東京の台所

<169>就職2年。バツイチ14歳上と結婚し、母に

〈住人プロフィール〉
会社員(女性・育休中)・24歳
賃貸マンション・2LDK・西武池袋線 中村橋駅(練馬区)
築年数7年・入居5カ月・夫(会社員・38歳)、長男(0歳)との3人暮らし

    ◇

 大学卒業後、就職した会社で東京配属になった。学生時代は関西の実家から通っていたので、東京も、ひとり暮らしも初体験である。働いてみると、社員同士仲のよいアットホームな会社だった。秋に、先輩社員宅の宴会に呼ばれた。
「上司と仲のいい同僚が引っ越しをしたというので、上司に誘われて鍋会に行ったのです。いつも、バツイチをいじられている14歳上の明るい人。初めて話すのに気を使わず、会話が弾んで気が合いました。部屋がきれいで、台所には調味料がたくさんそろっていた。男の人なのに珍しいなと思いましたね」

 磁石が引き合うように、互いに惹かれ合い、1カ月後に彼から誘われ初デート。学生時代を含めひとり暮らし歴の長い彼が、コーヒー好きの彼女のためにロフトでコーヒーサーバーを買ってくれた。
 そこからは、ジェットコースターのような展開になる。なにせ、今、取材に答える24歳の彼女は、生後2カ月の長男を抱いているのだから。

「就職1年目の23歳の3月に交際を申し込まれました。彼は、自分は37歳なので、付き合うなら結婚前提にとはっきり言われました。迷い? 全然なかったです。この人だって最初から思っていました。5月、帰省の折に関西の両親に、彼の存在を伝えたら、バツイチでそんな年上?ありえないと相手にされなかった。7月に妊娠がわかり、11月に入籍、産休に入って12月、両家初顔合わせ。今年の3月に出産しました。40歳くらいまでに子どもが生まれたらいいな程度に考えていたので、自分でも全く想像していなかった人生です」

 いちばん困難だった山は、両親に妊娠を告げたときだ。開口一番、母は電話口で叫んだ。「あんた!何考えてんの!」。
「これまでの人生で一番怒られました。留学も就職も、なにひとつ反対されたことがなかったのですが。いつも冷静な父も、“そんなん、絶対あかんからなっ”と、取り乱していたことに衝撃を受けました」
 それでもこの人と一緒になりたい。ふたりは、しばらく時間を置いてから、結婚の許可をもらうため、実家に行きたいと、伝えた。来るなら彼の釣り書と、戸籍抄本を持参せよ、と言われた。

 会うなり、彼は両親の前で深々と頭を下げた。
「僕が最初にご挨拶(あいさつ)をできずに、申し訳なく思っています」
 そして、これまでの経緯をつつみかくさず説明した。
 母が静かに口を開く。
「娘に子どもができたと言われたら、親ならまず“おめでとう”と言いたい。でもあまりに突然のことで、驚きすぎておめでとうを言えなかった。それが罪悪感でした」
 そうですよね……、僕が挨拶の順番を間違えたので……。独特の間(ま)に、真摯(しんし)な気持ちがつまっていた。
 食事をしながらさまざまな話をしたあと、父が最後に言った。
「家事ができるように育てていませんが、こんな娘でよければ」

 上京、ひとり暮らし、就職。何もかもが初めてだった彼女は今、初めての子育てと向き合っている。だが、私がみる限り、若いママにしては想像よりずっと余裕があり、落ち着いている。これは、夫の存在も大きそうだ。
「土日の料理は彼が担当してくれます。先週の朝は卵とハムとチーズのサンドイッチでした。何かで読んだといって、卵サンドは玉ねぎ入り。すごくおいしかった。料理は同じものを作らないんです。いつも何かちょっとひと工夫する。会社の帰りにスーパーのおつとめ品を見つけてくるのもうまいんですよ」

 彼の料理は要領がよく、手早い。彼女は補佐をしながら、覚えていく。家事、掃除もいとわず、片付け好きの彼女と相性が良いのがわかる。

 子どもがいても仕事は続けたいし、今の仕事とは違うものも経験したいと目を輝かせる。
「子どもはいつか巣立つ。ずっと一緒にいられるわけではありませんもんね。親がいきいきと働く姿を見て育ってくれたらいいと思います。大学で社会学を学んだので、何か社会の役に立つ仕事にもトライしたいと思っています」

 ところで、彼女にはもうひとり心強い味方がいる。半年早く出産した義姉だ。東京にいるので、何かとラインや電話で情報交換をして毎週のように会っている。出産している友だちもおらず、夫以外身内のいない都会で、なんでも話せる貴重な育児仲間だ。
 義姉は、じつは影の恩人でもある。
 母が、結婚前に妊娠した娘の将来を案じていたとき、義姉は彼女の前で進言した。
「まわりにできちゃった結婚をした子がいるけど、うまくやっている人はいっぱいいますよ。Nちゃんが幸せなら、それが一番って私は思います」
 母はその一言に大きく背中を押されたと後で語っていた。

 乳飲み子を抱え、まだまだゆっくり眠れない日が続くだろうが、彼女にはたくさんのサポーターがいる。今のまま、感謝を忘れず歩んでいってほしい。

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PROFILE

大平一枝

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。
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