花のない花屋

“嫁いびり”を耐えしのび、家でも外でも一生懸命だった母へ

“嫁いびり”を耐えしのび、家でも外でも一生懸命だった母へ

〈依頼人プロフィール〉
小林彩子さん 42歳 女性
愛知県在住
アンティークショップ経営

今年で67歳となる母は、私たち姉妹にとっては自慢の母です。

私の家はもともと父、母、姉、父方の祖父母が一緒に住む6人家族でした。祖父母は私たち孫には優しかったのですが、母に対しては正反対。とても厳しく、世に言う“嫁しゅうとめ問題”がある家でした。

祖母は孫の私から見ても自分本位で、わがまま。母のやることが気に入らないと、ちょっとしたことですぐにネチネチと文句を言っていました。たとえば、食事はいつも夕方5時と決まっていたのですが、それに少しでも遅れると「遅いわね」と一言。私たちが小学校にあがり、母が働き始めたときも、「お金に困っているわけじゃないのに、なんであなたが子どもを放っておいて働きに出るの!」と嫌みを言っていました。

でも、母は決して文句は言わず、家の中ではすべてを飲み込み、言い争いは一切しませんでした。もちろん、仕事に出たからといって家事がおろそかになることもありませんでした。

母は私たち姉妹にこう言っていたことがあります。「これから大人になるあなたたちと一生対等につきあいたいの。でも家にいるだけだったら、お母さん以上の存在になれない。だから、一人の大人として魅力的になれるよう、外で働かせてね」。

母はその言葉通り外でバリバリ働き、目に見えて仕事の成果もあがり、最後には自分の事務所として中古の家も買いました。子供心にすごいなと思ったのを覚えています。

やがて、私が大人になって結婚する頃には母と祖父母の関係が徐々に変化しているのを感じました。

祖父は晩年、息子である父や祖母の声は聞こえないのに、不思議なことに母の声だけは聞こえ、母の介護でしかご飯を食べなくなりました。祖父が94歳で亡くなった2年後に父が急死してしまい、母は祖母と二人暮らしになりましたが、祖母が介護施設に入所すると、母は実の娘のようにしょっちゅう会いに行っていました。

祖母が体調を崩し、100歳で亡くなる二日前に私と母でお見舞いに行ったときは、母は祖母の好きな落雁(らくがん)を作っていき、祖母の口に小さく砕いて入れてあげていました。すでにはっきりとしゃべれなくなっていた祖母でしたが、そのときは母の名前を呼び、「ありがとう。おいしい、おいしい」と何度も言っていました。

そんな母の姿を見て、私は母の偉大さを改めて感じました。長い間家族のために家のことをこなし、仕事でも成功し、厳しかった祖父母からも誰よりも信頼され、仕事を引退した今でも好きなことに全力投球をしています。

そんな母に、今までおつかれさまという気持ちと感謝を込めて、私たち姉妹から母へ花束を贈りたいです。

母は今は自宅で庭いじりをしたり野菜を作ったり、これまでの趣味だった洋裁やパン作りに本格的に取り組んでいます。私の友人からも慕われ、私がいないときに友達が母に会いに来ることもあるほどです。みんなの太陽のような、あたたかくてやわらかい存在で、かつ芯のある魅力的な女性です。

化粧気のない母は、野の花や枝モノを摘んで束ねたような自然な感じが好きなよう。これまでバリバリとがんばってきた分、ほっとできるような淡いピンクや白、濃淡の異なる葉っぱや枝モノ、香りのよい植物などを使い、やさしいイメージでまとめていただけないでしょうか。

“嫁いびり”を耐えしのび、家でも外でも一生懸命だった母へ

花束を作った東さんのコメント

家族のことのみならず、ご自身の仕事でも全力投球をされる自慢のお母様へ。姉妹から贈る感謝の花束です。ナチュラルで優しい雰囲気で束ねています。

化粧気のないお母様は、「野の花や枝モノを摘んで束ねたような自然な感じ」がお好みということでした。今回はバイカウツギとリョウブといった枝物を採用。また、真ん中に入っているのが、レースフラワー。細かいお花がたくさんついているものです。ベルテッセンやスカビオサ、細かなお花のキョウカノコをミックスし、ナチュラルに仕上げました。

日にちが経つと花びらが鮮やかなピンクになったり、また、ディクタムナスの香りも特徴的。ご自慢のお母様と一緒に、これらを楽しんでいただけると非常に嬉しいです。

“嫁いびり”を耐えしのび、家でも外でも一生懸命だった母へ

“嫁いびり”を耐えしのび、家でも外でも一生懸命だった母へ

“嫁いびり”を耐えしのび、家でも外でも一生懸命だった母へ

“嫁いびり”を耐えしのび、家でも外でも一生懸命だった母へ

(写真・椎木俊介/ライター・宇佐美里圭)

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フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

1976年生まれ。
2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
作品集に「ピエール・エルメ サティーヌ」「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERSII 植物図鑑」(ともに青幻舎)など。

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