このパンがすごい!

まるで美術館? スポットライトを浴び、気高き姿で浮かびあがるパン/プティタプティ

山食パン


山食パン

まるで美術館のようなパン屋が静岡にある。静岡の高級住宅街に位置する、秀麗な現代建築の1Fがプティタプティの店舗。中に入ると、棚に置かれたパンがスポットライトを浴び、気高き姿で浮かびあがっている。美術品さながらに。

店内風景


店内風景

舞台装置だけではない。それにふさわしく、パンひとつひとつが実にうつくしい。どれもが完全な曲線と直線、そして濃褐色。

角食パン


角食パン

うつくしいものはおいしい。プティタプティの角食パンも例に漏れない。濃厚なる香ばしさと、発酵が生み出すアルコールの香り。2つがクロスするとき、身体中をぞくぞくする快感が走り抜ける。耳を噛(か)んでも、砂糖の甘さだけではなく、メイラード反応が生み出す甘み・渋み、そしてアルコールが揮発する香りがすーっと鼻へ抜ける。天女の羽衣を思わせるほどシルキーで、しっとり、ぷにっとたわみ、ミルキーさと小麦が溶け合った官能的な液体が舌をぬらす。

それにしても、この濃厚な焼き色。角食パンは特に、型に入れふたを閉めるので、オーブンの中でどこまで焼けているか確認することができず、黒焦げと紙一重だというのに。

「ふたの隙間がほんのちょっとだけ開いているところからのぞいています」

川中潤さんと奥さん


川中潤さんと妻の幸子(さちこ)さん

うつくしさへの、なんという執念。川中潤シェフをここまで駆り立てるものは、なんなのか。

「修行中、生地をこねたことも、触ったこともない。だから、せめて見た目がおいしそうなパンを作りたかった。芸術品として見てもらう。それが食べられて、おいしければ、最高じゃないですか」

パン・ド・コナとブノワトン。いまはなき伝説の2店に勤めたが、販売や製造補助のポジションをまかされ、一度も生地づくりにたずさわれなかった。その代わり盗んだ。いつも横目で観察、生地温や焼成温度を盗み聞き、「生地がこうなったらパンはこうなる」ということを頭にたたき込んだ。

バゲットは、皮から噴水のように、濃厚なる香ばしさのしぶきが上がる。噛みしめると、甘さとなり、旨味(うまみ)となり、それはどんどん深まっていく。やわらかな中身はでんぷん的な味わいがとろけ、それもまた噛みしめるたびに深くなる。

生ハムとクルミのサンド


生ハムとクルミのサンド

このバゲットを使った「生ハムとクルミのサンド」も狂わせんばかりだ。生ハムのとろける脂。熟成した肉とチーズが放つアミノ酸の濃厚さ。それは塩気によりじんじんと強められていく。ここにくるみをはさむ憎い演出。それは、バゲットの皮と肉をより強く結びつけ、ひとつの甘さへと向かわせる。

さらに、驚いた。「ちょっと嗅いでみてください」とすすめられた、25年間継いでいる洋梨由来の発酵種。25年前に洋梨から起こしたきり、あとは粉と水を加えているだけなのに、洋梨としか思えないフルーティーな香りがするのだから。

その種で作られるカンパーニュ。洋梨の香りはパンからは感じないものの、バナナのようなふくよかなる甘さに変化している。取りつかれてしまうほどの、激しい香ばしさ。しっとりねっちりな中身からは、鼻腔(びくう)に食い込む穀物の香り。やさしく、繊細な玄米のようなニュアンスがあるのだ。

川中さんは愛車・ポルシェを駆り、毎週のように東京方面のレストランに出かけ、舌を鍛える。それだけに、素材の選択は抜群だ。

マンゴーとクリームチーズ


マンゴーとクリームチーズ

フレッシュなマンゴーを包んだ「マンゴーとクリームチーズ」は、恐るべきパンだ。皮においては濃厚なる香ばしさの色気。マンゴーの、単に甘酸っぱいということを超えた変化に富んだ長く尾を引く風味。マンゴーのピューレとココナッツを練り込み、まるで南国が憑依(ひょうい)したかのごとき生地。クリームチーズは爽やかに酸味を加え、もっと遠くへと連れていってくれる。

いつも粉を変え、少しでもいいものへ高めようとしている。これからの時期は、今年度産の湘南小麦や、ミナミノカオリの新麦(梅野製粉)も入荷。1日2時間の睡眠で、もっとおいしいもの、うつくしいものを、と試作を重ねる。

「人生最高のパンは、Next One(次に焼くパン)ですから(笑)」

>>続きはこちら
店舗マップはこちら

プティタプティ
静岡市駿河区谷田32-5
054-208-3331
9:30~19:00
月・火曜休

<よく読まれている記事>
伊豆山中にあった伝説の店、シャルキュトリーも併設して横浜に移転/アダチ
食事処を理想とするパン屋「もっとそぎ落として力を抜いていきたい」/ ON THE DISH
自家製の薪窯に自家製の種。自然のままに暮らす自給自足のパン屋/ビアンキュイ
世にもうつくしいパンに宿る秘密/リフィート
泊まれる京町家『つきひの家』宿泊者だけが受けられる朝食サービス/オートリーズ

<バックナンバー>
このパンがすごい!

PROFILE

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)

http://panlabo.jugem.jp/

食事処を理想とするパン屋「もっとそぎ落として力を抜いていきたい」/ ON THE DISH

トップへ戻る

【パンと絶景】標高2307m! 日本一高い場所にあるパン屋で食べる「山型パン」/横手山頂ヒュッテ

RECOMMENDおすすめの記事