このパンがすごい!

伊豆山中にあった伝説の店、シャルキュトリーも併設して横浜に移転/アダチ

店内風景


店内風景

なにもない伊豆の山の中に、まるで幻のごとく、パリかと見まがう見事なハードパンを並べていた「ブーランジェリー パティスリー アダチ」。この3月、横浜市のセンター南に移転。パリで修行したシャルキュティエ(食肉加工職人)と合体し、「ブーランジェリー パティスリー トレトゥール アダチ」へとバージョンアップした。

外観


外観

3月16日、移転オープンの日、待ち兼ねて開店前に行ってみた。ベージュ色の大理石を巡らせた外観、アールデコの陳列棚。そこに1個1個、オーラをまとったパンが並べられていくと、やっぱり幻がまた立ち上がったのだった。濃褐色に焼き込まれた重厚なパンたちによる豪華絢爛(けんらん)たる眺めは私を呆然(ぼうぜん)とさせた。

このとき、ドアの外には、1時間半もの行列。一体なにが私たちをこの店に押しかけさせるのか。アダチのパンは、食べる人誰をもむしゃむしゃがつがつとさせる。一度食べたが最後、わけもわからず猪突猛進(ちょとつもうしん)させる。

フリュート・エクスキューズ。バゲットより細身の「フリュート」。エクスキューズは「絶妙」の意味


フリュート・エクスキューズ。バゲットより細身の「フリュート」。エクスキューズは「絶妙」の意味

その理由は、穀物の激しい香りにある。「フリュート・エクスキューズ」は、かりかりとした表面がカラメル的な甘さを発し、こきっと割れ、むっちりと詰まった中身がとろけると、穀物の香りが猛(たけ)り、吠(ほ)える。鼻へのどへ、風味がたちのぼり、こぼれ落ち、その快感はもう一口もう一口と手を無意識にパンへ伸ばさせる。

だが、本当の悦楽は、このパンをシャルキュトリーとあわせたときにある。足立恵太シェフのおすすめは鴨(かも)のリエット。カラメルの甘さが鴨肉の甘さに着火、獣の雄たけびは、穀物の風味と重なって燃え盛る炎のようになる。

足立恵太シェフ


足立恵太シェフ

店内は「こんなパンがあったのか!」という衝撃につぐ衝撃。異文化に後頭部をたたかれる。足立シェフのルールは、決して創作せず、フランスにある通りに作ること。VIRON社の小麦粉「トラディション フランセーズ」など日本で手に入る最高の材料でレシピを組みかえ、でも決して日本人の舌に媚びず、フランスさながらの形と味を与える。

「絶対僕じゃ思いつかないクオリティーのアイデア。フランス人って、日本人がスルーしちゃうような、冗談みたいなアイデアでだってパンを1個作ってしまうんですよ」

ブール・ロマラン


ブール・ロマラン

これはなんだ? 「ブール・ロマラン」というパンには草がいっぱいくっついているではないか!

「バヌトン(発酵籠。発酵のあいだ形を保たせる型の役割をする)に生のローズマリーを敷き詰めて、生地を入れる。生地のとじ目を下にしているので、そこから香りが生地にしみこみます」

ひっくりかえしてバヌトンからだすとローズマリーがトッピングされた格好に。それをオーブンの熱で焼く。皮目からはローズマリー畑に火をつけたかというぐらいもうもうと風味が。ふさふさして噛(か)めばむっちりな中身には、やはり魔術的な穀物フレーバーがあり、そこはかとなくローズマリーの香りが染み込んでいる。

もちろん、このパンも食事と合わせて真価が発揮される。「豚肉とすごく合う、白身魚とも」という足立シェフのアドバイス通り、豚肉といっしょに食べたら、合いすぎて卒倒した。

サンドイッチとお菓子の売り場


サンドイッチとお菓子の売り場

サンドイッチの棚はほとんど宝物殿。「トラディション フランセーズ」を使った極上のバゲットにジャンボン・ブランとエメンタールチーズをはさんだ「ジャンボン・エメンタル」をはじめ自家製シャルキュトリを使ったサンドが目白押し。

足立シェフが私に勧めたのは、薄い生地の間にお行儀よくエビを並べた「サンドイッチ・スエドワ」。「パリのパン屋でなら8、9割ある」のに、日本で見ないこのパンに、足立さんはあえて着目した。

ぷるぷるとした生地はまるでパンケーキ。その間のエビのカクテルがぷるりんぷるりん口の中のあっちこっちで噛みちぎられていく。生地に混ぜ込まれたクレームエペスの乳酸菌的な甘さと、軽やかなマヨネーズソースの甘さのミルキーさが重なり、別次元の甘さでぷりぷりエビを包む。トマトのジュースや卵までそこに加わってサラダとなり、前菜になる。シャンパーニュが飲みたくなる。

サンドイッチ・スエドワ


サンドイッチ・スエドワ

数え切れないほどの日本のパン職人がフランスで修行し、学び取ってきたというのに、フランスにはまだこんなにおもしろいパンがあった。それを愛情のこもった目線で見つめ、抜群の技術で形にする足立シェフのすごさ。同じ感性で作られるシャルキュティエの別府功介さんのトレトゥールとの共振っぷりにも注目してほしい。

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ブーランジェリー パティスリー トレトゥール アダチ
横浜市都築区茅ケ崎中央22-15ルーナレガーロ1F
045-298-4034
9:00~19:00
月・火曜休

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PROFILE

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)

http://panlabo.jugem.jp/

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