東京ではたらく

ヨガインストラクター:河野紗世さん(32歳)

  

職業:ヨガインストラクター
勤務地:都内各所
仕事歴:7年目
勤務時間:不規則
休日:不規則

この仕事の面白いところ:さまざまな人とつながれること
この仕事の大変なところ:心身ともに常に自分を整えておかなければならないところ
    ◇

都内で会社員として働きながら、休日を中心にヨガのインストラクターとして働いています。知人の美容院で出張教室を開いたり、都内のヨガスタジオでクラスを持ったり、教える場所はさまざまです。

出身は京都です。父が彫刻を生業としていたので、小さい頃は父がアトリエを移すたびに引越しをして、関西を転々としていました。

物心ついた頃から父が彫刻を作るのを見ていて、小学生くらいになると簡単な手伝いなんかもしていました。人体をモチーフにした作品を作るときにはモデル役をしたこともありましたね。

そんな姿を間近で見ていたせいか、私も気づけば絵を描いたり、物を作ったりすることが好きになって、高校時代には自然と父と同じ、芸術の道に進みたいと思うようになりました。

美術大学に進学したいという希望は随分早く固まっていたと思います。当時はとにかく芸術を学びたいという気持ちで、将来アーティストになりたいとか、その道で絶対食べて行くぞという具体的な目標は持っていなかったと思います。

幼少期にクラシックバレエを習っていたこともあって、体は柔らかいほう。「ヨガを続けていると体が硬い人も徐々に柔らかくなっていきます。大切なのは焦らないこと」


幼少期にクラシックバレエを習っていたこともあって、体は柔らかいほう。「ヨガを続けていると体が硬い人も徐々に柔らかくなっていきます。大切なのは焦らないこと」

父は芸術の道一本で生計を立てていましたが、それはかなり厳しい道だということは大学を卒業する頃に感じ始めました。そんなことは父は重々承知だったと思いますが、美術大学への進学については賛成してくれました。

東京の大学に進学して彫刻を専攻したのも父の影響が大きかったと思います。大学ではとにかく製作漬けの日々で、気づけばあっという間に4年生。周囲は大学院に進んで芸術家の道を目指したり、美術館の学芸員を志したり、教員免許を取って美術教師になる人もいました。

私はというと、就職活動もほとんどせず、「この先どうやって生きて行こうかな?」という感じで。彫刻は大好きでしたが、「その道一本では到底生きていけない」ということも薄々感じていました。このままじゃ生活していけないぞ……。はっきりわかっていたのは、それだけですね(笑)。

平日は古材を扱う会社の社員として勤務。「仕事もですが、とにかく上司や仲間が大好きで。ヨガインストラクターは副業になりますが、それも快く認めてくださる会社の方々には感謝しかありません」


平日は古材を扱う会社の社員として勤務。「仕事もですが、とにかく上司や仲間が大好きで。ヨガインストラクターは副業になりますが、それも快く認めてくださる会社の方々には感謝しかありません」

そんなときに偶然見つけたのが、アメリカから古材を輸入して販売したり、それを使って店舗の内装を手がけている会社の求人でした。もともと古い物が好きで、自分の作品作りにも古材をよく使っていたので、これは面白い仕事かもしれないなと。

最初はアルバイトからのスタートでしたが、どうせ働くなら好きなものに関われる仕事がいいと、その会社でお世話になることにしました。仕事内容は扱う古材の在庫管理やショールームでの接客、ディスプレイの企画などさまざま。

大学時代は一人で作品作りに没頭していたので、たくさんの人と関わりながら仕事をするのはとても刺激的で、「働くって楽しい!」と思ったことをよく覚えています。

店舗作りの仕事などでは、自社の古材を使って家具や雑貨を作る仕事もあったので、そういう場面では美大で培ったもの作りのスキルが役立ちました。木材にペンキを塗ったり、家具を組み立てたり、手を動かすことは得意だし好きな作業ですから、本当にいい会社に巡り合えたなあと思っていました。

休暇にはヨガのワークショップ合宿に参加するなど、より深い知識を身につける勉強も欠かさない。先生の話はしっかりノートを取って、自分のクラスにも役立てている


休暇にはヨガのワークショップ合宿に参加するなど、より深い知識を身につける勉強も欠かさない。先生の話はしっかりノートを取って、自分のクラスにも役立てている

でもその半面、パソコンを使って在庫管理をしたりといった事務作業は苦手で(笑)。そういう作業が続くと「ああ、体を動かしたい!」と思ってしまうんですよね。そんなときちょうど実家の母がヨガをやっているということを聞いて、じゃあ私もやってみようかなと。それがヨガを始めたきっかけでした。

最初は近所のホットヨガスタジオに通いました。純粋に体を動かすのが気持ちよくて、事務作業で凝った体がほぐれていく実感がありました。でも1年間ほど続けているうちに、体だけでなく心の変化が生まれていることに気づいて。

言葉にするとしたら、「心と体はつながっているんだな」ということを体感できたと言いますか。例えば、体が凝り固まっていると気持ちもだんだん暗くなってくるんですよね。体をほぐせば心も楽になって、前向きな気持ちになれる。心が健康になると体調も不思議とよくなるというか。

そういうことを体験するうちに、「もっと深くヨガのことを知りたい」という気持ちが強くなってきました。純粋なアクティビティーとしてのヨガだけでなく、その本質的な部分、哲学のようなものを学んでみたいと思ったんです。

「楽な方へ行ってもいい」。頑張りすぎない生き方、伝えたい。

ヨガの基本は呼吸を整えること。毎朝、10分程度の瞑想(めいそう)を欠かさない。「仕事で緊張したり、慌ててしまったときもヨガの呼吸法を行うと気持ちが落ち着きます」


ヨガの基本は呼吸を整えること。毎朝、10分程度の瞑想(めいそう)を欠かさない。「仕事で緊張したり、慌ててしまったときもヨガの呼吸法を行うと気持ちが落ち着きます」

会社に勤めながら休日を利用してヨガインストラクターの養成スクールに通い始めたのは26歳くらいの頃でした。学校ではヨガの歴史やその考え方も学ぶのですが、その教えの中で一番心に響いたのが、「心の作用を死滅させる」というヨガの考え方でした。そのために内観(自分自身を観察する)をします。

ヨガのポーズの中には足を高く上げたり、体を折り曲げたり、なかなかハードなものも多いです。でも、完璧なポーズを取ることが重要なわけでは決してないんです。

体が柔らかい人、硬い人、いろいろな方がいますから、どんなポーズも最初はできる範囲でやればいい。大切なのは自分が「心地いい」というところで止めることなんです。そうして毎日ポーズをとっているうちに徐々に体が柔らかくなってきますから、ゆっくりと自分のペースで続ければいいんです。

私も最初は「先生と同じポーズをしなくちゃ」と頑張ってやっていたのですが、そうすると全然リラックスできないんですよね(笑)。考えてみればそれは日常生活のあらゆることにも通じていて、何事も初めから完璧を目指していたら、体も心も疲れてしまう。

ヨガの教えにあるように、頑張りすぎず、自分が心地いい、気持ちいいと思えるレベルでゆっくりと進んでいけばいいんだと思ったら、なんだか肩の力が抜けたと言いますか、ちょっと大げさかもしれませんが、以前と比べて“生きるのが楽”になったんです。

古材を使った雑貨や家具の製作も行う。「手を使う仕事は大好き。今は個人の作品作りはしていませんが、やっぱり物を作っているときは楽しいですね」


古材を使った雑貨や家具の製作も行う。「手を使う仕事は大好き。今は個人の作品作りはしていませんが、やっぱり物を作っているときは楽しいですね」

これは今でもはっきりとした要因はわからないのですが、自分は物心ついたときから「生きるのは大変なことだ」と理由なく思っていたような節があるんです。一人っ子で、大人に囲まれて育ったせいもたぶんあると思いますが、まだ子供のくせに気持ちだけは一人前の大人なんですよね。

まだ一人では何もできないくせに、「しっかり生きなくちゃ」と思っていたのかもしれません。それができない自分がもどかしくてモヤモヤして(笑)。

大人になってからもそんな気持ちをどこかで引きずっていた部分があったのですが、ヨガの考え方に出会ってからは、そんなに思い詰めなくてもいいぞと思えるようになって。やっと自分のペースで生きられるようになったのかなと思います。

自分で楽しむだけでなく、ヨガを誰かに教えたいと思うようになったのは、同じような気持ちを持っている人に自分の体験を伝えたいと思った部分が大きいと思います。体の面でも気持ちの面でも、どこかで「生きるのが大変だ」と思っている人がいたら、ヨガを通してそれを解消する術やヒントを伝えたいなと。

会社のオフィス兼ショールーム。家具のほか、古材を使ったフレームや雑貨も製作・販売する


会社のオフィス兼ショールーム。家具のほか、古材を使ったフレームや雑貨も製作・販売する

インストラクターをやっていて一番うれしいなと思う瞬間は、そういう生徒さんが何度かクラスに通ううちに、固まっていた体と心をすっとほぐしてくれる瞬間に立ち会ったときです。

例えば、生徒さんの中には体がガチガチに凝っていて、背中なんてまるで亀の甲羅みたいになっている方もいるんですね。そういう人には頑張り屋さんが多くて、きっと仕事も日常生活も「ひとりで完璧にやるぞ!」と思っていらっしゃるんだと思います。

そういう方は、ポーズをとっている最中にちょっと手を触れてみると、足も腕もものすごく力が入っているんですね。でも、何度かクラスに通っていただいて、「頑張りすぎる必要はないんですよ、楽なようにやっていいんですよ」とお話ししていると、ある日手を触れてみたとき、体の力が程よく抜けていて、私の手に体重を任せてくれたりするんです。

そんな変化を感じたときはこちらの心もほぐれるというか、ものすごくリラックスできるんですよね。それは私自身がヨガを通して知った心地良さなので、生徒さんたちがそれを体感してくれたときは本当にうれしくて、インストラクターをしていてよかったなとしみじみと思います。

最近勉強しているタイ古式マッサージは、人に直接触れて体の凝りや滞りをほぐす施術。「手の感覚を研ぎ澄ますという点では彫刻に似ているかもしれません。新しいことを勉強するのはいつも刺激的です」


最近勉強しているタイ古式マッサージは、人に直接触れて体の凝りや滞りをほぐす施術。「手の感覚を研ぎ澄ますという点では彫刻に似ているかもしれません。新しいことを勉強するのはいつも刺激的です」

「じゃあなぜヨガインストラクター一本でやっていかないの?」と聞かれることが多いのですが、確かにそうですよねえ(笑)。この先、もしかしたらそうするかもしれませんが、今は古材屋さんの仕事も続けたいと思っています。

たぶんそれは会社の仕事で出会える人や、得られる経験も今の自分にとって大切だと思っているからで、何より、今の自分にとって、その働き方のバランスが「心地いい」と思えているから。ヨガのポーズと同じで、「心地いい」と思えるバランスは日々変化しますから、その都度、柔軟に変化していけたらいいんじゃないかなと思っています。

最近はタイ古式マッサージの勉強を始めて、今後はヨガとマッサージをミックスした施術をやっていきたいなとも考えています。体に直接触れてその人の凝り固まった部分を正確に知れれば、また違ったアプローチができるんじゃないかと考えていて。そんな風に、勉強は常に続けていきたいですね。

◎仕事の必需品「朝、瞑想(めいそう)をしながら焚(た)くお香はリフレッシュに欠かせないもの。あぐらをかいて目を閉じ、気持ちを落ち着けるだけで、心身ともにすっきりします。このお香は10分ほどで燃え尽きるのですが、1本燃え尽きるまで瞑想するのがちょうどいい」


◎仕事の必需品
「朝、瞑想をしながら焚(た)くお香はリフレッシュに欠かせないもの。あぐらをかいて目を閉じ、気持ちを落ち着けるだけで、心身ともにすっきりします。このお香は20分ほどで燃え尽きるのですが、1本燃え尽きるまで瞑想するのがちょうどいい」

ヨガのインストラクターというのは、体ひとつあればどこでもできるので、東京でなくとも全国各地、好きな場所で続けられる仕事です。それでも東京を離れずにいる理由は何かと聞かれたら、ひとつは東京が日々、さまざまな人に出会える場所だということ。

色々な生き方をしている人に出会って、話を聞くと、「生き方に決まった形なんてない」って思えるんです。そうすると、たまに湧き上がってくる「もっとちゃんと生きなくちゃ」という気持ちがすっと消えるような気がして。一人一人自由に生きればいいんだって。

その半面、東京で忙しく生活していると、どうしても肩に力が入ってしまう場面が多くなります。そんな街に暮らしているからこそ、ぜひヨガを体験して心身共にリラックスしてもらいたい。その手助けができる存在であれたらいいなと思っています。

理想は、「忙しい毎日の中で、この時間だけはサボっていいんだ」と思ってもらえる場所を作ること。それで体も心も元気になって帰ってもらえたら、こんなに嬉しいことはないですね。

■河野紗世さんのfacebook

PROFILE

  • 小林百合子

    編集者
    1980年兵庫県生まれ。出版社勤務を経て独立。山岳や自然、動物、旅などにまつわる雑誌、書籍の編集を多く手がける。女性クリエイター8人から成る山登りと本づくりユニット〈ホシガラス山岳会〉発起人。著書に『最高の山ごはん』(パイ・インターナショナル)、『いきもの人生相談室』(山と溪谷社)、野川かさねとの共著に『山と山小屋』(平凡社)など。

  • 野川かさね(写真)

    写真家
    1977年神奈川県生まれ。山や自然の写真を中心に作品を発表する。クリエイティブユニット〈kvina〉、自然・アウトドアをテーマにした出版・イベントユニット〈noyama〉の一員としても活動する。作品集に『Above Below』(Gottlund Verlag)『with THE MOUNTAIN』(wood/water records)、著書に『山と写真』(実業之日本社)など。

フリーランス編集者:鈴木絵美里さん(36歳)

トップへ戻る

建築士:大内久美子さん(40歳)

RECOMMENDおすすめの記事