜急行線の終点、三崎口から歩いて20分という場所に、自家製小麦でパンを焼く「三浦パン屋 充麦」がある。
 立地は人通りが多いとはいえない国道沿い。それでも店には、近隣の住人や学校帰りの小学生、遠方からのパン好きと、お客さんが次々と訪れる。

 店主の蔭山充洋さん(43)がパン屋を開こうとしたとき、周囲の人たちは口をそろえてこう助言した。
「駅に近くて、人通りが多くて、住宅街がちゃんとある場所がいい」

 でも、充麦の立地は全部その反対だ。
「最初はみんなの助言をふんふんと聞いて、いろいろ物件を見て歩いたんです。でも、どこもしっくりこなくて。ちょっと行き詰まったときに、『何で僕はパン屋をやろうと思ったんだっけ?』と、ふと我に返ったら、『人と違うことをやる』という原点を思い出した。そこで、自分の麦畑に近いところ、と条件を変えてここに決めたんです」

 助言をくれた人たちからは「ボロクソにいわれた(笑)」が、当人にはどこ吹く風で、「これから忙しくなるなあ~」と、明るい自信に満ちていたという。

 自信の源には、パンの材料となる小麦をみずからが育てている、という手ごたえがあったのだろう。店から車で5分ほどの畑に案内してもらうと、青々とした麦の穂がすっくりと立ち並んでいて、なぜかこちらまで「見通しは明るい」という気分になっていく。

「日本には、長く『国産小麦は製パンに向かない』という説がありました。確かに外国産の小麦は、焼き上がりの形がきれいになりやすい。でも、キレイな形でなければおいしくない、というのは、ただの思い込み。今は国産小麦も改良が進んで、おいしいパンが焼けるようになっています」

 それでも国産小麦は生産量、流通量が各段に少ない。なぜかというと、国の農業政策が小麦の買い取り価格を低く抑えてきた歴史があるからだ。蔭山さんは、「苦労して麦を作っても、1キロ80円ぐらいにしかならない」と、農家から聞いた。であれば、「野菜を作った方がよほどいい」という話になる。

 しかし、蔭山さんはその課題を、自家栽培×パン屋というアイデアで乗り越えた。
「自分で小麦を育てて、いちばん影響が大きいのは、製粉直後の粉が使えることです。普通、問屋さんから買う小麦粉は倉庫で数カ月寝かせてから出荷されます。それによって水分量が安定して、製造時の失敗率が下がるのですが、風味と香りはどうしても犠牲になる。その点、自家製の小麦粉は本当にフレッシュに焼きあがります」

 風味を最大限に生かすため、充麦では全粒粉を基本にしている。
「種をまいて、麦踏みをして、雑草を抜いて……と、手塩にかけて育てた小麦です。精白して、周りの部分を全部捨ててしまうなんて、耐えられない(笑)」

 小麦の品種は三重県作出の「ニシノカオリ」だが、畑にまくタネは自家採取で、三浦の土地にしっかりと適応している。充麦では、その三浦産の自家製小麦を使って、生パスタや地ビール、小麦茶といったオリジナルの製品も展開している。いずれは三浦産小麦を、ほかの店や家庭でも使うようになってほしいと蔭山さんは願う。

 店の営業時間は朝7時から夕方4時まで(種まき、収穫時は不定休)。パンが並ぶテーブルの奥が作業場になっていて、毎朝5時からパンづくりをする蔭山さんの姿が、通りからもよく見える。パン職人であると同時に、DJでもある蔭山さんにとって、店はライブハウス。キビキビと立ち働く様子が、JBLのスピーカーから流れるキレのいいブラックミュージックとシンクロする。

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PROFILE

  • 清野由美

    ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。在学中、英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

  • 猪俣博史(写真)

    1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

32歳、三浦半島で小麦を育て、製粉してパンを焼く。「充麦」(前編)

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