東京ではたらく

文具メーカー勤務:三上由貴さん(36歳)

  

職業:文具メーカーの販売促進企画
勤務地:港区
仕事歴:13年目
勤務時間:不規則(基本は9~18時)
休日:土日祝

この仕事の面白いところ:商品の使い手、売り手、作り手の思いをくみながら、「こうしたらいいかも!」というひらめきを形にしていくところ。
この仕事の大変なところ:日々の暮らしそのものがアイデアの源で、アンテナのスイッチをなかなか切れないところ。
    ◇
文具メーカーのコクヨで販売促進企画を担当しています。仕事の内容は、文具専門店や量販店など、お客様が実際に商品に接する売り場のコンセプトやディスプレーの提案が主です。

私は新卒で今の会社に入社したのですが、実は当時は大の文具好きというわけではなくて。コクヨは文具以外にもオフィス家具や内装などの事業も展開しているのですが、就職活動時はどちらかというとそちらの方面に興味を持っていました。

「空間作り」ということに漠然とした興味を持ったのは小学生の頃でした。進学する中学が大学まである一貫校だったのですが、子どもながらに「受験がない分、何か自分自身が極められるものを見つけよう!」と思ったんですね。今思えば随分肩に力の入った小学生だなと思うのですが(笑)。

まず興味を持ったのが「色」でした。当時、本で「実際に目に見えている色は実存していなくて、それらはすべて光の屈折によってそう見えている」みたいなことを知ったのですが、それが面白いなと思って。

もともと何かを突き詰めて考えるのが好きな性分だったこともあり、以来「色」ということに強い興味を持つようになりました。

東京・原宿に昨年オープンしたコクヨ初のコンセプトショップ「THINK OF THINGS」。三上さんは文具のセレクト、コンセプトメイキングの担当として立ち上げに参加した


東京・原宿に昨年オープンしたコクヨ直営のコンセプトショップ「THINK OF THINGS」。三上さんは文具のセレクト、コンセプトメイキングの一員として立ち上げに参加した

そんな娘の熱中ぶりを見てか、小学6年生のある日、父がステッドラーの48色水彩色鉛筆を買ってきてくれたんです。小学生が持つにはとっても高価なものだったと思います。「緑」といっても様々な色味があって、色の世界が一気に広がったことを覚えています。

他にも父はよくインテリア系の洋雑誌を買ってきてくれたりして、きれいだと思った写真は切り抜いて収集したり。同じ頃に父に買ってもらった色辞典も、今でも大切にしています。

中学に入っても色への熱は冷めず、単語カードの表面に色のチップを貼り、裏面に色の番号(カラーコード)を書いてひたすらめくっていました。色を見るだけで色番号がわかる「絶対色感」というものがあるのですが、その目を肥やしたい!と思って(笑)。とにかく熱中していましたね。

京都の学校で学生時代を過ごしたのも大きな要素だったと思います。京都は自然が豊かですし、神社仏閣もいたるところにあって、色の宝庫。放課後には友人と町家を改装したカフェを巡って、建物やスイーツの絵を描いたり。「空間作り」に本格的に興味を持ったのもこの頃だったと思います。

京都の町家はよく「うなぎの寝床」なんていう風に表現されますが、その限られたスペースの中に中庭があったりと、空間をとても上手に使って美しく、心地いい場所を作っているんですよね。ものと空間の関係性とか、配置、マッチングと言うのでしょうか、そういう部分がすごく面白いなと思って。

「THINK OF THINGS」のディスプレーには随所に楽しい仕掛けが。クリップ類は、いろいろな種類を瓶詰にして購入できる量り売りに


「THINK OF THINGS」のディスプレーには随所に楽しい仕掛けが。クリップ類は、いろいろな種類を瓶詰にして購入できる量り売りに

あとは中高時代に担当した文化祭のディスプレーも印象深いです。校舎の吹き抜けや講堂の背面を立体的に装飾したのですが、実際に手を動かして空間を作っていくことや、チームでひとつのものを生み出す過程がすごく面白くて。その経験も今の仕事につながっているのかなと思います。

大学では環境心理学という分野を学びました。「色」や「空間」というキーワードから、美術系の大学に進むという選択もあったかもしれませんが、当時はまったく頭になくて。

自分にとって「色」や「空間」というのはアートや自己表現の手段というよりは、何かの要件があって、それを解決するためのもの。それを効果的に使って、人や社会、環境に何かいい影響を与えられる仕事がしたいなと思ったんです。

環境心理学というのはまさにそういったことを学ぶ学問で、例えばある部屋に机や椅子、照明をどう配置するかによって人に与える影響が変わってくるんです。ものだけではなく、香りなんかもそうですね。

卒業論文では、窓がある部屋とない部屋を作って、そこで80名ほどの人に計算や企画を練る仕事を実際にしてもらい、結果がどう変わるかを調査しました。就職するにあたっても、何かそういった興味や経験を生かした仕事をしたいと思って、今の会社を志望したというわけです。

定番商品のバインダーは、ラベル部分などに少しデザイン的な変更を加えることでぐっと洗練された雰囲気に。「変える部分と残す部分、この絶妙な案配が難しいところで、腕の見せどころでもありましたね」


定番商品のバインダーは、とじ具などに少しデザイン的な変更を加えることでぐっと今の暮らしになじむものに。「変える部分と残す部分、この絶妙な案配が難しいところですね」

文具に興味を持つようになったのは、就職活動中でした。当初は空間作りという面に惹かれて受けた会社でしたが、面接試験が進むにつれて、見慣れた文具というものづくりに対する作り手の深い思いに触れる機会が多くあって。小さな文具でも、その魅力を伝えることに色と空間の関わりは不可欠ですから、そこに携われたら、きっと面白いだろうと。

勤務地は東京と大阪、どちらでも希望を出せたのですが、あえて希望は出しませんでした。運命を任せると言ったら大げさですが、偶然に委ねてみてもし東京勤務だったらそれはそれで面白いかなと思って(笑)。

私は生まれも育ちも関西なので、いざ自分で「東京に住む!」と決めるのはやっぱりすごく勇気のいることなんですね。でも「偶然が必然になったらいいな……」っていう部分も少なからずあって。東京でチャレンジしてみたいという気持ちもどこかにあったんだと思います。

実際、東京勤務が決まった時は、ワクワク半分、怖さ半分という感じでした。でも、住めば都と言いますけど、本当にそうですね(笑)。美術館ひとつとっても東京は数が違いますから、今では東京勤務になってよかったなと心から思います。

老舗メーカーから発信する、ワクワクする文房具の世界

「THINK OF THINGS」では自社商品以外のセレクトアイテムも扱う。それらを選定するのも三上さんの大切な仕事だった


「THINK OF THINGS」では自社商品以外のセレクトアイテムも扱う。「自社商品との化学反応が生まれる様子がとても面白いです」

最初に配属されたのは、オフィス用品の通販ビジネスを担当する部署で、主に物流やそれにまつわるシステムのマニュアルを作る仕事をしていました。「色」や「空間作り」とは全く関係のない業務ではありましたが、不思議と面白くないとは思いませんでした。

これは元々の性分なのか、関西人特有の気質なのかはわかりませんが、私は一見無意味そうなもの、自分の興味の範疇(はんちゅう)外のことでも、「それはそれで、とことん面白がってやろう」みたいなところがあるんです。

関西の文化圏で育った方はお分かりになるかもしれませんが、日常生活でも、何かちょっとしたこと、例えば机のここがゆがんでいるとか、そういうどうでもいいことだけでひとネタ作れる、いや、作る! みたいなところがあって(笑)。

仕事においてもそのスタンスは変わらず、何事も前向きに取り組めていたと思います。その姿勢を買われたのか、偶然か、入社2年ほどでお客様向けの小さなチラシの制作を任せてもらうというチャンスが巡ってきました。

今思えば本当に簡単なチラシで、出来栄えも稚拙なものでしたが、当時の自分にとってはまたとないチャンス。いつかは販売促進や商品企画といった売り場の空間やもの自体を作る部署で仕事をしてみたいと思っていましたから、「ここが正念場だ!」とものすごい気合で取り組んだことを覚えています。

「THINK OF THINGS」の商品棚。商品の多くはコクヨを代表するロングセラー品。「ディスプレーを工夫するだけでも、おなじみの商品ラインナップも見え方が変わります。ちょっとしたことですが、そこが面白いところです」


「THINK OF THINGS」の商品棚。商品の多くはコクヨを代表するロングセラー品。「ディスプレーを工夫するだけでも、おなじみの商品も見え方が変わります」

そういう、時々巡ってくる小さなチャンスを自分なりに精いっぱいやる日々を過ごし、目標だった販売促進企画の部署に移ったのが入社4年目でした。

仕事内容は文具専門店など、実際の売り場を文字通り「作っていく」というもの。商品のセレクトやディスプレー、それらをどうやって打ち出していくかというコンセプトまでを提案するということで、責任は重大です。

これは今も昔も変わりませんが、一番苦心するのが、商品の使い手(お客様)、売り手(販売店や営業担当)、作り手(メーカー企画)、全ての思いをくんで売り場を作っていくということ。

さまざまな立場の方の思いが交錯している中で、「こうしたらいいのでは?」という着地点を見つけるのは簡単なことではなくて、企画を練っている期間は寝ても覚めても頭がフル回転。夜中にふといいアイデアが思いつくと跳び起きて、わーっとノートに書き連ねるなんてこともよくあります。

それでもあるとき、これぞというアイデアが降ってきて、それまでモヤモヤしていた霧のようなものがパーッと晴れる瞬間があるんです。それが実際に売り場となって展開されて、お客様が楽しそうに商品を手に取っていらっしゃる姿を見るときほどうれしいことはありません。この仕事のだいご味はその瞬間ですね。

近年、若い世代にコクヨファンを激増させた「測量野帳」はシックなカラーも展開。メモとしてはもちろん、アルバムや育児日記など、幅広い使い方ができると大人気に


近年、ファンを激増させた「測量野帳」。ショップでは、オリジナルのシックなカラーも展開。メモとしてはもちろん、スクラップや日記など、幅広い使い方ができると人気に

ひとつの転機が訪れたのは昨年、入社12年目に担当したコクヨ直営のコンセプトショップ「THINK OF THINGS」の立ち上げに参加したことでした。

東京・原宿に路面店を作るというプロジェクトで、店舗で扱う文具のセレクトやコンセプト作りのメンバーに。

歴史あるコクヨが今の暮らしに対して、新たな魅力を伝えていくにはどうしたらいいか。変えていくべきものと変えてはいけないものとは何か。社内のプロジェクトメンバーと社外パートナーを交えての議論が1年近く続きました。

私の主な仕事は、1万点近くある自社商品の中からコンセプトに合った文具をセレクトすることでした。それまでも商品セレクトなどは担当していましたが、全てはクライアントありきの仕事です。いざ自社のショップで自由に商品を選んでいいとなると全然視点が変わってきます。まして、店舗の立ち上げは私自身にとっては未知の世界でしたから、正直自分が戦力になれるのかドギマギしていました(笑)。
それでも議論が進むにつれて、これまで聞いたことのないアイデアや言葉、お店の名前なんかがどんどん出てきて「これはもう一言も聞き逃しちゃいけないぞ!」と(笑)。

自分のアンテナだけでは到底拾い切れない情報やアイデアに触れるにつれて、「この際だから吸収できるものは思いっきり吸収してやろう!」とポジティブに捉えられるようになっていました。

ミシン目でつながったA4サイズの用紙「ZYABARA PAPER(ジャバラペーパー)」は「THINK OF THINGS」のオリジナル商品。こちらも好きな分量を量り売りで買うことができる


ミシン目でつながったA4サイズの用紙「ZYABARA PAPER(ジャバラペーパー)」は「THINK OF THINGS」のオリジナル商品。こちらも好きな分量を量り売りで買うことができる

1年余の構想を経て昨年オープンしたショップですが、ありがたいことに幅広い層の方々に支持していただいて、お客様はもちろん、社内からも「まさかあの商品がこんな風に展開されるとは」と新鮮な印象をもっていただきました。

コクヨは創業113年という歴史ある会社ですが、長くご愛顧いただいてきた商品が、少しのリニューアルや魅せ方を変えることで新しい形で受け入れられ、また愛していただける。これは本当にうれしいことです。

商品展開の検討にあたっては、「もっと劇的に変えたほうがいい」「いや、ここは変えちゃいけない」など、かなりの振れ幅があったのですが、お披露目となったオープニングパーティーでたくさんの方々からありがたいお言葉をいただいたときは本当にホッとしました。

自分たちがこれだと思った着地点、一歩踏み出すその歩幅の案配がお客様のそれとぴったり合ったという実感が初めて持てて、その瞬間にメンバー全員で交わした熱い拍手は今でも忘れられません。

現在も専門店などストア向けの販促企画の仕事において、プロジェクトの経験は随所に生きていると感じます。それまで自分の持っていた引き出しの数を格段に増やしてくれたような感じで、それは本当に宝だなと思います。

◎仕事の必需品<br>「いつでもアイデアを書きとめられるよう、測量野帳は常に携帯。大きいサイズのキャンパス洋裁帳は店舗のディスプレーなど大きな図を描くとき用。ディスプレーの図面サイズを測る定規も常に持ち歩いています」


◎仕事の必需品
「いつでもアイデアを書きとめられるよう、測量野帳は常に携帯。大きいサイズのキャンパス洋裁帳は打ち合わせ時のラフスケッチ用。商品や棚のサイズを測る定規も常に持ち歩いています」

今後の目標は、その引き出しをもっともっと増やしていくこと。理想のイメージは映画『千と千尋の神隠し』に登場する、“釜爺(かまじい)”みたいな感じです(笑)。どんなリクエストが来ても、手持ちの薬草を自在に組み合わせて解決できる人になりたいなと。

そのために大切にしているのは、仕事でもプライベートでも、とにかく飛び込んでみること。自分自身で味わってみること。例えば私は美術館に行くのが好きなのですが、時間があればどんな展示でもとりあえず行ってみるんです。そうすると、それまで興味がなかったものの中にも面白いものを発見できたりするので。

子どもを持ってからはなかなか自由な時間を取りづらくなりましたが、それでも子どもと一緒に見る教育テレビや絵本の世界の中にもアイデアのヒントはたくさんあります。そんな風に、自分の置かれた環境の中でいつも面白いもの、ことを見つけていきたいなと思っています。

そういう意味では、東京という街は「引き出し」を増やすのにもってこいの場所。ワクワクすることやものが身の回りにたくさんあって、飽きることがありません。「アイデアは自分が見聞きしたことの掛け算でしか生まれない」というのは、新人時代からずっと心に留め置いている言葉ですが、これからもその思いを大切に、ワクワクをたくさんの方に届けていきたいと思っています。

■THINK OF THINGS

PROFILE

  • 小林百合子

    編集者
    1980年兵庫県生まれ。出版社勤務を経て独立。山岳や自然、動物、旅などにまつわる雑誌、書籍の編集を多く手がける。女性クリエイター8人から成る山登りと本づくりユニット〈ホシガラス山岳会〉発起人。著書に『最高の山ごはん』(パイ・インターナショナル)、『いきもの人生相談室』(山と溪谷社)、野川かさねとの共著に『山と山小屋』(平凡社)など。

  • 野川かさね(写真)

    写真家
    1977年神奈川県生まれ。山や自然の写真を中心に作品を発表する。クリエイティブユニット〈kvina〉、自然・アウトドアをテーマにした出版・イベントユニット〈noyama〉の一員としても活動する。作品集に『Above Below』(Gottlund Verlag)『with THE MOUNTAIN』(wood/water records)、著書に『山と写真』(実業之日本社)など。

ワインバー店主:鏑木道子さん(45歳)

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イラストレーター:神田めぐみさん(33歳)

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