花のない花屋

「産まない」と言った私に「あ、そう」。ぶっきらぼうに対応した先生へ

「産まない」と言った私に「あ、そう」。ぶっきらぼうに対応した先生へ

〈依頼人プロフィール〉
阿部正美さん 42歳 女性
徳島県在住
学生(博士後期課程)

ちょうど10年前、三人目の子どもを身ごもりました。でも、当時東京のIT企業に勤め、バリバリ働いていた私は、「この子は産みません。仕事に支障がないように、吐き気止めを処方してください」と、目の前にいる女性の先生に伝えました。

というのも、すでに子どもが二人いて、夫は資格試験のために勉強中。私が実質的に一家の大黒柱だったため、家族を徳島に残し、東京に単身赴任をしていたのです。過去の子育ての大変さを思い出すと、「この子を産むと生活の糧がなくなる……!」と不安に駆られました。

「産まない」と言い放つ私に、先生は私の顔も見ず、パソコンの画面を見つめながら「あ、そう」とぶっきらぼうにこたえました。

中絶手術をする日は2週間後。その間つわりに苦しみ、私は必要以上に薬を飲みました。でも、先生の怒っているような態度がひっかかり、「私は、間違っていることをしようとしているのだろうか……」と迷いはじめ、二度目の通院時に先生に相談しました。

すると、先生は一言。「悩むんやったら産みなさい!」と怒鳴りました。あとで知ったのですが、先生は本もたくさん出されている著名な方で、ライフワークとして中高生の性の指導もしている方。彼女にとっては、家族がいて仕事もある人が中絶するなんて信じられない!という思いがあったようです。

結局、手術前日まで悩み、電話で「薬を必要以上に飲んだけれど、産めますか?」と問い合わせると、「え、どうしたん! 薬? どれくらい飲んだ? それくらいなら大丈夫、よかった!」と、それまでと一転、彼女は喜々とした声でよろこんでくれました。

その後、子どもは無事に生まれましたが、私は育休をとらず、半年ほどで復帰。ふたたび単身赴任の生活が始まると、やはり乳飲み子を置いての生活はきつく、徳島へ帰るたび、彼女に頭痛薬を処方してもらうようになりました。

そんなある日、彼女が「いつまでその仕事するの?」と言ってきました。私はその言葉にいらだちを感じました。でも彼女は構わずに続けます。「いくらお金を稼いでも、お母さんが体調崩したら、子供が悲しむよ」「どんなに優秀でも社員は他にたくさんいる。お母さんは一人しかいないんだよ」……。

私の母親でもないのに、毎回ひっかかる言葉を放ってくる彼女にイライラしっぱなしでした。でも……そうやって彼女のもとへ通っているうち、いつしか私も「生き方を変えたい」と切望するようになっていました。

そして、言葉のボディーブローが効いた6年後、私はキャリアチェンジを試み、大学院に通い始めました。東日本大震災をきっかけに、ソーシャルビジネスや社会的弱者をとりまく社会構造に興味を持ったのです。今は2年後の博士課程修了を目指して勉学に励んでいます。

彼女との出会いから10年。その間、節目節目に心にひっかかる言葉を投げかけてくれた彼女は、実は「お母さん」である私を応援し続けてくれた、「社会的なお母さん」なのだと気づきました。いつも、一貫して「お母さん」になる女性たちに最良の選択ができるよう、エールを送り続けている孤高の人です。

そんな彼女へ、これまでの感謝の気持ちを込めて花を送りたいです。小柄で愛らしい顔つきをした女性ですが、利発な一面もあり、ハキハキと物事を言います。彼女のイメージである赤、もしくは白のバラでアレンジしていただけるとうれしいです。

「産まない」と言った私に「あ、そう」。ぶっきらぼうに対応した先生へ

花束を作った東さんのコメント

阿部さんも先生もステキな方ですね。今回はお二人の信頼に基づいた関係を表現しようと思い、赤と白のバラでアレンジしました。赤はアマダ、白はブルゴーニュという種類のバラです。

そこに、赤と白のカーネーション、ミラビフローラという白い小花、クロコスミアという赤と黄色のまだらの花を加えていきました。ギフト感を出すため、リーフワークはドラセナのレインボーという種類をリボン巻きにし、たくさん挿しています。

“紅白”となると、いかにもお祝いという雰囲気になりがちですが、それとはまた違った赤と白のアレンジを目指しました。

これからもステキな関係が続いていきますように。

「産まない」と言った私に「あ、そう」。ぶっきらぼうに対応した先生へ

「産まない」と言った私に「あ、そう」。ぶっきらぼうに対応した先生へ

「産まない」と言った私に「あ、そう」。ぶっきらぼうに対応した先生へ

「産まない」と言った私に「あ、そう」。ぶっきらぼうに対応した先生へ

(写真・椎木俊介/ライター・宇佐美里圭)

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フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

1976年生まれ。
2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
作品集に「ピエール・エルメ サティーヌ」「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERSII 植物図鑑」(ともに青幻舎)など。

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