花のない花屋

年内で退職。70歳の自分へ、未来に向かう力となる花を

年内で退職。70歳の自分へ、未来に向かう力となる花を

〈依頼人プロフィール〉
日向貴美子さん 70歳 女性
埼玉県在住
会社員

当方、70歳を迎えた“独身老婆”で、経理として働いております。28歳で入社してから44年。山あり谷ありでしたが、ここまで勤められてきたのは奇跡としかいいようがありません。

しかし、今年は会社が吸収合併されるということになり、当然のことながら先方の企業から「65歳以上の勤務者はおりませんので、年内でお引き取りください」と、通達を受けました。さもありなんと覚悟はしておりましたが、いざそうなると心の波立ちがあり、なぜだろうと考えてみると、やはり半世紀勤めてきた仕事を辞める寂しさがあるのだと気づきました。

外資系ですので、「明日からこなくてもいい」と言われることは日常茶飯事。気づけば隣の人の机が空いていた……なんてことはよくありました。そんな中で生き残ってこられたのは本当にありがたいことでした。

若い頃から「社会とつながっていたい」という気持ちが強く、働くことが楽しかったから続いたというのもあるでしょう。とはいえ、「明日こそ辞表を出そう」と思ったことは何度もあります。40代の頃は、社内での責任が大きくなり、ストレスで胃潰瘍と乳がんを患い、大きな手術を二度したこともあります。

それでも、70歳を迎えたいま、「辞めずに続けてきて本当によかった!」と心から思っています。だからこそ、仕事に対する執着心があり、寂しさもひとしおです。とりたてて趣味もないですし、これからどうしようという不安もあります。

先日、主治医の先生に「もう古希なの」と言うと、「年は関係ないですよ。老いるのは姿勢が悪いから。何があっても、背筋をぴんと伸ばして、笑顔でいれば大丈夫!」と言われ、その通りだわ……と思いました。何があっても笑顔で受け入れ、「ああ、楽しかった!」と死んでいけたら……という思いです。

これまでの仕事人生から、新しい生活に切り替わる今……きっと大きく「ジャンプ」をする時期なのでしょう。そこで、自分に勢いをつけるため、未来に向けて新しいスタートを切る力となるようなお花を作っていただけないでしょうか。これまで人様にお花を差し上げることはあっても、自分へ贈るということはありませんでした。「無事之名馬(ぶじこれめいば)」という言葉通り、いろいろありながらも完走した自分を、よくがんばったと褒めてあげたいです。白いお花が好きですが、基本はすべて東さんにお任せいたします。どうぞよろしくお願いいたします。

年内で退職。70歳の自分へ、未来に向かう力となる花を

花束を作った東さんのコメント

長年の勤務、お疲れさまでした。いただいた原稿を読んで、きっと日向さんのような方が日本を支えてきたのだなと思いました。こういう方にこそ、見た瞬間にぐっとくる、スタイリッシュで華やかな花束を受け取ってほしい……。そんな思いを込めて束ねました。

使用した花は、まず“花の中の花”、キングプロテア。そこに白いカラー、トルコキキョウ、クルクマソウ、パフィオペディラムを合わせました。さらに、ドーラティーという大きなエアプランツを挿し、カラテアという大きな葉を加えて動きを出しています。オールホワイトでまとめた、ゴージャスな花束です。

日常の業務を淡々とこなしていくというのは、実はとても大変なこと。僕自身も最後に「続けてきてよかった」と言えるような生き方をしたいと思っています。

日向さん、44年間お疲れさまでした。そしてこれからも新しい人生を楽しんでください。

年内で退職。70歳の自分へ、未来に向かう力となる花を

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年内で退職。70歳の自分へ、未来に向かう力となる花を

年内で退職。70歳の自分へ、未来に向かう力となる花を

(写真・椎木俊介/ライター・宇佐美里圭)

「&w」では、読者のみなさまから「物語」を募集しています。
こんな人に、こんな花を贈りたい。こんな相手に、こんな思いを届けたい。
花を贈りたい人とのエピソードと、贈りたい理由をお寄せください。毎週ひとつの物語を選んで、東さんに花束をつくっていただき、花束は物語を贈りたい相手の方にプレゼントします。その物語は花束の写真と一緒に&wで紹介させていただきます。
詳しくは応募フォームをご覧のうえ、お申し込みください。

PROFILE

  • 宇佐美里圭

    1979年、東京都生まれ。東京外国語大学スペイン語学科卒。在学中、ペルー・クスコにて旅行会社勤務、バルセロナ・ポンペウファブラ大学写真専攻修了。ワールドミュージック誌、スペイン語通訳、女性誌、『週刊朝日』編集部を経て、『アサヒカメラ』編集部。料理研究家・行正り香さんの書籍を多数手がける。ラテン音楽、山、ワインが好き。

  • 椎木 俊介(写真)

    ボタニカル・フォトグラファー

    2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

    2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。

フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

1976年生まれ。
2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
作品集に「ピエール・エルメ サティーヌ」「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERSII 植物図鑑」(ともに青幻舎)など。

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蜷川さんの舞台に立てたのは母のおかげ。信じて応援してくれる母へ

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「産まない」と言った私に「あ、そう」。ぶっきらぼうに対応した先生へ

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