東京ではたらく

ワインバー店主:鏑木道子さん(45歳)

  

職業:ワインバー店主
勤務地:中央区銀座
仕事歴:1年半
勤務時間:16時~翌4時ごろ
休日:土日祝

この仕事の面白いところ:色々な立場の方と同じ目線でお話しができること
この仕事の大変なところ:浮き沈みが激しいところ

    ◇

銀座のワインバーの店主として働き始めて1年半くらいになります。お店を出す前は銀座の洋食店で10年、その前は都内のホテルのバーやレストランで17年ほど働いてきました。
出身は千葉県です。父は会社員、母は専業主婦というごく一般的な家庭に育ちました。中高生時代の頃の夢はアナウンサー。当時人気があったテレビ番組で、海外の歴史や文化を紹介するナビゲーターの女性がいらっしゃったのですが、そういう仕事に憧れていて。色々な国に行って異なる文化を知ったり、様々な人に出会ったりしてみたいなと憧れを抱いていました。

大学進学時は放送学科を受験しましたが惜しくも入学できず。それならばと同じく外国に出て行く仕事ができそうなツアーコンダクターなど観光業界を志し、観光系の専門学校に進学しました。

在学中に魅力を感じたのが、ホテルでの研修でした。2年半ほど千葉のホテルにお世話になって一からホテル業務を担当させていただくというもので、最初はもちろん掃除などの下働きです。

それでもだんだん顔見知りのお客様ができたりして、顔を覚えてもらえるのがすごくうれしかったんです。ホテルの仕事っていいなと思うのにそう時間はかかりませんでした。

鏑木さんのお店「First」は銀座8丁目のビルの3階。シックな内装だが、いつも常連さんが集うにぎやかな場所だ


鏑木さんのお店「First」は銀座8丁目のビルの3階。シックな内装だが、いつも常連さんが集うにぎやかな場所だ

当時はいわゆる就職超氷河期の時代。研修でお世話になったホテルの方のアドバイスもあり、都内の大手ホテルに就職が決まったのは本当に幸運でした。

最初に配属されたのはホテル内にあるラウンジでした。昔も今も、ホテル業務というとフロントやベルといったホテルの顔になるような業務が花形で人気があるのですが、私は自分からレストランやバーといった飲食のセクションを希望しました。

もともと人と話したり、コミュニケーションを取るのが好きだったということもありましたし、あとは学生時代にホテルで勤務するバーテンダーさんのコンテストを見に行く機会がありまして。その時優勝されたのが偶然にも自分が勤めることになったホテルの女性バーテンダーさんで。「あんなかっこいい人の下で働きたい」と思ったのも理由の一つでした。

当時はまだ21歳くらいで、お酒を飲むといってもいわゆる居酒屋さんみたいなところしか行ったことがありませんから、ホテルのラウンジというのは本当に大人の世界でした。もちろんお客様はほとんどが目上の方ですし、日常とはかけ離れた空間でした。

凛(りん)としたたたずまいの鏑木さん。開店前は料理の仕込みをしながら夕方のニュースを見て、時事ネタや趣味でもあるスポーツの話題をインプットする


凛(りん)としたたたずまいの鏑木さん。開店前は料理の仕込みをしながら夕方のニュースを見て、時事ネタや趣味でもあるスポーツの話題をインプットする

お酒を扱う仕事をする中で強い興味を持つようになったのがワインでした。最初の頃はどのワインを飲んでも味なんてわかりませんし、ちんぷんかんぷんです(笑)。でもよく考えてみると全てのワインの原材料はぶどうなんですよね。そこから何万種類というワインが生産されている。それって素晴らしいことだなと思って。

ホテルの仕事はシフト制なので、その合間をうまく利用してワインスクールに通い始めたのが25歳くらいの頃です。ワインスクールというのはなかなか月謝が高いものでして。もちろん会社からの補助などはありませんから、貯金を使って通いました。

ソムリエの資格を取るためには試験に合格することと、飲食店などでの実務経験が5年必要なのですが、私の場合は試験を受けるときにちょうど実務経験も満たせるタイミングだったので、猛勉強の末になんとか試験も突破し、資格を取ることができました。

が、ソムリエの資格を持っているからといって職場でのポジションが上がるというほどホテルの世界は甘くありません。そこはやっぱり現場での経験も必要ですし、年功序列的な部分も色濃くあって。フロアに出てお客様に直接ワインをおすすめできるようになったのは、ソムリエの資格を取ってから1年後くらいでしたね。

ひとつの転機となったのが、ディズニーシーにあるホテルミラコスタに転職したことでした。それまでのホテルは都内にあるいわゆるシティーホテルで、お客様はほとんどがビジネス利用の方。

銀座の店にしては珍しく、ワインリストには値段の表記が。「肩ひじ張らずに好みと予算に合うワインを飲んで欲しいので。味の説明もできるだけ専門用語を使わないように注意しています」


銀座の店にしては珍しく、ワインリストには値段の表記が。「肩ひじ張らずに好みと予算に合うワインを飲んで欲しいので。味の説明もできるだけ専門用語を使わないように注意しています」

一方ミラコスタのお客様の多くはお子様で、ホテルのレストランで働くといっても、サービスの仕方が全然違ってきますから、それもいい経験になるだろうと思いまして。

実際、ミラコスタでの仕事はとにかく面白かったですね。毎年誕生日を祝いに来てくださるご家族もたくさんいらっしゃって。毎年レストランで記念写真を撮影されるんですけど、お子さんがだんだん大きくなっていく様子を拝見していると、やっぱりうれしいんですよね。

中には小さな頃から最近までお手紙のやりとりをさせていただいていたお子様もいて、彼女は観光系の学校を卒業して今ではホテルに勤務されているとか。そんなすてきなコミュニケーションをとれたのは、やっぱりあのホテルだったからだなあと今も思いますし、飲食関係の仕事をする上で人と人の関係を何より大切にしていきたいと思わせてくれた職場でした。

「自分のお店を持ちたい」と思うようになったのもその頃です。ホテルの仕事はやりがいもありましたし、楽しかったのですが、ひとつ心の中にあったのが、「このままではいつまでたっても自分が主役にはなれない」ということ。

ホテルにはホテルという顔がありますし、私はそのレストランのいち従業員でしかありません。お客様とのコミュニケーションが深くなればなるほど、そこに楽しみや喜びを見いだせば見いだすほど、「やっぱり自分が主役のお店を持ちたい」と思うようになっていったのでした。

義理人情の残る銀座で、人と人との架け橋に

常連さんのワインの好みはほとんど覚えているという鏑木さん。「俺のワイン」「私のアレ」というだけで、いつも飲んでいるものがさっと出てくる


常連さんのワインの好みはほとんど覚えているという鏑木さん。「俺のワイン」「私のアレ」というだけで、いつも飲んでいるものがさっと出てくる

その後、都内の外資系ホテルに勤めた後、知人の紹介で銀座にある洋食店のソムリエ兼店長として働くことになりました。自分のお店を持つといっても、なかなかすぐにというわけにはいきません。それで、まずは個人店で経験を積もう、と。

当初は数年で独立したいなと漠然と思っていたのですが、気づけばそこで10年働いていました。個人店はホテルと違ってお客様との距離が近くて、直接お話しする機会もすごく多いんですね。働いていると、自分の名前を覚えてくれたり、会いに来てくださるお客様が日に日に増えているという実感がありました。

それで、ひとつ目標を作ってみたんです。それは「自分の名前を呼んでくれるお客様が1日に10人。それが1カ月連続で達成できたら独立する」というもの。そこは30席くらいのお店で常連さんも多かったので、数年で達成できるだろうと思っていたのですが、いやはや、なかなか名前って呼んでもらえないんですね。

「すみませーん」とか「ソムリエさん」とかはノーカウントです。数に入れるのはあくまでも「鏑木さん」とか「みっちゃん(私の愛称)」と名前を読んでくださった方だけ。そんな風に過ごしていたら、目標を達成するまでに10年かかったというわけです(笑)。

長かったなという気持ちもありますが、実際お店を出してみると、洋食店時代のお客様がたくさん足を運んでくださって。お店の多い銀座にあって、常連さんというのは何より大切な存在です。そう考えれば、その10年があってこそなんだなと今は思います。

ワイングラスは脚のないタイプ。「酔ってグラスを倒しちゃう方が少なくないので(笑)。倒れにくく、割れにくいグラスを使っています」


ワイングラスは脚のないタイプ。「酔ってグラスを倒しちゃう方が少なくないので(笑)。倒れにくく、割れにくいグラスを使っています」

お店を開くにあたって一番大切にしたのは、やっぱり「人」です。会員制としたのは格式ばったお店にしたかったわけではなくて、お客様が安心して、いつもリラックスして楽しめる場所にしたかったから。

よく知ったお客様のご友人や知人から輪が広がっていくと、やっぱりお店として和が保たれるというか、お客様同士が直接顔見知りでなくとも、居心地のいい雰囲気になるんですよね。

ただその半面、一見さんがないということは、常連さんがいらしてくれないと大変!ということでもあります。オープン当初はホテル時代や洋食店時代のなじみの方々が通ってくださったのですが、時間が経つとどうしても足が遠のき閑古鳥が鳴く……なんてこともありました。客商売ですから浮き沈みがあるのは仕方ありませんが、そういうときはやっぱり落ち込んでしまいますね。

それでもお店のスタンスを変えずにやってこられたのは、やっぱり自分に会いに足を運んでくれるお客様がいるからだと思います。中には海外からの出張中にわざわざ立ち寄ってくださる方もいて、そんな時は落ち込んでいたことも忘れてしまいます。

ワインに詳しくないお客様には、「甘いほうが好き、辛いほうが好き?」「軽め?重め?」など基本的な好みを聞きつつ、お任せでセレクト。「私自身、ウンチクが苦手なので。好きなものを好きなように飲んでいただくのが一番」


ワインに詳しくないお客様には、「甘いほうが好き、辛いほうが好き?」「軽め?重め?」など基本的な好みを聞きつつ、お任せでセレクト。「私自身、ウンチクが苦手なので。好きなものを好きなように飲んでいただくのが一番」

もうひとつ、色々ありつつもお店を続けていられる大きな理由の一つに、銀座という街があると思います。これもいい面、悪い面、表裏一体で、飲食店の激戦区で安定した経営を続けるのが難しいエリアではありますが、その半面、とても義理人情に厚く、温かい街でもあります。

お客様にとっては私なんかはまだまだひよっ子のような存在ですから、時には厳しく叱られたりすることもあります。

といってもそれは無知な私に知識やマナーを教えようという方々ばかりで、私にとってはみなさんが育ての親のような、「銀座のお父さん、お母さん」のような存在。末っ子で、甘えん坊気質の自分には、この銀座という街はどうやら居心地がいいみたいです(笑)。

東京には色々な街がありますが、銀座は特に日本らしい文化が残る街だなと思います。それも銀座で働き続けたいと思う理由のひとつ。陽が暮れ始める時間になると、着物をピシッと着付けて、奇麗に髪を結い上げた女性たちが銀座にやって来ます。そんな風景を見るのもとても好きですし、銀座ならではだなと思います。

そうそう、お正月には銀座のお姉さまがたは縁起物として、髪に稲穂のかんざしを挿すんです。京都の祇園でも続く古き良き習わしだそうですが、そういう昔からの風習が残っているところもすてきだなと思います。

ワインのセレクトは「味的にもお財布的にも飲みやすいものを中心に」。鏑木さんの好みは優しい風味のニュージーランドのソーヴィニヨンブラン


ワインのセレクトは「味的にもお財布的にも飲みやすいものを中心に」。鏑木さんの好みは優しい風味のニュージーランドのソーヴィニヨンブラン

夜の銀座と聞くと派手なイメージがあるかもしれませんが、実は奥ゆかしくて風流な日本らしい文化が息づいています。そういう魅力に触れるたび、やっぱり私は銀座の街と、そこに集う人が大好きなんだなと実感しています。

この仕事のつらい面ですか? それは先ほどもお話ししたように、日によってはお客さんがいなくて、不安になったり、寂しい思いをすることもあります。あとは「便りがないのは元気な証拠」と言いますけれど、この仕事の場合は逆でして(笑)。

しばらく顔を見ていないなというお客様がいると、時として「ああ、あの人は体を壊して入院しているんだよ」とか、もっと悪い時には「残念だけど先日亡くなってしまってね……」と人づてに聞くこともあります。お店というのは顔を合わせて初めてコミュニケーションが成り立つ場ですから、そういう時は少しもどかしいというか、やっぱりつらいし悲しいですね。

でもやっぱり私は顔を合わせてのコミュニケーションというのが好きなので、ここでも魅力はやっぱり表裏一体です。今の時代は顔を合わせなくてもいくらでもコミュニケーションが取れますから、わざわざお店に足を運んで話をしたり、時間を過ごす必要はないのかもしれません。

◎仕事の必需品<br>「シニアソムリエの資格を取った時、自分へのご褒美として買ったソムリエナイフ。結構年季が入ってきていますが、手放せなくて。シャトーラギオールというフランスのもので、使い込むほどに味が出てきました」


◎仕事の必需品
「シニアソムリエの資格を取った時、自分へのご褒美として買ったソムリエナイフ。結構年季が入ってきていますが、手放せなくて。シャトー・ラギオールというフランスのもので、使い込むほどに味が出てきました」

そんな時代にあっても、お店に足を運んでくださる方々がいるというのは、私にとっては本当にありがたいことです。

例えば、ある日お店で一悶着(ひともんちゃく)があったりしたとしても、お客さんは日を改めてお店に寄ってくださって、「この間はごめん!」と直接謝ったり、「あの時はありがとうね」と感謝の気持ちを伝えてくださったりするんです。

そういう時には、やっぱり人と人との直接的な会話やコミュニケーションというのは何より大切だし、すてきなものだなと感じます。アナログで面倒な考え方かもしれませんが、私にとってはそれが仕事の原点ですし、一番の楽しみなんだと思います。

これから東京の街自体も、人々の考え方や人の付き合い方もどんどん変化していくと思います。そんな時代だからこそ私は、今もなお様々な背景を持った人が人間らしく、義理人情で支え合っている銀座という街で働いていきたい。これから先もこの街で、人と人とをつなぐ場所、存在であれたらと思っているんです。

PROFILE

  • 小林百合子

    編集者
    1980年兵庫県生まれ。出版社勤務を経て独立。山岳や自然、動物、旅などにまつわる雑誌、書籍の編集を多く手がける。女性クリエイター8人から成る山登りと本づくりユニット〈ホシガラス山岳会〉発起人。著書に『最高の山ごはん』(パイ・インターナショナル)、『いきもの人生相談室』(山と溪谷社)、野川かさねとの共著に『山と山小屋』(平凡社)など。

  • 野川かさね(写真)

    写真家
    1977年神奈川県生まれ。山や自然の写真を中心に作品を発表する。クリエイティブユニット〈kvina〉、自然・アウトドアをテーマにした出版・イベントユニット〈noyama〉の一員としても活動する。作品集に『Above Below』(Gottlund Verlag)『with THE MOUNTAIN』(wood/water records)、著書に『山と写真』(実業之日本社)など。

建築士:大内久美子さん(40歳)

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文具メーカー勤務:三上由貴さん(36歳)

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