ほんやのほん

境界線という幻想。『ナイトフライト』『新しい住みか』

撮影/馬場磨貴

撮影/馬場磨貴

「地続き」がもたらす甘美な夢
『ナイトフライト』

歌人・伊波真人さんの第一歌集『ナイトフライト』(書肆侃侃房)は、「地続き」を描いた歌集である。
遠くに見える向こう側が、実は私たちが立っているこの場所と「地続き」なのだと気付けたとき、すっと浮遊するような新鮮な感動が肌を粟立たせる。

・月までは行けないことは知っているそれでも強く自転車を漕ぐ
・どこへでもつながってると知ってから線路を星を見るように見る
・きのうからつけっぱなしの電灯が夜のほとりで朝を見ている
・口内炎舌で辿ってくちびるの上の月面探査計画
・マンホールへだてて水の音がする 町はどこへと続くのだろう
・書きかけの手紙を机に広げればそこだけ凪いだ渚のようで

春夏秋冬、夜と朝、地球と宇宙、海と空、人間と海、生と死、日常と非日常。
それらは別々のものではなく、すべてが「地続き」でつながっている。
線路(電車)や町(マンホール)だってどこかと「地続き」などころか、ひょっとすると口内炎の口の中が月面と「地続き」かもしれないし、書きかけの手紙を広げる机上が凪いだ渚と「地続き」かもしれないと想像することは、私たちに甘美な夢を与えてくれる。

作中で度々使用される「君」「僕たち」「僕ら」という言葉には、作者の描く世界に私たちをいざなう力があり、決して読者を置いてけぼりにはしない。読み進むにつれて、作者の見ている景色と同じ見え方で、私たちが景色を見ているような気分にさせられ、作者と読者ですら「地続き」なのだと感じずにはいられない。

『ナイトフライト』伊波真人 著 書肆侃侃房 2052円(税込み)

『ナイトフライト』伊波真人 著 書肆侃侃房 2052円(税込み)

この歌集の中で「底」という言葉が幾度となく使われているが(伊波さん曰く、意図的に使用しているわけではないとのことだが)、この「底」という言葉に触れるたびに、底とは見下ろすものではなく「見上げる」ものなのだなと感じた(それこそ星座を見上げるように)。はたして底はどこと「地続き」なのだろう、とぼんやり考える時間は私にとってなんともぜいたくなひと時だった。

沈黙に耳を傾ける

詩人・大崎清夏さんの『新しい住みか』(青土社)は、私たち人間と動物たちとの境界線をゆるやかにほどく、これまた「地続き」な詩集である。
アルダブラゾウガメのアブーについて書かれた冒頭の「アブー」は、息が詰まるほど緊迫感のある言葉で私の心を鷲づかみにした。

堂々と あなたは あなたの王
一歩の遅さに落ち込むことはあるが
一歩の正当性を疑ったことはない
「アブー」より(P9)

最後のこの言葉で、私とアブーとの境界線が消えたような錯覚をおぼえ鳥肌が立った。
アルダブラゾウガメのアブーをはじめ、パンダやライオンなど、動物について書かれた詩がいくつか収録されているが、それは動物について書かれているように見えて、実は私たち人間について書かれているのではないかと感じられた。「動物たちへのまなざし」ではなく「動物たちのまなざし」を描く剥き出しの言葉は、動物というマイノリティに対する人間(マジョリティ)の傲慢さを指摘しているようにも見える。

あなたがノートの見開きに書きとめることばと
わたしが本で読んで泣いたことばは ちがう
「炊飯器」より(P19)

『新しい住みか』大崎清夏 著 青土社 1728円(税込み)

『新しい住みか』大崎清夏 著 青土社 1728円(税込み)

私が、私の考えていることしか考えられないように、私とあなたは明確に異なる存在である。そして、私とあなたが別個の存在であるのと同様に、私たち人間と動物たちとも別個の存在である。それはなにもおかしなことではなく、本作の言葉を借りて言うなら「嬉しくて笑えること」なのではないだろうか。

今年の4月、大崎さんのご自宅に伺った際、大崎さんの仕事部屋で見せてもらった、ナナオサカキさんの「ラブレター」という詩をいとうせいこうさんが朗読している動画が忘れられない。あれからもう2カ月以上経つが、耳と心にこびりついて離れてくれない。人間は言葉「以前」の存在であるはずなのに、言葉が人間を生み出したのではないかと錯覚させられるような静かな迫力があった。そして、その迫力は大崎さんが生む詩の魅力と似ているのではないかとふと思った。

PROFILE

蔦屋書店 コンシェルジュ

12人のブックコンシェルジュの皆さんに、
そのとき、一番おすすめの本を週替わりで熱くご紹介いただいています。
●代官山 蔦屋書店
間室道子(文学)
●二子玉川 蔦屋家電
岩佐さかえ(健康 美容)/大川 愛(食)/北田博允(文学)
嵯峨山 瑛(建築 インテリア)/中田達大(ワークスタイル)/松本泰尭(人文)
●湘南 蔦屋書店
川村啓子(児童書 自然科学)/重野 功(旅行)/羽根志美(アウトドア)
八木寧子(人文)/若杉真里奈(雑誌 ファッション)

北田博充(きただ・ひろみつ)

二子玉川 蔦屋家電のBOOKコンシェルジュ。出版取次会社に入社後、本・雑貨・カフェの複合書店を立ち上げ店長を務める。ひとり出版社「書肆汽水域」を立ち上げ、書店員として自ら売りたい本を、自らの手でつくっている。著書に『これからの本屋』(書肆汽水域)、共編著書に『まだまだ知らない 夢の本屋ガイド』(朝日出版社)がある。

数学と料理とは同じだ。『おいしい数学』

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